水浴中です(八雲と寿々樹)
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滔々と流れる水。
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「なぁその傷を……」
「いいから、先に言われた通りにしなさ」
水が当たって、八雲の頭からの出血量もかなり増えて見える。抑えて、止血したいが、先に水を浴びるようにガッツリ睨まれてしまう寿々樹。腕を縛られたままで何が出来るわけでもない相手だが、ずっと世話になってきた上、口で言った事などないが尊敬している。そうでなければ今ココで彼は仕事などしていなかったろう。
チッっと舌打ちしながら出来る限り薄着になり、隣のユニットからホースで水を引き、蛇口を捻った。
「っ冷てぇ~! これ、何の荒行だよ、真冬に真水って! つめてぇ~って。ねーちゃんよくそんな平気で……」
水を浴び始める寿々樹を見ながら、八雲が苦笑いする。
「冷たいのは冷たいけど凍傷を起こすほどではないからさね」
身動きしづらい中でも、じわじわと体勢を変えながら、傷口に水をあてていく。とても痛いのだが、叫ぶ声は噛み殺し、平静を保つ。
「寿々樹、アリスは大丈夫って言ったけど、どうなってるわさ?」
「それは……」
寿々樹が説明しようとした時、声が聞こえた。
「大丈夫っスか?! こっちは雑魚ばっかりだったっス」
「リズちゃん、後藤の小父貴、こっちだ! 薬品を落としているから」
「八雲さん、大丈夫か?」
寿々樹の誘導にまず飛び込んできたのは、大きめの男の影、後藤 剣蔵。後剣とあだ名される彼は、八雲とやタカと共に同い年の幼馴染であり、親友である。八雲の足の薬品による火傷、そして手錠を見て眉を寄せた。
「手錠か……おいリズ。アレはどうかできるか?」
「ここで待ってて下さいっスよ? 社長、何っスか?」
そう言いながら次に飛び込んできたのは黒髪ポニーテールの少女、ユキの心の姉であるベルを先輩と呼ぶ少女リズだった。示されたものを見た途端、顔が引きつる。
「……げ……そ、そそ、ソレ、む、無理っス!」
「ん? 普通ならこのくらいの金属ねじ切れるだろう?」
「だ、ダメっす。それは特別仕様っス」
彼女は女子ながら普通の人間では考えられないほどの力の持ち主。軽々と鉄骨を持ち上げ、現在就職先の建設会社社長である後藤やその部下を驚かせる働きをする。
だが手錠を構成する薔薇のフォルムと残り香だけで、リズはそれが前に自分を『嫁』と追い掛け回してきた男、田中の手により作られたものだと悟った。田中の作った物は常人にはただの形通りの品だが、リズのように不思議な力、主に『魔力』を持った者の力を吸い取り、無効化までする。
触る事も難しい品を、捩じり取る事などできない。リズの黒髪には犬の耳のようにぴょこりと立った部分があるのだが、期待に沿えなかった為か悲しげにぺとんと倒れた。
「すぐに工具を持ってくる。この棘も厄介そうだ」
「その前に、後藤。リズ、隣の部屋に近づくんじゃないよ? 院内の床に落ちた物は絶対に触らないこと! 後、アリスは、アリスはどうしてるさっ」
「アリスさんもすぐそこに連れてるし、隣はアイツの匂いがまだすごくて近づけないっスよ」
リズの言うアイツとは田中の事である。田中自体が魔力を持った者達にはとても『臭い』存在なのである。それは強烈な花の香り。
その意味は分からなかったが、とりあえず隣の部屋に入れないのはわかった。
『私はここよ、クラウド女史』
八雲の声が聞こえて、浴室の向こうから英語でそういう声が届き、ホッとした顔をする。
「よかったさ、目が見えなくて怖かったろうにさ」
『大丈夫よ、すぐにシャチョーとリズが来て、みんな逃げて行ったわ』
「じゃ、取りに行ってくる」
後藤はそう返事して外に止めた車に工具を取りに行く。
リズは八雲が額から血を流しているのに気づき、側にあったタオルを握って寿々樹を見る。
「とりあえず、……抑えた方がいいっスよね?」
「ありがとう、助かるリズちゃん! 冷たいだろうけどごめんな」
「私はこのくらいの水は平気っスよ」
「すまないね。……寿々樹、ここで水を浴び終わったら、ちゃんと一人で脱いで浴びなおし、服を着替えて。その前に確実に薬品焼けがないか確認するんだわさ。痛みがあったらすぐに言いな。何もなければ急いでグルコン酸カルシウムを混ぜてゼリー状に出来るかい? カルチコールを……」
