外出中です(寿々樹)
地下鉄の中は凄い険悪な雰囲気だった事でしょう
三人称で寿々樹を追います。
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誰もが一目見れば忘れられない凶悪顔に、重めの表情でニコリともせずに地下鉄の中央公園駅にその男は降り立った。もはや絶滅寸前のリーゼントを撫でつけ、彼が足を向けたのは駅近くにある『カナメ薬局』だった。
「いらっしゃいま……せ……」
いつもは電子音のメロディと店員の若くて元気な声が客を迎える。だが寿々樹の不機嫌を絵に描いた表情に、若干その語尾が小さくなった。乗車してきた地下鉄でも乗客が少なかったのもあって、彼の半径五メートルには誰も近づかないほどにまで凶悪度は増していた。
寿々樹はその顔のまま、レジにいる細面に眼鏡をかけた、内気そうな青年に声をかける。
「店長は?」
「鈴木さん、ここには健全な薬しか置いていませんよ」
「……で?」
愛想のない返事に対しても彼はにっこりと頷き、「少々お待ちください」と言ってレジの奥へ姿を消した。
「奥へどうぞ。……あんまり要さんに余計なことを頼まないでくださいね」
「分かってるよ」
不気味なくらいの笑顔でかけられた言葉を聞き流し、寿々樹はさっさとレジの奥へと進んでいく。
あの古門縁という薬剤師……感じの良い平凡な若者に見えるが、普通なら関わりたくないと凶悪顔の寿々樹の視線を避ける者が多い中、初対面時よりまったく怯む事無く対応していた。眼鏡の奥で時折機敏に動く瞳を見ていると、表面上の身なりと中身は差がありそうだ……と、寿々樹は思う。
ただし女性ではない相手に取り次ぎ以外は関わりたくもないので、毎度突っ込む事も無く奥に入る。
用件があるのは同じ薬剤師の男性だが、この男じゃない。
「ちわっす、要さん」
レジの奥はパソコンや金庫が置かれ、狭い空間を青白い蛍光灯が照らしていた。ギシっと音を立てながら事務処理をしていた男が立ち上がって手を挙げる。その巨体は子馬のそれを思わせるほど大きく、部屋をより狭く見せた。それに、無口な男なのだ。挨拶に限らず、彼のコミュニケーションは言葉以外のすべてとなる。その為、店では殆ど表に出る事はなく、もっぱら裏方に徹している。
彼がカナメ薬局の店主、要亮。
前に二人は薬剤師の筆頭会議で隣り合わせになった。会議は殆どが判を押したような内容で目新しさはなく、退屈していた寿々樹。持ってきていた看護師試験や教職試験の過去問を読んでいた。すると不意に、本の上に紙切れが置かれたのだ。
普段なら睨みつけて黙らせるところだが、それを渡してきたのは薬剤師の後ろ二文字を見落としたような強面の男だったので、無視することは躊躇われた。紙切れに書いてあった言葉は『前を向け』。真面目なそれに寿々樹は小さく吹き出してしまい、それが二人が親しくなったきっかけになった。
寿々樹は彼の声を全く聞いたことがない。
だが、薬事以外にも医療関係の知識や認識の深さに同じ薬剤師として、敬意と仲間意識を持って接する相手となった。要も薬剤師に准看免許を持ち、喫茶美容室の形をしたフリースクール経営という寿々樹を面白いと思ったのか、構ってくれている。
寿々樹には黒髪で眼鏡をかけた真面目な外見のゲーム仲間がいるが、それとはまた別枠の仲間といった相手だ。ただこの二人が外で会っていると、どう見ても『その筋の人』と思われるのは否めない組み合わせである。
「要さん、ちょっと見てもらえるか? ……意見を聞きたい」
力強く頷いてくれるのを確認し、寿々樹は持ってきた紙に青白い蛍光灯の下、さらさらと六角形を並べて描く。それに幾つか足を生やしてアルファベットなどを書き込む。それを覗き込む要の表情が徐々に曇っていく。
暫くすると要は寿々樹の肩をトントンと叩き、壁に貼られていた黄色の地に青いキャラクターと『ダメ。ゼッタイ。』という文字が目立つポスターを指差した。
「ちょ、要さん、俺は作ってもねぇし、使ってねぇよ。薬の構造式のメモを見ただけだぜ? それもこの俺がゲームのできない頭になるクスリなんか、手ぇ出すわきゃねーだろ?」
悲しそうな顔の要を見て、寿々樹は焦って否定する。
彼が指差していたのは『薬物乱用防止啓発用ポスター』。そして描いて見せたのは八雲の引き出しから出てきた紙切れに描かれていた『薬の構造図』だった。
寿々樹の弁解に、要は一つ頷いた。
「驚かせてすまねぇ。やっぱりヤバい系、だよな。でもこれを作るのって無理だよなぁ? 薬品として安定しねぇし。今じゃ素人でも自宅で簡単に合成できる製造方法があるんだから、わざわざこんなムズいのに手を出す奴はいねぇ」
そう呟く寿々樹に、要は両手で空気を押すような仕草をする。待っていろという事らしい。すると彼は一冊の本を取り出した。薬の論文をまとめた古いもので、『山田 紗々樹』という者が書いた論文を指差す。それを見た寿々樹の顔が強張った事に要は気付き、首を傾げた。
「……いや、何でもない。で、要さん、どういう事?」
要の持ってきた本には寿々樹が出来ないと思った薬の生成方法が理論として描かれていた。ただし実際できた物ではなく、出来る可能性としてそこに記載されている。またその薬が与えるだろう効能や副作用まで、かなり克明に記されていた。
要は軽く首を振った。
「だな。理論は理論で、実際には無理だろうし、可能性だけ。それに作られない方がいい薬ってのも存在する、よな? うん、ありがと要さん」
寿々樹がリーゼントを撫でつけながらそう言うと、人のいい笑顔を浮かべ要は笑う。そして本を差し出す。
「あ、いい。その本ならある……殆ど読んでないけどな」
要はまたも首を傾げる。
彼は寿々樹がただのリーゼントでフェミニストのゲームオタクではなく、勉強好きな向上心の高い男である事を知っている。手元にありながらそれに目を通していない事を訝しむ。
「その論文は紗々樹ねぇちゃんが書いたんだが……」
その時、いつも眼光鋭い目が時計を見つけ、ハッとする。
「うおおおおおぉ! しまったっっ!」
寿々樹はガックリ膝をつくと、
「激レア娘をお泊りで留め置いたのを忘れて……鍵の効力がもう切れっ……くっ、一生の不覚……」
ゲームの失敗に気づき愕然とすると、要は慰めるように彼の肩をポンポンと叩いた。
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『ワルい奴ら』弥塚 泉 様
http://book1.adouzi.eu.org/n9177by/
『カナメ薬局』設定。
要亮さん
古門縁さん
『ばかばっかり!』弥塚 泉 様
http://book1.adouzi.eu.org/n1801br/
佐々木達也さん(ちら借り)
『以下1名:悪役キャラ提供企画より』
『鈴木 寿々樹』
吉夫(victor)様より。
お借りしてます。
問題あればお知らせください。




