クリスマス:夕刻前です4(賀川)
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拳を握って。
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「俺が弱い事がココを去る原因なら、……それは違うからっ」
ベルさんに向かって行ったあの瞬間と同じ解放感。『コイツもちょっとやそっとじゃ死なない』……普段押さえこんでいる部分が解放される感覚。
だが戦える喜びより、今回はユキさんがうろなから連れ去られるかも知れないと言う焦燥が、勝っていて、俺を冷静にさせた。
それに俺の行動を知っているかのように、 子馬は俺の拳を難なく受け、続けて繰り出す攻撃も全て掌で弾き返し、俺の頭を粉砕しようとハンマーの様な手を振った。重鈍に見えるのは大きいからで、その素早さと破壊力は触れてもないのに俺の体を吹き飛ばそうとするほどだった。
俺は無理にその場に止まろうとせず、風に乗る様に間合いをあけたが、子馬は間髪入れずに詰め寄り、連打を繰り出す。避けて流しながら、俺も打撃と掌底を喰らわしたが、彼の大きすぎる巨体には殆ど影響を与え切れなかった。それどころかインパクトの瞬間に鋼鉄を殴ったような痛み耐えねばならなかった。
更に誘い込まれた所で腕を掴まれ、投げ飛ばされる。衝撃は躱したが、彼の張った『結界』のラインを僅かながら踏んでしまい、靴の側面が焼ける匂いと激痛に顔を歪めた。
「ああ、『鬼布』を巻いてるなら、腕や足は折れないね」
「きふ?」
「名前も知らないで使ってた?」
投げる瞬間に俺の服の下を確認したらしくそう言う。俺の腕や足には魚沼先生に貰った薄いサポーターが巻かれている。普通は人間が出してはいけない力、つまり自分の腕をへし折る様な攻撃をした場合でも、簡単に折れない様にしてくれる物。逆に攻撃に耐える効果もある。布が巻かれている場所に限定はされていたが、薄い鎧か防護服を身に付けている感じになる。
「効果は知ってる。……そう言えば、魚沼先生が『おんまに貰った』と言ってた」
「そう、父さんの。ぎょぎょの小父貴も義理の弟が可愛かったのかな?」
「まだ義理になる前の話だよっ」
「じゃ、ぎょぎょの小父貴がヒイキなしにそれを与えるって事は、全くの能無しではないんだね」
俺は出来るだけ関節を狙う。腕や足そのものを狙っても子馬の肉塊はそうそうダメージが与えられそうにはなかった。本当に刃物を向けるわけにはいかない。ならば馬鹿正直に真っ向からやるより、その方が影響を与えやすい。
小さくても正確に、出来るだけ定めた同じ場所に拳も蹴りも入れる。
「細かい計算するね。でも攻撃の場所がわかるから、避けるのも簡単だよ」
「それでも無駄打ちよりはいい。パワーで勝てなきゃ、頭も使うさ」
「そだね。鬼布もあるなら手加減ナシで大丈夫だなっ」
「子馬っ! 手加減とか言ってると怪我するぞ!」
彼の肩を狙うと見せかけ、左手で鳩尾を狙う。出来れば手錠の鍵も奪ってしまえればいい。だが子馬は軽く後方に身を引いて避けながら俺の足を薙ごうと蹴りを繰り出す。
俺は奴の肩に手を付いて、前転宙返りし、ヤツの背後を取ると、掌底を渾身で喰らわせる。俺の得意とする一発必中の攻撃。普通の者なら吹っ飛ぶはず、だが子馬は普通ではなかった。びくともせずに、そのまま振り返りざまに放った奴の中段蹴りが俺の腹部にヒットする。
「ぐっ!」
半回転した巨体が繰り出す蹴りは重かった。壁がなければそのまま加えられた力に任せて、吹っ飛んで受け身を取る方が良い。だがそんな事をすれば子馬の張った怪しげな壁に消し炭にされてしまう。この勢いでぶつかってはさっきのように靴で被害は収まらない。
俺は何とか足を踏ん張って体を止める。無事に止まった俺に対して、にやりと笑いながら追い打ちをかける様に足元に青白い光が弾け、慌てて横に逃げた。
「銃?」
「そんなモノ、簡単に使えるわけないだろ? 警察だから持ってるけどね?」
確かに俺が聞いたのは発砲音でなかった。何かが突然走ったようなそれは『静電気』の音、そして一番初めに俺の頬を掠め切った物だった。指を擦るようにして何かを呟くと出る、なんとも嘘くさい術だった。
「静電気でどうして痺れではなく、切る事も出来るんだ?」
「そう静電気、よくわかったね。そうだね。俺の力は小さな『雷』を使っているんだけども。それをレクチャーしてる暇はないよ?」
重くて攻撃はことごとく跳ね返され効かない、間合いを取れば『雷の刃』が常に向かってくる。それを避ける間に肉迫してくる巨体。俺を休ませない、そして思考する時間を与えようとはしない。それだけの体力と攻撃力、戦う事に恵まれた男。
子馬自身が冗談交じりに言った『鬼の血が流れている』その言葉はあながち嘘ではないのかもと納得した。
「オニジマ教官を思い出すよ、この厚みは!」
