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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
7月13日

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回想中(賀川)です。


また来ました、病院。

飛ばすつもりだったけど賀川の過去に触れてみます。


 









 頭が痛いよ……皆、何を言ってる?


「……ですね」

「何かで殴られて、血の瘤が視神経を圧迫して……そうですCT所見では……」

「じゃ、手術かよ」

「そうなりますが……圧迫している部位が……」

「どうで……」

「秘密裏に処理を……」



 あたま、痛いよ。Help……I have a headache.




「わかってます、全力を尽くしますから……」

「鼓膜も処置して、時間的には三時間はかかる……」

「賀川を……よろしくお願いするぜ、先生よ」



『Pardon?』

 何て言ってるの?



『I have a headache.

 Where is it here? 』

 頭が痛いよ、ココはドコ?















 それはそれは楽しいスクールバスの中。

 黄色のバスに、お揃いのベージュのブレザーを着た男女が座っている。口にしているのは、日本語ではない。だいたいが英語だ。金色に茶色、強く縮れた黒の髪、肌の色も俺の様な黄色も居れば、抜けるような白、赤銅のような美しい褐色の娘もいた。

 余り大きくなければ私語も許されている車内。降り注ぐ朝の穏やかな光の中、くすくすと会話が弾み、時折漏れる笑い声に、加わる会話。

 それが大きくなり過ぎた時だけ、先頭に座った先生の咳ばらいが響いて大人しくなるが、それも一瞬の事。始終、細かいざわめきが車内を埋めていた。



『ねえ、あきらちゃん』

『なあに、姉さん』

『今日はピアノのお稽古に新しい先生がいらっしゃるのよ。パパがあきらの為に呼んで下さったの』

 今では信じられないほど品の良い笑みを俺に手向ける姉、さえが隣に座っている。少し癖のある黒髪にシャギーを入れて、二つに結び、まとめている。

『ファーゲン先生じゃないの?』

『ダメよ、彼じゃ、あきらちゃんの良い所を全然伸ばしてないわ。私がパパに言っておいたの』

 確か五歳、姉は三つ上だから八歳。俺達の会話も普通に英語になるほど、現地に溶け込んでいた。

『あきらちゃんは世界的ピアニスト、私は社長をやるんだから』

『お遊びだよ、僕じゃ』

『何言ってんの、本気でやりなさいよ。貴方の腕は私が保証してあげる。こないだのコンクールだって争うのが嫌で決勝で降りるなんてありえない!』

『だって、彼は生活がかかってるんだよ。俺みたいな遊びで喧嘩しちゃだめだ』

『喧嘩って……コンクールは喧嘩じゃないのよ。誰が一番か競うの。あきらちゃんは一番になる。それは喧嘩じゃなくて認められたって事よ?』

『僕は姉さんと母さんに……聞いてもらえればいいんだよ』



 あの時は、確かに母からも、姉からも愛され、父にも少しは気をかけてもらっていた。

 父に男女の区別はなく、実力主義で会社の後継者は姉を見据えていたから、少し寂しかったけれど、ある意味俺は自由だった。

 この朝のバスが、ゴロリと横転するまでは。



 体が突然、宙を舞い、阿鼻叫喚が耳を貫く。

 今の様に頭が痛いと思い、気付いた時には体はガラスの散乱した窓の上だった。幸か不幸か、頭が痛いが大したケガはない。横にあるべき窓が足元と頭上に、椅子が右側から生え、天井が左にあった。自分の体の上に乗っている少女の体を押しのけ、姉を探す。

 他の生徒に埋もれて見えにかかったが、姉はそんなに離れていない所でうつ伏せに倒れていた。意識はないよう。だが、半分だけ見える顔にも手足にも怪我もなく、ただ意識を失っているようだった。

 だが、怪我をして大泣きしている生徒もたくさん居た。

 バスが事故ったのだ、そういう発想に辿り着いた時、少し手前の頭上のガラスが割れる。



 そこから男が三人降り立った。顔を隠した男達は叫ぶ。

『ここにトキサダと言うガキがいるか!』

 体が驚きで跳ねる。だがそれでは気付かなかったようだ。だがその呼びかけが三回響いたが、返事が出なかった時、銃声が響く。

 今自分達が抜けてきた窓ガラスの穴から天に向けて。

 悲鳴、そして椅子に身を寄せ小さくなる。

『ウルサイ、黙れ。トキサダはどこに居る? 言わないとうるさい奴から一人ずつ撃ち殺すぞ』

 怪我をした生徒も叫びをかみ殺す。その言葉できょろきょろとした何人かの生徒の視線が俺で止まる。奴らは俺に気付き、俺の体を宙づりにし、抵抗する間もなく、縄で手早く縛った。そして写真で俺の顔を確認している。



