急襲中です
ぼーっと考え事。
三人称です。
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賀川はウトウトしながらも何度目かの溜息をつく。
「恋人って……何やればいいんだろうなぁ……」
膝の上のドリーシャがまるで何かを訴えるように、喉奥を小さく震わせ、音を奏でている。少しは察するようになったとはいえ、複雑な事は何を言っているか流石に見当もつかない賀川。いやその前に人間の問いに答える鳥など居はしない。そう思いながら、ただフニフニと鳥が触られるのを好む場所を弄りながら、考える。
普通なら求められたら『そういう関係』に持ち込めば、第一関門はクリアできる。少なくとも昔の賀川は、彼女とまずそうやって関係を構築してきた。それしか方法を知らなかったし、周りもそういう育ち方の者が多かったのもある。
だが今のユキは体調も悪く、まずそういう付き合いをすればイイ……は、通じない。それもここ数年、姉の妨害で恋人は居らず、一人身である時間が長かった。平凡に埋没して、姉からの拘束を受ける事で仲間を失った罪の意識から逃げるような日々。他人と寄り添う日がまた来るとは思わなかった。
問題の中の一つは彼女の義父が家主である事だろう。その眼は避けようがなく、自由に触れているようで、アレでも少しは遠慮しているつもりだ。
「デートを重ねる、がやっぱり一番かなぁ。話しやすい事をリサーチしろみたいなのも清水先生言ってたよなぁ」
ぼんやりと考えながら上を見上げれば、愛しい彼女と目が合う。
ユキと『恋人』と呼び合える事になった事に『照れ』の気持ちがふと過る。小さめの作業車に載って高い所で作業をしているユキが笑って、小さく手を振るのが眩しい。そう思いながら賀川は自分も振り返してみた。
「……っ!」
けれど、その自分の姿を思い浮かべると、笑顔が強張った。急に顔が上気するほど恥ずかしくなり賀川は息をつめて下を向く。ただ、手を振りあっただけだ。なのに、心臓がバクバクしていた。いい年をして、っと思うが、彼女と付き合っているという絆があるのが新鮮だった。
今までにこんな事くらいで照れた事はない。賀川は今まで誰とも共有しえなかった『幸せ』である事をわかっていなかった。自分が心から望み、相手からも望まれる、そんな当たり前の幸せを子供の時に奪われてから、誰とも共有できなかった気持ち。
ただただ戸惑い、一人、目を泳がせる。
そんな中、気まぐれにわしゃわしゃと触っていたドリーシャの毛並みが台無しだが、鳥にとって気持ちはいいようで賀川の手の中でうっとりしていた。
「何やってるんだ? お、俺、うまく、やっていけるのか……?」
不安を口にした賀川は、視点を足元の地面に向けながら、一つの足音に気付く。色々と戸惑いながらも警戒は怠ることなく、ユキの方を中心に聴覚を研ぎ澄ませていた。
瞬間、危険な影色を感じ、耳に入る音を閉鎖する。レディフィルドが奏でる耳を壊すような音に似せて作った『怪音』。
手元のドリーシャが賀川の気配が変わった事と『音』に気付き、乱れた毛並みのそのままに空へ飛び立つ。
「ちょっと遅れたけれど、クリスマスプレゼントよ、T」
その声を発した女は茶のコートを羽織っており、そのポケットから賀川の耳に『怪音』となる音が響いていた。それに一早く気付き聴覚をシャットダウンした為、ダメージはないが言葉はまともに届かない。けれど自分がとても昔の名で呼ばれた事だけは気付きながら、座っていたベンチから跳ね起きた。
「お前は……」
「T……貴方達を『死』に追いやったのは私じゃないのよ。上が情報を伏せるため貴方を殺して全部をリセットしようとしたの。その中でも貴方が生き残っていた上に、『別の価値』を見出されて売られたなんて知らなかったのよ? 許して……アレを使って、貴方のように長く生きている例はないの。また、私の為に働いてくれるわよね……お薬の時間よ」
その手に握った銀色をした注射器の針先が煌めく。音を無くした上、苦手意識の強い針先を見た瞬間の僅かな遅れを突かれかける賀川。マズイと感じたその時、ばしっっと何か塊が鋭く降ってきて、注射器は彼女の手から吹き飛んだ。
「なにっ! 誰よ、邪魔するのは……」
「賀川さんに何をする気っスか!」
「紗々樹だな……久しぶりに帰ってきたと思えば八雲さんにあんな事を……」
良い音を立てて転がっていくのはサバの缶詰めと注射器。
その缶詰はリズが投げたモノだった。
ヒットの瞬間を狙って後藤社長が前に出て女を捕まえ、腕を捩じり上げる。女は昨日、八雲医院を急襲した紗々樹だった。
賀川は社長が止めてくれている間に、体制を整える。
だがいつの間にか背後に大きな筋肉の塊と言った男が詰め寄り、両手を組んで自分に振り上げてくるのを感じ、ポケットの中にあった鍵を咄嗟にナックル代わりに仕込み、振り返りざまに下から上に殴り上げた。