俺はエンジェルズ シールドに入ってそうしない頃に出会った、子馬を彷彿とさせるようなそれこそ、『鬼』教官を思い出す。
怖ろしいほどの巨体に俺が拳を振るうとそのヒトは笑って、『お主の拳は迷いがなさすぎるぞ! 的確に急所を狙い、命を奪う事に特化して! 愉快! 愉快! お前が生きてきた世界では大いに結構!』そう言った。俺の戦い方が余りに危ないからと付けられたその男は『だがこれから生きる場所は手を抜かんとな! 命のみのやり取りでは立ち行かんぞ!』そう言って『加減』を教えてくれた。
戦っているうちにふと思い出したそのヒトと、似た印象を持つ子馬が、ニヤリ笑う。
「流石に鬼島の小父貴に教えを受けただけあるね! 思ったより、良い動きをする」
「な、オニジマ教官を知ってるのか!」
「まぁね……鬼島の小父貴と知り合いだとは聞いたよ、賀川。タカの小父貴だけではなく、バッタの小父貴にも習っているのか」
「ああ。褒めてくれてありがとうと言っておくよ!」
俺は動きで子馬を攪乱する。
三十分、時間はさほどない、温存するより体力は使い切ってしまっていい。子馬は確かに優れているが、万能なわけではないのにも気付く。反射は早いが、俺の動きが見切れているわけではない。ただ俺の攻撃が当たってもダメージが低いので、その間に対処しているだけだ。ヒット数は間違いなく俺の方が多い。
俺は奴の雷の刃に向かって、ポケットから取り出した輪ゴムを正確に撃ち出してみる。青白い閃光が俺に到達する前に弾けたのを見て笑う。
「相殺した?! お前何を……」
「雷と言ったし、靴の側面は燃えても靴底……ソールはやられなかったからね」
「雷針を撃ち抜くとか、ホント細かい奴だなっ」
手持ちのゴム数に限りがあるから全てを撃ち落とすのは不可能だが、有効なようだ。
地味な戦いだ、細かく攻めて、当たりそうな雷は相殺して。
回りから見れば、派手だった清水先生の剣道の試合などに比べれば、見どころなんてあったもんじゃないだろう。だが確実な一撃を落そうとする子馬の目は、真剣で一瞬の隙も許さない。
落してきた拳骨をクロスした腕で受けると、骨がミシミシといい、鬼布がなければ間違いなく折れて砕けていた。心臓を叩かれたらそのまま死ぬか、内蔵破裂は避けられないと思う。それほどの勢いでも、俺は退く事など出来ない。
負ければユキさんが連れて行かれる……
どうしてうろなを去ろうと思ったのか。
ともかく彼女は俺がどんなに血塗れなのかわかっていないのだと知れる。俺はそんなに弱くはない、だが問われれば彼女の前で自分の拳を固めた姿を見せた事は一度もなかった。天狗の仮面を借りたその時以外は。
「ちっ! ちょこまかと」
「ほんっと重いよ、子馬の拳」
チラッと見たユキさんは赤の瞳をただ見開いて、何を見ているかわからないと言わんばかりの表情だった。今まで見ていた俺の印象と全く違っていたのだろう。良い意味か悪い意味かは俺にはわからない。
「余所見してるなんて余裕があるな」
「お前こそ、海さんの評価が気になる所だろう?!」
「巫女とお前の関係より早いと思うけどな」
「言ってろっ!」
子馬のデカい手で横面を張られて、吹っ飛びかけた体幹を保たせ、右肩の付け根に蹴りを放った瞬間、今までにない手ごたえがあった気がした。足を払われる前に態勢を整えると、
「破ぁあああああああっ!」
息を吐き切ってしまうかの勢いで咆えながら、子馬に向かう。今までと違う動きに気を取られた奴に、簡単なフェイントをかけつつ、ラッシュを狙う。
「それくらいなら俺でも読め……」
子馬が言い切る前に、俺は今までよりもスピードを上げ、子馬を捉えた。
そこと定めた場所に集中連打を喰らわせれば勝機もある!
そう思った俺の体が、一瞬で吹き飛ぶ。
雷?
今まで初回以降何とか触れずに済んでいた壁に向け、俺の体は弾けるように飛んだ。
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キラキラを探して〜うろな町散歩〜 (小藍様)
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海さん
『悪魔で、天使ですから。inうろな町』(朝陽 真夜 様)
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ベル姉様
うろな町~僕らもここで暮らしてる~(零崎虚識様)
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すべては親父を殴るために
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鬼ヶ島厳蔵さん(ゴンザレス・オニジマ)ちらっとお名前
お借りいたしました。
問題があればお知らせください。




