表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
12月27日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

451/531

回想中です(八雲)

llllllll

話し込む二人。

llllllll

 






「PTSD、は、わかるさよね?」

「ああ、この頃は地震などの体験者とか、暴力被害者とか、強い精神的ストレスを受けた場合、以降の生活で現れる心の障害だよな? 後……戦争に行ったとか」

 姉の想い人が戦争に行った事は聞いていた寿々樹は付け足した。

「紗々樹の恋人が行った戦争はその症状を訴える者は少なめでね、けれど帰還兵達は疲労感や記憶障害などを訴えた始めたのさ。更に白血病患者も多く見られた。戦争へ赴かなかった者との発症率は殆ど変わらないとされているけど、本当に比較されたかわかりゃしない。使用された劣化ウラン弾の持つ放射能の影響やら、間違いなくあったと私ですら思うけども、今になっても国に認められちゃいないのが現実さ」

 足を這い上がってくる嫌な痛みを堪え、言葉を口にする。

 死の危険性を知りながら薬を投げつけられて八雲も動揺しなかったわけではない。紗々樹が連れてきていたピンクの男が、アリスを傷つけたユキを攫おうとする一味とも寿々樹に改めて説明を受けた。

 しかし、むやみやたらに感情論にせず、寿々樹にわかるように説明しなければと、八雲は出来るだけ普通に話し始めた。

「後、兵士達は戦場に出る前にいろんなワクチン類を接種されるのは知ってるさ? 病気だけじゃなく、神経ガスや生物兵器対策用に打たれる事もあるさ」

「……ん、まぁ、どんな所に行かされるかわっかんねぇけど、普通の所じゃ湧かないような危険があって、防止できるってんなら、そりゃ手ぇ打てるもんならやってくんじゃねぇ?」

「でも寿々樹、普通はワクチンや薬ってのはある程度は臨床されるもんだわさ。けれど緊急に向かう場所に対し、用意されるそれらにどれだけ安全性が確保されているかさねぇ……」

「兵士達が使う事自体が臨床実験っていう側面もあるって事か」

「そうさね……その薬が『自分が作った物』で、たくさんの人間がその後遺症で苦しんだり、死んだりしたなら……その中に自分の愛す人が含まれていたなら……いや、含まれていなくともさ。当人が少なくともそれらが『自分のせい』と感じたならさ……寿々樹ならどう思うさ?」

 言いたい事を理解、そして飲み込むのに寿々樹は時間がかかった。

「……紗々樹が作った薬がそんな事に?」

「紗々樹は知らないうちに運んだ事だったのだわさ。もう少しさ……もう少し行くのが早ければちがっていたのかねぇ……そこを追及するなら、紗々樹をああしてしまったのは私のせいさね……」

 更に寿々樹を混乱させてしまった事を笑った八雲は、紗々樹を迎えに行った日の事を思い出していた。







 大きな仕事を終えて『不在中に』と渡され、手にした手紙の束。その殆どが紗々樹から送られた手紙で、その内容に彼女の顔が曇る。

 手紙の消印は全て、随分前に刻まれていた。それも何通も……

 八雲は仕事上、戦地を回っており、電話もない僻地に手紙がまともに届くことはない。今ほどパソコンなどのネットワークも発達していなかった。医師の集団に所属することもあったが、安全確保の為に国や軍に組して派遣される事もある。極秘に動く事もあり、自分自身行くまでどこに就くのかわからない事も多かった。

『八雲ねぇさんに診て欲しいの』

 忙しいのは理解していると書きながらも、最後はすべてその言葉で括られていた。

 日本への一時帰国を予定していたが、八雲はそのまま紗々樹の住む国へ向かった。そして彼女の愛しき人は亡くなった事を聞き及ぶ。調べれば、紗々樹は日本にも戻っていなかった。その為、八雲は現地で彼女を探した。

