交渉中です(不幸中の幸いを)
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ここはうろな駅から十分くらいの所でしょうか?
三人称です
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男はイライラしながら、うろな駅の付近でウロ付く美しい少女を見張っていた。
一歩間違うとストーカーと通報されそうな動きであるが、彼自身が長身で見目も麗しく、そんな事をしそうにない好青年であったので誰も疑う事はなかった。
少女は黒髪の美しい中学生、芦屋梨桜。
後ろを付ける男は芦屋伊織、梨桜の兄にして芦屋流最強の結界術の遣い手だ。
ここ数日、梨桜が京都に突然行った同級生の男子、稲荷山の帰りを待っている事は兄の目からは明白であった。
稲荷山に対し、伊織は少なからぬ敵愾心がある。
この兄妹陰陽師の標的は『妖怪』であり、稲荷山を狐の妖怪ではないかと疑っていた。いや、それは本来疑いではなく、兄からすれば紛れもない『事実』なのだが、索敵能力が低い妹はどうしても彼を『敵』とは認めない。
厄介な事に稲荷山に勝てるほどの戦闘力を伊織は持ち合わせていない。彼を倒すためには妹の協力が不可欠なのだ。
しかし先日、それを証明する為に稲荷山に『妖怪を昏睡に落とす薬』を使ったものの、何故か不発に終わった。それ故、梨桜に彼を『敵』と認めさせる事が出来なかった。
更に彼女はその後、京都に旅立った彼を待つために色々と理由をつけ、うろな駅を起点に、帰ってきた稲荷山が行きそうな場所を周回していた。
「俺は……機嫌が悪いんだがな……」
そう言いながら伊織の秀麗な顔に刻まれる皺を見て、現れた男は笑った。
「私を滅してもイイ事はありませんよ? それによって今、巫女の為にうろなの森に集まった力が全開放されれば、おそらく町全体が壊滅するかと。アレは自然の恵みであり、祈り。貴方の『結界』とは『構造』が違いますから、あの力に触れる事は出来ない。よって、貴方の結界ではあの力は御せませんよ?」
「……本家から聞いている。アレとお前には手を出すな、と」
腹立たしさから伊織は吐き捨てるように言う。
伊織にとって人間以外の『妖』は全て邪であり、滅さなければいけない存在である。それが『神』を名乗る男であろうとも。
先日よりうろな文具店に再度勤め始めた篠生 誠。
彼の体は人間としては既に死した者。死者に取りつくなど、妖怪以外の何物でもない。伊織としては本当なら叩き潰してやりたいのだが、『本家』からかまうなと通達を受けていた。その為に存在を知りつつ、近付きもしなかったというのに。
「……どこに行った」
篠生と話す間に、今までそこに居たはずの梨桜の姿が消えていて、舌打ちする。
その様に篠生は再度くすくすと笑った。本当は無視して妹を追いたいが、このまま近づいてきた男に背を見せる事も出来ず、伊織は二度目の舌打ちをした。
「お願いしたい事が一つありまして、今回は来たのですが」
「何でお前に協力しないといけないんだ」
「本当に子供ですね……『大義名分』に祭り上げるには貴方やその妹のような『真っ直ぐな者』が適当かもしれませんが……」
伊織が寄りかかっていた壁に、篠生も隣に並んでその背を預ける。
「この世の中は見た目、人間が支配していますが、貴方が吸っている空気は木が、森が、海が作っています。小さな虫が完全に壊滅死したら、人間は息絶えるでしょう。だからと言って農作物がすべて虫に食い荒らされ、自然が蔓延り過ぎても困る。程よく『生かせる』事が出来なければ、貴方がいかに『有能』であろうといつまでも『先兵』で、『支配側』に立つ事は出来ませんよ?」
「それは……程よく『殺す』……とでも?」
にんやり……糸目を開いたソコにあるのは人間にはあり得ない縦の瞳孔。金色の瞳など伊織に取っては見飽きているはずの異形の印。だがその背に走る悪寒を止める事が出来なかった。柔らかく語ったが、その辺の妖怪などより余程性悪に伊織には映る。
篠生がパチンと指を鳴らすと、伊織が握りしめていた結界札と小鬼を呼び出す札が、熱さを感じる事も、炎を上げる間もなく、ただの消し炭に変わった。
「……『大人の事情』ですよ。何でも殺ればいいというモノではないのです。なんでも効果的にやらねば。例えば掃討戦と銘打っても本当に総てを焼き尽くしはしない。親切を仄めかせて、掌で操るのなんて普通でしょう?」
妹の梨桜も炎系の攻撃を得意とするが、それは苛烈であり、箍が外れれば制御を無くすほどの代物。それを間近で知っているからこそ、この小さい範囲で苛烈な物を指先一つで操作する難しさがわかる。一瞬で心臓の四つの弁を焼き、その活動を止めて殺す事も可能。見た目は誰かが手を下したとは到底思わないだろう。
「神も、妖怪も、精霊も……全て『妖怪』なんて、蛇も鳥も人間も『動物』だって括りくらい乱暴ですが……まぁもし貴方が言う所の『妖怪』総てを滅したなら、次の矛先は貴方達です。妖怪を倒せる力を持った人間など、普通の人間から見れば『異形』とさして変わらないんですけれどもね」
「俺は、……お前を殺しておきたいリストに入れておく」
「それは光栄ですね。で、お願いですが……」
返事はないが、それをまるで了解と取ったかのように、篠生は続ける。
「森に小さなアトリエがあるのですが。周辺に妖怪除けの結界を張ってもらいたいのですよ」
「自分でやればいいだろう?」
「私は『祝福の力』を守ったり、他者と遮断する大きな結界を張る事はありますが、巫女を直接『守る』事は好まない」
「……敵に妖怪がいるのか?」
「芦屋の結界札が張られているせいか、あの建物の中に入ってこなかったので。暫くは効くのではないかと思ったのですよ。陰陽鬼道を使う者は居ますが、結界については、あんまり制御が得意ではないようで」
「鬼道……? ああ、土御門か。あんな混血陰陽師共の術など、俺の結界術に敵うわけはなかろう? だが、お前に協力するいわれはない」
「貴方の妹がお待ちの少年がいつ帰るか、知りたくはないですか?」
「な……?」
「後五分後ですよ?」
「え?」
「五分後にうろな駅に着く電車に乗っています。ちなみに妹さんはちょうどそちらに向かっていますよ」
伊織は時計を確認する。ココからうろな駅まで、どんなに走っても五分以上かかる距離だ。
「では、取引成立で。よろしくお願いいたします」
「ちっ! お前が目を離させるからだ」
「約束を反故にされた場合、永代に渡って『不幸』が纏わりつく事になるでしょう。今は独り身でも……いずれ『娘』でも出来た時に、この時の事を『後悔』されませんように」
「そんな不幸何ぞ、取るに足らん!」
そう叫んで梨桜を追って行った伊織だった。
数日後『非常にくだらん! くだらんが、妖怪に巫女が喰われるのを見ているわけにもいくまい』などと呟き、こっそりと森の小屋の周辺に結界を張りに行ったのだった。
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『人間どもに不幸を!』(寺町 朱穂様)
http://book1.adouzi.eu.org/n7950bq/
芦屋梨桜ちゃん 稲荷山君
『銘酒の秘訣―うろな酒店の昼下がり―』(寺町 朱穂様)
芦屋伊織さん
問題があればお知らせください。
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