その台詞に寿々樹は八雲の足を見やる。薬品でただれたその傷は白濁して見えた。
「まさかフッ酸?!」
八雲の指示した薬は『硝酸』ではなく、『フッ酸』に触れた時に塗布される薬だった。
「ふっさん? って誰っスか?」
「人じゃない……一滴でもその身に浴びて放っておけば、簡単に死ねる薬品だ、リズちゃん」
「大げさに言うでないよ。煙が出てたし、よくわからないけどね。傷口の感じが何かそんな気がするさ。どちらかかもしれないし、違うのかもしれない……ともかく単発の硝酸ではなく混合液さね。……静脈確保、心電図、血液検査なんかも頼めるかい? お前も一応、血を取って調べるさよ。血液と様子を見て、本当にフッ酸なら……カルチコールの皮下注射か滴下……最悪、足の切断も視野にいれるさよ」
続く八雲の淡々としたこれからの説明に、寿々樹はその水の冷たさのせいだけでなく体を震わせた。
一概には言えないが、体に入り込んだ時、『硝酸』より『フッ酸』の方が厄介である。
濃度が薄くても皮膚につけば、時間をかけて確実に浸透する。薄いなら痛いと感じた時には、そして肉を腐食させるだけでなく、体内の骨の中にあるリン酸カルシウムと反応し、フッ化カルシウムを生成。出来上がったフッ化カルシウムは容易に折れて、体内の針となって筋肉を刺し始め、患者は激痛に見舞われる。
更に進めば低カルシウム血症による心不全を起こし、死に至る……
悪化させない為には、薬品のかかった場所の切断……八雲の場合は足一本……自分で診断しながら怖くないのだろうかと寿々樹は思う。
「そんな冷静に言ってないで、ねぇちゃん! 救急車を……」
「いや、これは紗々樹を止められなかった私の『自業自得』なんだろうさ……ここで出来る限りやるさね。事を大きくしたくはないし……でも流石に切断は自分じゃ無理かねぇ……」
「無理だろっ!」
真面目な顔で突っ込んだが、せっかくいつもキメているリーゼントが水で崩れてヘタっていた。その顔に……八雲は彼の小さい時の面影を見つけて笑う。
「笑ってる場合じゃないだろっ!」
「さね。救急車は……寿々樹も二次曝露しているか、私が完全に指示を出せなくなるほど意識を落とした時だけに……」
寿々樹は睨み返した。
「ねぇちゃ……いや、意識が落ちてなくても連絡するかは俺の判断にさせてもらう。これは決定だからな、八雲先生」
「………………わかったさ。最終判断は任せるさね」
八雲自身、診断が正しく、それも多量のフッ酸が含まれているなら薬剤師兼看護師一人で判断できない事態になりかねないのは明白だった。医者の自分以上に、薬剤師だからこそ、かけられた液体の危険性を知っている。
その為、強行はせずにそれに頷いた。
「リズちゃん、手錠が外れたら、ねぇちゃんの服を全部切り裂いて確実にかかった液体を洗い落としてくれ。小父貴も手袋着用な。すぐ鋏を用意するし、着替えの病衣はここにあるから頼む」
「わかったっス! 何でも手伝うっス!」
「リズ、工具を抑えてくれ!」
「社長、任せるっスよ。手袋どうぞっス」
リズはきゅっとポニーテールを結びなおすと、ぴょこりと髪のような耳のような部分を元気に揺らして、皆の望むようにテキパキと手伝い始めた。
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フッ酸はガラスも溶かすのだそう。
さらに危険な薬品もあります。
薬品は怖いです。
薬品は人体に向かって投げてはいけません。
うろな二周年おめでとうございます!
(後発組のため、当方の正確な二周年は少し先ですが)
それなのに、すごい暗い話ですみません。
悪役企画とかダークな事をやっているので
それも面白いかと思いますが。
これからもよろしくお願いいたします。
あと一話くらい今日は更新しようかと思います。
『悪魔で、天使ですから。inうろな町』(朝陽 真夜 様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6199bt/
リズさん
うろなの雪の里(綺羅ケンイチ様)
http://book1.adouzi.eu.org/n9976bq/
後藤剣蔵(後剣)さん
『以下2名:悪役キャラ提供企画より』
『鈴木 寿々樹』吉夫(victor)様より。
『田中』さーしぇ様より
お借りいたしました。
問題があればお知らせください。