 彼の遺族に聞いたが、まともな情報は教えてもらえなかった。それでも彼が元々在学していた大学に入り込んで、その消息を求めた。

「ごめん、間に合わなかったさね」

 色々歩き回り、最後に彼の住んでいたアパートを見つけて、その扉の向こう側に紗々樹を見つける。

 そこには、八雲に対し、頬を赤らめて控えめに質問したり、可愛らしく結い上げた髪を揺らしたりする、かつての姿はなかった。やせ細り、神経質な目つきで八雲を見やる。何故、手紙を受け取れず、すぐに来てやれなかったと、これほど後悔したことはなかった。

「なぁに、ねぇさん」

「帰ろう、紗々樹。戻ってやり直すさ」

「何を? 戻ったら? どこに? そして何をやりなおすの? ねぇ、やり直したら? そうしたらあの人は帰ってくる?」

「それは無理さね」

 死者を生き返らせる術はこの世のどこにもない。否定した八雲に、目線をそらし、がらんとした何もない部屋に座って手元の資料を眺める。

 興味はなさげだったが追い出そうとはしないので、今回回っていた戦地の話や、紗々樹が居なくなった日本で彼女の両親が離婚した事を告げたり、寿々樹がもうすぐ中学を卒業したりする事を口にする。話が彼の事に及ぶとやっと再び手元から目を離した。

「ねぇ、寿々ちゃんは元気?」

「名前が鈴木 寿々樹なんてなっちまったからさね。ちょっといつもより荒れ気味かもしれないさ」

「あれ以上、荒れたらとても困るんじゃないかって思うけれど……もう関係ないわね」

「何が関係ないんだわさ!」

 八雲は彼女が手にしていた資料をむしり取る。

 そして手紙で延々と書かれていた彼の症状やその関連についての八雲の見解を述べた。

「紗々樹、お前の研究していた薬品が何故か精製出来た上、改悪されて兵士達に使われる事になったか私にはわかんないさね。けれど、彼がそれを打たれたとは限らないし、そうだったとしてソレだけで死んだとは限らないだろうさ? それも死因の白血病はどちらかと言えば放射能による後遺症だって事、お前ならわかるさね? あの戦いでは枯葉剤も多量に撒かれて他の要因だって……」

「だからなに? ……私のせいで死んだ人がいるのよ? あの人も、わたしが……」

 紗々樹が学生の間に研究していたある薬品。

 ソレは脳の一部を刺激し、人為的にホルモンを作り出させる薬だった。向精神薬……毒性も高く、常習性もあるが、適度に使用し、興奮や鎮静に使えば、辛い過去や現在を乗り越える力となる。その効能で鬱病など精神疾患の助けとしたい……そんな気持ちで作ろうとしてみたものの毒性が強すぎ、紗々樹自身は薬を完全に作る事は出来なかった。

 極東の島国に住む娘が作ったソレのデータが、どこからどう流れたのかはわからない。現実に作れなさそうなそれを仕上げる技術を持った組織とその知識と混じる事で『形』をとり、有用性を示すためにそれが一部の兵士達に対し接種された。

 紗々樹はその事実を知らなければ幸せだったろう。

 だが彼女の愛する彼が帰還して不調を訴え始め、その原因を調べている間に勝手に一人歩きした『薬』の存在に彼女は気付いてしまった。

「……全てがお前のせいじゃないさね、紗々樹。間に合わなくてごめんさね。紗々樹は昔は私の側で働いてくれると言ってくれてたろう? 戻っておいで」

 彼を診る事は出来なかったが、彼女を日本に連れ帰ろう。手元に置いて、ゆっくり心を溶かして行けばいい。八雲はそう思った。

「一度でよかったの、診て欲しかった……」

 けれど差しのべた腕は宙を掻いた。

 紗々樹が一番信じた医者は八雲で、一度でも診てそう言ったなら、彼女は彼の死を飲み込んだかもしれない。けれど、来てはくれなかった医者に、信じたからこそ募った希望が崩れ、迎えた絶望は大きかったのだと八雲は悟った。

 今まで全力を尽くしても救えなかった患者の家族に囲まれ、非難を受けた事はあった。彼女の眼はその時の家族のモノに近かった。今回はさらに悪い、力を尽くすどころか診てもやれなかったのだから。

