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腕がいいね、ココの病院……って事で。
「まったく、こないだの白髪の子と言い、面倒な話ばかり持ち込んでくれるね」
「こういう時は今まで八雲さんって言う女医に連れて行ってたんだが、海外に出てて、不在なんで済まない」
「おや、八雲女史と知り合いかね。なら今度戻ったら是非にウチに勤めてくれるように言ってくれるか、魚沼弁護士」
「ああ、話だけはしてみるが、あの性格だから、な」
なるほど、と、苦笑しつつ退室する宮崎院長に、俺は頭を下げた。
「何か異常があればすぐに病院に来なさい。わずか半日前まで目が見えなかったんだからね? 退院はあり得ない状態だと忘れずに」
「まったく、大人しく入院してればいいのに」
「すみません、お世話かけます、魚沼先生」
院長が立ち去った後、ぶつぶつ文句を言う魚沼先生にも俺は頭を下げる。今まではさん付けで呼んでいたが、魚沼弁護士、抜田代議士この二人は先生と呼んだ方が適当だと思い、これからはそう呼ぶ事にする。
「頭痛や吐き気はないか?」
「心配には及びません、大丈夫です」
どうも鉄パイプで殴られた時に脳をやられて、血腫が視神経を圧迫していたという。失明は無論、破裂による大出血で死にかねない状態。だが、タカさん達にユキさんが入院していた病院に運び込み、鼻から内視鏡を入れてどうにかしてくれたらしい。
本当はもっと入院の必要があったが、秘密裏での手術であり、俺がぐずったのもあり、自宅に戻る事になった。
荷物を持とうとしたら、スーツの魚沼先生はそれを制して俺を手ブラにしてくれる。入っているのは印鑑や保険証、下着の替えくらいだ。重くもないから良いだろうと俺は好意を受け取る。
「すみません」
秘密裏に処理されたから、保険証などいらなかったらしいが、抜田先生はあの短い中、必要そうなものを鞄に詰め込んで持って来てくれていた。しかし莫大な医療費をこれからどうしようと思う。だがそれを読まれたのか、
「医療費は心配するな。この病院に寄付金が転がり込む様に根回し、後剣が従業員や組合全員分の健康診断や負傷時の診断はこの病院を使うように確約した。その辺で色々とチャラとさせてもらった」
「すみません」
「賀川、人に何かをしてもらったら、ありがとうございます、だ。謝罪より感謝の方がいい」
「では、ありがとうございます」
「うむ」
底瓶眼鏡のスーツを着た河童……独特の容姿と職業柄、スーツ姿の時は近寄りがたいが、顔の割に紳士なヒトだ。顔と態度は関係ないか。
他にお世話になったオジサン達は仕事で忙しく、手のあいていた魚沼弁護士が俺の世話を焼いてくれていた。顔はどうあれ、意外と細かい気遣いの人。結婚していないらしいが、嫁さんが出来たら大切にするんだろうな、そんな気がした。
「お前の仕事は体力がいるから、暫くは仕事はできん。抗生剤を必ず服用するように」
厳命するようにそう言うと、俺を助手席に乗せ、移動する。
「いい車ですね」
「バッタのだ。俺は車を持たん。維持費も事故に遭った時も馬鹿にならん。俺の仕事はそこから巻き上げる事だが、自分が事故っても益がないからな。うろなは交通網が発達しているから助かる」
「一理あると思います」
車は夕方の町を軽快に走り出す。綺麗な車なのに、後部座席の皮シートやらにシミがある。たぶんココに来る時に乗せられた車なのだろう。俺の血だ。
弁償してくれと言われたら、俺の財布が痛い。だが助けてくれたのはありがたかった。今死ぬ気はない、やっと姉の手を振り払い、ユキさんの為に生きたいと思ったのだから。
誰かの為に。ひいては自分の為に。
それは久しくなかった感覚。姉に服従していたのは、彼女の為じゃない。
三年前の失態や裏切りに湧き上がってくる後悔を考えない様にする手段として使っていた。俺の存在が彼女のああいう暴走を助長させていたハズ。俺が離れた事で良い方向に向いてくれると良いのだが、今は彼女のそこまで思い図る余裕がない。
「魚沼先生。ケンさんとタカさん、抜田先生にもお世話になったので、お礼を言っておいて下さい」
「うむ。後剣とバッタにはとりあえず先に言っておくが、投げ槍には自分で言うんだな」
俺はその台詞で、車が俺の安アパートの付近を通り過ぎ、タカさんの自宅がある裾野に向けられているのに気付いた。
「暫くはココに住め。ぽっくりアパートで死なれたら寝覚めがわりィからな」
俺が辞退を申し出ようとする前に、門の前で待ち構えていたタカさんはハッキリそう言った。
はい。拒否権はなしだった。
「じゃ、投げ槍。俺はバッタん所に頼まれた修理工場に車を入れてから帰るぞ。賀川、いろんな所で金は心配するな。貧乏性か? お前は」
また読まれていたらしい。ふふんと魚沼先生は鼻で笑うと、
「では、何かあったら呼ぶがいい」
「おう、またな、ぎょぎょ」
「すみ……いや、ありがとうございます」
二人で車を見送った後、タカさんがギッと俺を睨んで、
「無茶はするな。何かあれば相談しろ。うろなに居る限り、お前はもう一人じゃない」
俺はどんな顔をしてよいかわからなかった。
「ユキにお前の怪我について話はしていない。脳みその血腫除去に、鼓膜の切開に、肋骨の骨折、足腕の打撲痕。痛いだろうが……」
「そんなでもないです」
痛くないと言えば嘘になるが、痛み止めも化膿止めもあって、人間として扱ってもらえている。痛いなど文句は言えなかった。
「そうか」
若干の間があって答えたタカさんに連れられて門をくぐり、玄関で靴を脱ぐ。
「あら、えっと? か、賀川さん?」
葉子さんが出てきた。この頃、帽子を被らなくても俺を俺と認識する人が増えてきた。
「今日から賀川にはここに居候してもらう」
「ええっ、部屋がいっぱいですよ。タカさん。突発工事用に三人、日雇いの方が増えたの忘れているでしょう!」
「おぼえてらぁな! こいつは客だ。刀流の部屋で寝てもらう」
「た、タカさん? それでユキさんに部屋を掃除させて……あの部屋はずっと」
「ぐずぐず言うなや。飯の支度はどうだ?」
「一人二人増えた所で、ソレは問題ありませんけれど」
「ちいっと賀川は具合が悪いんだ。三食世話頼んだぞ。じゃ、行くぞ、賀川の」
俺はじっとり睨むように見る葉子さんに頭を下げて、導かれるままに二階の部屋に付いて行く。
「悪いな、ユキ。掃除させて」
「いいえ、いいんですよお、ただもう少しかかりまぁーーーーあ、れ?」
ああ、部屋の中にはお祭りから約一週間ぶりに会うユキさんの姿があった。
綺羅ケンイチ様 『うろなの雪の里』より、後藤剣蔵さん(『後剣』)
YL様 "うろな町の教育を考える会" 業務日誌 より、宮崎院長。
後藤さんの会社の健康診断を勝手に集約させ、まだ名前しか出していない女医キャラと知り合いにしましたが、不都合の場合はお知らせください。
長くなりましたので、切ります