「お前でまちがいないな。 もう一人、姉がいるはずだが……」

 質問が日本語だったので、他の生徒は姉を探そうとはしなかった。若干忘れかけている日本語で、俺は嘘を吐く。子供ながら姉も見付かればまずいと感じたから。

「おね、ちゃは、今日、熱でお休みです!」

「ほう、嘘じゃないだろうな?」

「本当です」

 かちり、銃は自分に向けられるかと思ったが、他に向けられる。

 それは先頭の先生が居る辺りだった。細い悲鳴。

「本当か? 嘘なら……」

 銃が玩具のように火を吹いた。

 激しい悲鳴が辺りを埋め、知っている人が初めて目の前で撃たれた。

 特別関わりのある先生ではなく、ちょっとそれでもうるさいなと思った事はあったけれど、傷ついてほしいなんて思った事はなかった人が目の前で。



 俺はそれで幼いながらに覚悟する。絶対に嘘を突き通すと。そうでなければ姉が酷い目に合う。脅しで姉の居場所を聞こうとした奴らのもくろみはこの時点で消えていた。

 姉が気付かないように祈りながら、涙ながらに、

「姉ちゃはお休みだもん! 本当だよ」

 奴らは質問を重ねようとしたが、

『一人でも良いだろう。親なら差し出すさ』

 遠く響くサイレンに気付き、俺を抱えてその場から逃走した。



 きっと悪い夢だ。



 すぐに目が覚める。



 でも。

 親に見捨てられ、価値を失った俺の体は。

 目が覚めるどころか。

 臓器売買や売春目的で売られるルートを流れ、何とか切り刻まれる事だけは避けながら。



 いつだったかは、止む事のない暴力に晒された。

 いつだったかは、オークションの『人形』の世話をした。

 いつだったかは、銃の扱いを覚えさせられ、訓練させられ、連れて行かれた先で人を撃った。

 いつだったかは、いつだったかは……ああ、もう思い出したくもないのに。



『I would like to meet a mama.

 I wanted to meet a mommy…………………………』

 母さんに会いたい。母さんに会いたかったよ…………………………

『If you would like to be safe and to be, be quiet.

 We are angel's shield.

 You were come to help. 』

 無事で居たいならば、静かにして。私達は「angel's shield」。君を助けに来た。

『angel's shield?』

 エンジェルズ シールド?



 エンジェルズ シールド……この名前を聞くまで、八年、底辺を這いまわった。



 久しぶりに社会に生存を認められた俺は、あのバスの事故のさなか行方不明と申告され、一度、死亡届が受理されていた。

 自分達が見捨てたくせに。

 戸籍は復活させてもらい、見た目は暖かく迎えられたように見えた。

 だが、母は気が狂っており俺がわからず、姉はそれを俺のせいと言い、父は姉の言葉に従った。辛い中、逃避の為に夢見た母の優しい腕が開かれる事も、姉に撫でてもらって甘える事も、父に褒めてもらう事も無く。

 俺は結局、孤独だった。

 家に居ても殺される、また八年間で築かれた俺の凶暴な部分は躊躇なく三人を殺すだけの残忍さを帯びていた。そう気付いた俺は海外留学の形を取り、「天使の盾」を名乗るこの組織に、三年前までお世話になった。










「賀川の」

 どこかで見たような、いかつい顔が俺を覗く。

「た、カさん?」

「目、見えてんな、オイ」

 何でこの人、泣きそうな顔しているんだろう?

「すまなかったな」

 何でこの人、謝ってるんだろう?

「ユキが待ってるんだ、もう少し、今は休め」

 ユキさん……それは正直にうれしい。

 頭痛は消えていた。

 少しまだ視野が狭いが自分が病院に辿り着き、処置してもらったのだと知った。綺麗になっているけど、たぶんユキさんが寝ていて荒らした部屋だろう。

 白衣を着ているのはここの院長先生。タカさんに、抜田先生、魚沼先生、後もう1人厳つい人がいる。たぶん見た記憶はないけれど声を聴くと『後藤建設』社長と名乗ったケンさんの声だった。



「何だか、凄い面子だなぁ」

 正直、何でこんなオッサン達に囲まれてるんだろう? 

「ん? 何か言ったか?」

「いえ……」

 睡眠薬でも効いているのか、簡単に意識がふわふわと眠りに傾く。そうしながらユキさんの顔を思い打かべる。

 彼女に触れていたい、甘い匂いを嗅いでいたい。ふんわりとしたどこか儚げな笑いを眺めていたい。

 側に居るだけでも幸せだけど……紳士的に言えば、だ。

 本当はその服を脱がして、飽きるまで鳴かせて、自分の嫁にしたいんだが。犯罪的に年齢が離れているとか、俺を好いてくれるかとか、もう置いていて。怖いぐらいに彼女の気持ちより、自分が先走るのを止められなくなる。

 自制をかけるのは、彼女の涙を見たくないから、それだけだ。

 どうしてこんなに彼女に魅かれるのだろう?

 償いか、母を待った自分の過去を投影しているのか。

 いや。もはや理由なんてどうでもいい。

 何よりも白く、赤い瞳の柔らかい体。魅かれたのだからしょうがない。もしかするとそれ自体が巫女の力なのかもしれない。それでもそれが彼女と俺を結ぶなら、俺はその力に感謝する。



「タカさん、俺、ユキさんが好きだ」

「な、ばっ、俺に告ってどうする? ユキはそう簡単にやらんし……」

「彼女、巫女だそうです。『人柱』ってわかりますか? 俺にはわからないけれど。きっとヤバいもんでしょう?」

「人柱だと?」

「時代錯誤だそうですが」

 こんな時、日本語に疎いのは困るな。日常会話には支障がない。けど変な所で細かい意味やニュアンス、単語が不明な事がある。仕事に必要だったから、かなり勉強も訓練もしたけれど。

「ユキさんが、ソレになる条件は『愛を与え』た『男の愛と死』をもって、『子を生んだ』後、みたいです。俺、ユキさんが好きだから、彼女に愛されないようにしながら、側に居るつもり、です」

「あいつの影になるのか? それでいいのか?」

「はは、他の男に取られないように頑張ります。俺、もう少し……寝ますね」

 そんな状態にどこまで上手く出来るかはわからない。けれどやれるだけやってみようと思う。自分で決める生き方をするのは初めてだけど、それが彼女を守るのならば、俺はそこに生きる価値を見出せるはずだから。

綺羅ケンイチ様 『うろなの雪の里』より、後藤剣蔵さん(『後剣』)

YL様 "うろな町の教育を考える会" 業務日誌 より、宮崎院長。

前回からそのまま、名前だけ使わせていただいてます。

賀川の為にすみません。


もうワンターン、賀川目線で行きます。




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