クリスマス:夕刻前です(賀川)
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事の次第も知らぬまま。賀川です。
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俺は何も知らないまま、予定より少し早くホテル〈ブルー・スカイ〉に白い車を停めた。
この前、清水先生に酒の席でピアノの話をしたら、ARIKAの皆が引越したホテルなら置いてあるのではと言う話を聞いていた。
昨日、配達の時に確認したら、このホテルには海の見えるチャペルがあり、その中に白い大きなグランドピアノがあるという。他にも楽器がたくさんあるらしい。ヴァイオリンやフルートなど他の楽器も姉に小さい頃齧らされたが、やはりピアノが一番好きだからユキさんと一緒にその音を聞きたかった。
彼女の誕生日……
ただ今日は彼女の誕生日の前に、日本中が『クリスマス』だった。どこも予約でいっぱい、俄かに何かするには難しい日。だが夜は式があるので使えないと言われたが、夕方の一時間程度ならピアノを弾いても良いという話を取り付けた。こんなホテルのピアノならば雰囲気も申し分ない。ま、間違ってもホテルに引っ張り込む気はないよ?
ポケットの中にミラーにかけていた白ネコを押し込みながら、サイドに置いていた小さな紙袋を手に車を降りる。中には髪留めとマフラーが入っている。ホテルに行けばたぶん汐ちゃんに会えると思ったからだ。これは俺の耳を鍛えるのに付き合ってくれた上に、導きの様なヒントをくれたお礼。こないだ買っておいたものだ。
ホテルまで距離はないが海風は寒かったので黒いコートを羽織る。少し早いがホテルに入ろうとした時、この頃、見慣れた栗色のふわふわ髪を揺らしながら、汐ちゃんが走ってきた。
「か、賀川のお兄ちゃん!」
「あ、ちょうどよかった、汐ちゃん。これ、こないだ音の修行に付き合ってくれたから。夜輝石も貰ったし、クリスマスプレゼントも兼ねて。結構迷ったんだけど……」
「わぁ、ありがとう賀川のお兄ちゃんっ! ……って、そーじゃないよぉっ! こ、こんな事してるバアイじゃないのっ」
俺の腕に飛び込む様にポフンと走り込んで来たから、包みは汐ちゃんの手に渡ったけれど。彼女の様子が変だ。栗色の目には僅かに涙さえ浮かんでいるように見えた。大きく愛くるしい瞳で見上げながら、
「大変なのっ! ユキお姉ちゃんが、おっきい子馬お兄ちゃんに、連れて行かれちゃったのっ」
「は?」
今日は本当は午前中からユキさんと居るつもりだった。
けれど急に『ベル姉様の所に今日届くように』と、品物を預かったから。急いで発送の中継所まで飛ばし、とんぼ返りしてきたのだ。『じゃあ、お願いします!』って凄く真剣な顔で言われて、受け付けたらすっごい笑顔になってくれた。
あんな真剣な顔や笑顔を見たら断れないじゃないか……反則だ。
だから今日は午前中からのデートは出来なかったけれど。
夕方の時間は間に合った。ちょっと早いくらいかもと思っていたくらいだ。ピアノが弾ける時間になるまでラウンジで話そうかと思案するくらいに。
彼女の為にピアノを弾いた後は、南の工場地帯の辺りであるイルミネーションでも……そう思っていたのに。
「Why? Why did sh……とっ、え? 子馬と一緒って、何で???」
頭がパニックになって英語で口走りかけて、間抜けに止める。
本当にどういうことだろうか?