「くっ……重いっ!」
顔を歪めたのは賀川の方だ。
ただ相手も無傷というわけではない。半袖半ズボンという成人男性には気恥ずかしくなるような服装から覗いた筋肉ムキムキである四肢のうち、銀色の腕一本をがっつり刺し貫き、その表面を切り裂いていた。銀色の義手は機械仕掛けでスパークを起こしたらしく、小さな火花が散る。それでも無痛であるから怯む事無く、賀川の首を絞めようと逆手を伸ばした。
「な……」
だが銀色の義手男はぬっ……っと自分より大きな影が現れたのに驚く。影は驚愕する男の壊れた腕を握り、こともなげにその腕を引き千切った。
「…………伏見君、だったっけ?」
賀川は筋肉男よりも子馬よりも大きいその男が何度か工務店の手伝いに来ている、後藤建設の職人、伏見弥彦だと気付いた。それに頷きながら手にした腕を筋肉男に投げつける。軽々と投げたが重みは相当なのだろう、かなりの衝撃を受けながら、自分の腕をがっつりと受け取った。
「俺の手を……この馬鹿力が! 引くぞ。紗々!」
「でもライ……」
「ちょっと嘗めすぎた。まさかこれほど瞬時に防御陣形が整うとは、なっ!」
「……ライ、貴方だけで十分だと思ったのに。田中に餌をやらないで連れてくればよかったわ」
これはただの偶然だった。
八雲医院の買い出しを鈴木に頼まれたリズが、ついでに仕事の差し入れを運んで来た。その時、ちょうど最終確認に来た後藤社長が暢気に座っていた賀川に忍び寄る紗々樹に気付き、それに弥彦も呼応し、三人で対応したというそれだけの話だ。だが勝手に誤解させておいた方が都合がいいので誰も追及はしなかった。
ライと呼ばれた男は切れた腕を残った部分で何とか挟み、逆の傷ついていない腕を振り回すと五色の紐が指先から飛ぶ。その先には鋭い刃物があり、紗々樹を抑えている後藤に向かって飛び来る。
「これ以上はやめろっ。八雲さんとはあんなに仲良く……」
「八雲ねぇさんもあの子も、もうみぃんな要らないの。私が欲しいのはその子のデータ。それだけ」
後藤は紗々樹を説得する事を諦め、彼女を手放し、飛びずさる。紐に結わえられたライの五本の刃物は熊手のように散開、後藤やリズ、弥彦、そして賀川の足元に突き刺さった。残った一本はユキに向かっていたが、それを察したリズは握っていたチェリーの缶詰を投げて軌道を変更させる。
「本当は食べ物を粗末にしちゃダメなんっスけど、非常事態っス」
「……ちっ」
皆、地面から引き上げられる瞬間に巻き込まれぬように一歩引く間に、ライと紗々樹は四人の攻撃範囲から外れる。
「またね、ティ……」
名残惜しそうな紗々樹の声に賀川は悪寒を感じる。嫌な嫌な記憶がジワリと滲み出す。自分が人間ではなく、犬以下の存在で、ゴミであった証明に鳥肌を禁じ得ない。
敵を追おうとしたリズだったが、
「お久しぶりなのです! リズちゃんに後剣のオジサマ! それに弥彦お兄様もきていらっしゃったのですね!」
そう言って作業を終えて高所から戻ってきたユキが、下であった騒ぎに気付く事無く挨拶をする。チェリー缶と刃物が当たった音も、作業に集中して聞こえてはいなかったようである。
「ど、どうかしたのでしょうか? なんか変な色がたくさん?」
きょとりとするユキにリズはポニーテールを揺らし、見えないようにハンカチに包んだ注射器とサバ缶を手に、にっこり笑って返す事しかできなかった。
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『うろなの雪の里』(綺羅ケンイチ様)
http://book1.adouzi.eu.org/n9976bq/
後藤剣蔵(後剣)さん 伏見弥彦さん
後藤建設
『悪魔で、天使ですから。inうろな町』(朝陽 真夜 様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6199bt/
リズさん
『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』 (YL様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
清水先生
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』 (小藍様)
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
ドリーシャ レディフィルド君(名前のみ)
『以下3名:悪役キャラ提供企画より』
『鈴木 寿々樹』吉夫(victor)様より。
『田中』さーしぇ様より
『三鶴見 ライ』小藍様より。
お借りいたしました。
問題あればお知らせください。




