帰宅中です(篠生)
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二人で帰宅中。
三人称です。
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「お前は『どっち』だ?」
帰り道、いつになくぎこちない雰囲気で手をつないだユキと賀川が帰宅していると、一人の男が闇夜から搾り出すよう唐突に現れた。バタバタと慌てたようにドリーシャが飛び立つ。賀川はユキを背に隠しながら呟くように尋ねた。その台詞に目の前の男はクスリと笑う。背後のユキがその服の裾を引いて、
「あの、あれは篠生さんですよ? ほら、顔に跡もないですし、気配がですね? 篠生さんですよ、アキさん」
ユキの台詞に目を三度瞬いて、賀川は構えを解く。別に目を瞬いたからと言って傷があるとかないとか分かる訳でもなかったが、彼女がそう言うならそうだろうと自分を納得させる間だった。
今、ユキを狙う『宵乃宮』と篠生はどう見ても同じ顔にしか賀川には見えない。気配さえも近く、真似されたら彼一人では全く判断などつかない。
「ホントに貴方は、目に見え、聞える物しか信じませんね。よいの先生に魅かれ、信じる気持ち以外は。しかし『アキさん』、ですか……」
二人で会話していた流れで人前で呼びなれない愛称で呼んだ事に照れたユキは下を向いて頬を染め、不機嫌そうに賀川は篠生をパコリと殴った。
「せめて昼間に来い、こんな街灯も少ない道端で会ったら誰でも警戒するだろう。一昨日だぞ、アイツが剣を持ってきたのは!」
「すみませんね。今日は『依頼』相手を探しに行って忙しかったですし、文具店の仕事もまた始めたのでそちらもあってですね」
「えっ! 文具店に戻られたのですか!」
「はい、これからもご贔屓にお願いしますよ、先生。そう言えば新しい絵の具が……」
「え? どこのですか? あそこに篠生さんが居られると嬉しいですっ」
賀川を放置し、ニコニコと世間話を暫くしていた二人だったが、ユキは思い出したように彼に質問を投げた。
「あの、そう言えば聞きたかったのですが」
「はい、なんでしょう?」
「私の森にある家の画材は全部『うろな文具店』の包装紙がかけられていたのです。母があれほど専門的な用具を一通り自分でそろえるのは難しいのです。アレを揃えてくれたのは篠生さんですか?」
彼は首を振った。
「いいえ、あれは私ではありません。包装紙が古かったでしょう。でも貴女を思って揃えていたのは間違いないでしょう」
「それは……誰が……」
「おかえりなさい、ユキ君、賀川君、異常はないですかぁ?」
フラり現れたのは漆黒の神父服を身に纏った香取だった。彼は篠生に対し軽く頭を下げる。篠生はそれに返す事もなく、賀川の肩に手を置くと、
「後数日もすれば森のアトリエは『宵乃宮』が今までより近付きにくくなる事を伝えにきたのです。道中はわかりませんが、あそこ自体は一か月くらいは安全ですよ。時期を合わせて私の『神域』に入れますので、普通の人間も入れなくなります。危害を加えないと結界が判断した者は通れることは稀にありますが、二月くらいまでは安心して巫女が絵を描けるはずです。二月に入ったら私は結界を『祝福の力』を盗まれぬよう集約しますので、安全とは言い難くなりますが」
「でも森は雪が降って、入りにくいんだけどな」
「冬なので仕方ありませんよ、そこの所は。けれど巫女もそろそろ追い込みでしょうから」
「え?」
話を振られて少し考えてから、ユキは指先を組むような仕草で首を傾げ、
「あのですね、前に公募へ絵を出したんですけど。その副賞で優秀賞合同展に10点ほど出展依頼が来ていたのです。少しずつ仕上げて、後二点、大作なので、裾野で一枚はそろそろ上がるのですが、森で描いてる一点がまだ。それに後、今月に終わるはずだったモール用の作品が追い込みで……」
「っと言うわけで……」
「っ……熱っ……」
賀川は左腕から指先に痛みを持った熱を感じた。腕を抑えて篠生から離れる。その時には痛みは消えていた。微かに焚火にかざしているような熱が残っていたが、賀川には何が起こったかわからない。
「な、なに?」
「それは何ですか?」
「そ、それって何、雪姫……」
ユキと香取には賀川の手の甲に、朱で書かれたような赤い文様が浮かんでいるのが見えた。二人の視線が投げられているので、賀川は自分の手を眺めてみるが何も見えない。
「それがあればよいの先生と共に、不自由なくあの森の小屋に行けますよ。他の者も貴方が手を繋げば入りやすくなるでしょう。玲様、今、少し、腕に熱を感じますか?」
「あ、ああ」
「私が近づけばそうやって普通は感じない熱を感じるでしょう。毎回、そう叩かれるのもイヤなので」
「……俺に近付いてきても、篠生ではなくアイツなら、この熱は感じないって事か?」
「そうやって、その身に感じれば貴方も信じられるでしょう? それにそれは体から刀を取り出すときにガイドになるはずです。後、いくら結界があってもそれはその場所限定です。何らかでよいの先生を奪いに来ることも考えられますから、いろいろと気を抜かないようにお願いしますよ」
微かに香取に金に見える細い瞳が向けられる。香取は自然に片膝を曲げ、手を胸に、軽い礼を取った。
「何かあれば正月以降の初売りからはうろな文具店におりますので、業務に支障ない程度ならお相手いたしますよ。昨日のヒイラギはどうされましたか?」
「言われた通りに離れの側に挿し木に。でも時期がアレなのでつくかわかりませんが」
「巫女が挿してつかない木はありませんよ。それでは森の方にも同じように、挿しておくといいでしょう。今までは出来るだけ巫女のモノという物体が出回らないように私が買い取ったり裏に手を回していましたが、自然の方も急激によいの先生を巫女として感知して守りに入ってくれるようになっています。聖木ともいわれるヒイラギなら、部屋からの髪の毛や物質などを持ち出しても無効にしてくれます」
「篠生? 何の話だ?」
「玲様には難しい話でしたね、気にしないで下さい。わかる方には分かります。ね、神父殿……ではこれにて」
そう言い残し、篠生はその場から立ち去った。
その後ろ姿を目で追い、賀川は小さく、
「本当に熱みたいなのが消えた……」
と、手を眺め、その感じる物を実感しているようだった。
「賀川さんは篠生さんと仲がいいのですね……」
「……アイツが見つけて、組織に入れてくれなかったらココに俺はいなかったから……」
賀川は熱の消えた手をぐっと握ってそう言った。
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『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』 (小藍様)
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
ドリーシャ
問題があればお知らせください。
少々出事があり、余り執筆できていません。
完全不定期更新になります。