そこにゆっくりと歩いて海さんが現れる。タオルで首筋を押さえている。タオルの中には氷が入っている様だ。痛みがあるのか顔を歪めていた。
「あいっつ! 本気で手刀かましやがったっ!」
「海さん?!」
「一番君! ユキっちが子馬に連れてかれた。何か悩んでるっぽくて最初、ユキっちが話しかけて来て、いつの間にか話が……止めるつもりだったんだけど、まさか子馬の野郎っ!!! 本気で来るとは思ってなくて。ちっ、油断した……」
「どういう事、だ?」
「子馬の奴、あたしに調子良い事ばっか言っておいて……ユキっちの『力』に興味があるとかって、連れてったんだよっ!」
少しずつ頭が回り始める。海さんの首筋に浮かぶ痣が見えて焦る。
ユキさんを子馬が連れ去った、それも悪い方向で……あんなに心奪われているかに見えた、海さんに手をあげて……
「ど、ど、何処に二人は!」
「海に事情を聴いて、特別に俺様が鳥で探してやってるぜぇ~カガワ」
ニヤリと笑いながら白い髪を揺らし、レディフィルドが現れる。何だか揉め事が起こって嬉しそうだ。海さんと汐ちゃんに同時に睨まれ、恐縮するかと思えば、彼らしくちょっと頭を掻きながら首を竦めるだけにとどまる。
「子馬がタクシーや、車を足に使ってないと良いんだけど、な……遠くに連れて行かれっちまったら……あたしが側に居ながらごめん」
「海さんのせいじゃ、ないよ」
意気消沈している海さんに声をかける。汐ちゃんは心配そうに姉である海さんの手を握った。
配達中に浜で海さんと子馬がじゃれるように格闘をしてるのを見た事がある。海さんも腕はたつが、子馬はタカさんに『勝つ気はないけど、負ける気もないよ?』と平然と言い放っていた。地下での鍛錬中に組んだが、押さえた中にも確かな力が感じられた。そんな男が遊びや訓練ではなく、突然牙を剥いたなら、さすがに海さんでも対処に戸惑っても仕方ない。それも親しげにしていた男性から本気の攻撃を受け、彼女の気持ちへのダメージは相当だろう。
そうしている内に白い小さな鳩が三羽ほど汐ちゃんに飛び寄ってくる。うち一羽が俺の頭にバサッと降りてきた事でそれがドリーシャだとわかる。るっくぅ~っと高らかに鳴いた。
「フィル、近いみたい?」
「ああ。今、近くの駅に居るそうだ。カガワぁ~嘗められたもんだな?」
「別にいいよ、それでユキさんが連れ戻せるなら……」
普通なら『鳥と喋るなんて』と突っ込んでいたろうが、今は信用するしかないし、その余裕はなかった。
ドリーシャを肩に乗せながら、何で悩んでいるなら俺に相談してくれなかったか、落ち度なら少なからずあるだろうがどうして……そう考える。
いつもにこにことして、この頃は体調に波があっても夏の様に辛そうにはしなかった。
ただ、母親が亡くなったとわかってからの彼女はどことなくおかしかったと思う。俺が婚約だの仕事だのとあって、あまり喋ってもいなくて。今日は一日ゆっくり付き合うつもりが、まさかそうする前にこんな事になるなんて思わなかった。
俺は車に戻って乗ろうとしたが、
「こっからなら走った方が早ぇって! 一番君」
走り出そうとする海さんだが、酷く叩かれたのだろうから心配になる。俺の気持ちを汲みとったのか、
「お兄ちゃん! 汐とフィルが案内するよ! 来てっ!」
「え~俺様もかよぉ~、ま、汐の付き添いって事で。海も後から来いよぉ~」
「ああ、絶対行って、子馬、ぎったぎったにしてやるかんなっ♪ 一番君、ユキっちを!」
「わかった」
海さんの語尾、楽しそうな口調が怖い。子馬がスクラップにされそうな気がする。海さんも子馬を信用していたから、友達であるユキさんに対する今日の暴挙は絶対に許せないだろう。どこまで二人が進んでいたか定かではないが、子馬の態度次第では、二人の間でも波紋を生むはずだ。
俺は返事しながら、汐ちゃんとレディフィルドの後を追った。
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キラキラを探して〜うろな町散歩〜 (小藍様)
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
海さん ホテル<ブルー・スカイ>
汐ちゃん レディフィルド君 ドリーシャ
"うろな町の教育を考える会" 業務日誌 (YL様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
清水渉先生
『悪魔で、天使ですから。inうろな町』(朝陽 真夜 様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6199bt/
ベル姉様
お借りいたしました。
問題があればお知らせください。