「彼がせっかく実験台マウスになってくれたの…………」

 くすくすと笑う彼女の表情に八雲は嫌なものを感じる。そして英語であったし、流し読みではあったが、八雲は紗々樹から取り上げていた紙切れが何かの契約書である事を知る。

「お前、……これは何だって言うのさっ……契約書?」

「返して!」

 力ずくで引っ張った為、端の方が破けたが彼女はそれを大切そうに抱きしめた。

「あの薬を使うと、痛みも怖さも感じることなく、敵と戦えるのですって。でも今の薬剤を普通に接種してもすぐに死んじゃうから調整して、更に小さな機械に脳まで運ばせて直接注入する『極微細自己判断薬品分散機』を使うの。最後には戦闘に入ったとか、怪我をしてるとかを脳波やホルモンで感じ取って、命令もこちらからの補給もなしでそれが動くようにするのだって。研究段階だけれど、すごいと思わない? 私、これからその研究に参加するの」

 確かに薬は注射器や服薬によって、成分を血中に溶け込ませて必要な場所に働くようにする。その為、不要な場所にもその薬剤が入り込み血管や組織を傷つける。

 必要な場所まで薬を運んでくれる機械があるなら、薬は劇的に効く。その頃はまだ確立されていなかった薬品の治療法。今も完全に出来上がったわけではないが、そんな研究の走りに彼女は組するという。

「その機械は凄いかもしれないさ、けど痛みも怖さも感じないようにするってのは治療じゃないさ、人間をロボットにでもするつもりかい?」

「だって……戦争で苦痛を感じなくなるなら素敵でしょう?」

 八雲は紗々樹が微妙にずれている事を感じた。

 彼女がやろうとしているのは普通の薬に関する研究ではなく、人体を薬によって戦争する機械として脳から都合よく作り変える方法。そんな事は許されない……けれど、彼を犠牲にしたと感じている彼女は、その薬がある程度完成形を見る事だけが彼の弔いと感じている、八雲はそう理解した。

 誰かが彼女をそそのかしたのだろう、その誰かは……

「待つさね……それは人間兵器さよ、そんなモノ作る為に……」

 だから止めようと思って手を伸ばした。しかし八雲は背後から殴られ、倒れた。ジャキリ……誰かが銃を構える音、それは子供だった。

「撃たなくていいわ、『T』」

 痩せた黒髪、長髪の少年は表情のない真っ黒な瞳を銃口と共に八雲へ向けた。

「この子を含め、結構な数のマウスが用意できてるの。いい子でしょ? 今から戦争のある地区に連れて行ってその効果を見るのよ。本当に国ってすごいわね……」

「紗々……」

 そこで気を失った。

 次に気付いた時には紗々樹を見つける事は出来なかった。残ったのは資料の端切れ、紗々樹の筆跡で薬の構成が書かれていた。

 紗々樹はどこかの『国』に守られたらしく、その先、研究の事も彼女の消息も八雲にうかがい知る術はなかなかなかった。

 八雲は一度日本に戻って、まだ自分の名字が変わってしまった事さえ知らなかった寿々樹を見つけて預かった。紗々樹が唯一、心配していた弟をどうにか一人前にすると八雲は決めたのだ。

 それも行先に形がついた所でタカ達に託し、戦場を回って、紗々樹の関わった研究らしい話をかき集めた。

 そして『天使の盾』に所属したのもそんな行動の一環からだった。


llllllllll

一応創作の上、名前を具体的に出していませんが。

話題にした戦争は今から約20年以上前の事ですが、

『兵士達の『化学物質への露出』がその戦争帰還者に発症した症候群の『発症原因』であることが断定される』のは、来年(14年)の春の事です。

現在この小説の時間は13年冬の為、八雲が『国に認められていない』と発言しています。




『以下1名:悪役キャラ提供企画より』


『鈴木 寿々樹』吉夫(victor)様より。

お借りいたしました。

問題があればお知らせください

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