デート?中です4(子馬と海さん)
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御機嫌のイイ海さん。
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「ねーおいしい?」
「うまいよぉ~若いのも良いけど、これもいいよ」
海さんは試飲室でご機嫌で何種類かをそれなりの量、飲んでいた。普段は出さないチーズや缶詰も樽をテーブルがわりに出されている。
ただ、何故か側にいる六角の様子がおかしい。俺と目を合わせようとしない。いつもはココに居て仕事してるはずの者が見たらないのも気になった。
「そう言えば頼んでいたモノを作りに行くのは明日からでいい? 六角」
「専用炉に火は入れて準備を整えています。あの……その、後はお任せします、こ、高馬様。後片付けはイイですので」
気を利かせてくれたと思った。が、そそくさと出て行くその姿を目で追って、何かが違う気がする俺。
そろそろ工場でも見に行こうよと誘おうと思って、と、海さんを見返すと、彼女の方がじーっとこちらを睨む様にしていた。肌が桜色だし、黒い目が少し潤んでいてとてもきれいだ、けど……ちょっと怒ってる?
「どうしたの? もう酔った?」
こないだの水炊きの時に俺は怪我をしているからお茶だったけど、彼女は結構飲みながら食べていた。俺の口に入れるのも大変そうだったけど。『雛鳥に餌やってるなら可愛いけどさぁ~お前だと大型肉食獣って感じぃ。食いっぷりイイの嫌いじゃないけど、ちょっと大変だから~♪ 早く治せよっ』って笑ってたっけ。
今の時間にどれだけ飲んでいたとしても、決して悪酔いするとは思えない酒には強いタイプだと思ったのに。今までの上機嫌な顔が強張って、本気で怒っているのを感じた。
「なななな……何? 俺が来たからもう飲めないから不機嫌? 子供だな、海さんは……良いよ、もう少し待つ……」
「子供で悪いのかぁ~! ちゃんと成人してるんだかんね!」
樽を立ててテーブルにしたそこに置いていたワインから、グラスに零れんばかりに注いで一気に飲み干した後、
「その右腕の怪我、わざとに刺されたんじゃないかって聞いた……それ、本当?」
宵乃宮に切られた傷ではなく、その前の仕事でやらかした怪我。おかげで海さんに口の中まで食事を運んでもらえるという天国時間をくれた……俺はその右腕を擦りながら、出来るだけゆっくり彼女に答える。
「ワザと怪我? 何で? それにもう治ったよ?」
「治れば良いって話じゃないだろっ!? ちょっと不思議に思ってたんだ。お前、腕っぷしが良いのに。掠るならまだしも、あんなに酷いケガ、どうしてだろ、って」
「ヘマしたんだよ。今回もザックリだったし、それだけ……」
「子供相手に?」
六角が逃げた理由が分かった。
何でそこまで詳しい話をする事になったのかわからない。だが海さんにかなり詰問されたか、酒のついでに喋り相手をさせて吐かせたか。どちらにしても口の軽さを叱り飛ばしたかったが、時子さんが六角を怒らないでと言っていたのに合点がいった。
俺は頭を片手で抱えた。
「子供相手だから油断した? いや、お前とさっき手合せしたけど、そんな隙はなかった。それもあの鶏食って帰った日の夜、緊急で再手当てしたとか、何だよそれ!」
「再手当? ……アレは技術部が面白がって、俺で実験したかっただけで」
また怒られて、言い訳してる。
そんな状態は面白くない。
このファームの中はある程度隔離されているから、話しても外部には漏れまい。俺はどの場にどかっと座って、海さんを見上げた。
「聞きたいんだね?」
「ああ、どんな理由でそんな怪我したか、洗いざらい聞きたいね」
「そう」
それを彼女が望むなら、俺はそれを聞かせようと思う。
「治安維持や報告を任されたのは話したよね? 俺が踏み込んだ所には、事件に巻き込まれて、隠れ住んでいたヒトがいて……まだ子供だったんだ」
「何だって子供が刃物なんか振り回す事に……」
「そうだね……うろなでね。ちょっとした事件があってね。詳しくはわかっていないのだけど。それに立ち向かうために子を家に置いて『戦い』に出た親達が居たんだ。わかる限りで結構な数だった」
この平和な日本で『戦い』なんて信じられないだろうけれど。
夏前ぐらいにうろな町では、人であってヒトでないような生き物達が自分達の生存をかけ、それを駆逐するのを本職とした人間に返り討ちに遭い、『燃やされた』らしい。
更にその事で空白地帯になったここに、別の一派が入り込んで来た。
現状派と新派に分かれる形で、大人は『戦』に出て行った。戦いに行かず、余所へ逃げたり、息を潜めたモノもいたようだが。この戦いに巫女も巻き込まれ、一時、記憶を改竄されて新派に飼いならされたと情報が入っている。
それから新派は撃破され、首領が巫女の体に残存思念を残していたようだが、それも消えて以降、うちにその新派の消息は入ってない。
「……必ず戻る、つもりだったのだろう。でも戻れなかった。その残された者達を俺は保護する仕事に当たったんだ」
どちらに付くにしろ、戦いに出るには小さい、親から残された幼い幼い者達。信じられない面持ではあったが、海さんはじっと聞いてくれている。
現状派に存在が知られている者には助け手があったが、敗者である新派側についた者の関係者や子供は駆逐を恐れ、戦いが終わっても人知れず息をひそめていた。現状派はそれなりに『温厚』に事を進めたが、中には親の都合で生まれた事すら誰にも知られていない者もいる。
幼いころはまだヒトガタを取れない者も多いから、人としての戸籍もなかなか取れなかったりするのが実情だ。
俺達は二課の仕事として、その取り零された人に手を差し伸べる仕事を引き受けた。
負けた新派に付いた家族の一部は、大人達が帰ってくるのを半年近く待っていた。その間、餓死したモノや別の犯罪に巻き込まれたモノも少なくない。
「その日、該当の部屋に入ると片手の年くらい男の子がぐったりしていたんだ。『大丈夫だよ』って言ったけれど、突然起き上がると彼は刺して来たんだよ」
「子供が……?????」
「……うん。避ける事は出来たけど……」
「お前、刺させたのか。子供に!」
「彼の親はもうこの世に居ない……頼るべきを失った彼は、親を誰が殺したかとただただ怒ってるのを感じたんだ。今、俺がただ押さえても、きっとその怒りは積み重なり、滲んで大きな犯罪を引き起こし、大地を血に濡らすだろうって。この子に憎しみを植え付けてはダメだ、早めに摘み取らねば彼の中に大木となり、彼は人をなぐり殺す武器を研ぎ出してしまう。そう思ったら、ココで止めなければって思ったんだよ」
「だからって何で子供に……」
「やらなきゃわからないんだよ!」
つい叫ぶ。
俺は知ってる。俺も思ったんだ、父が死んで、母から引き離された時に。何が父を死に追いやったか。何故、工事現場で天井が降ってきた? それは偶然かって。父は人間を多く助けて亡くなった、けれどうちの一族の中では認められない存在だったから辛かった。
「憎しみで歪んだ子供にただ説教しても聞かない」
ある日、耐えかねて暴れた俺を抱きかかえてくれたのが六角だった。
何も言わず、ずっと抱きしめてくれて。正気に戻った時、六角を殴って負わせた怪我を見て、『父さんの言葉』を思い出してやっと真っ直ぐ歩く決心をしたんだ。
それを回想してしまって、ただ止めるだけじゃダメだって思い……心臓からは逸らしたが、深々と腕に刺さった刃物、赤い血を見て子供は更に興奮し、暴れた。
「俺さ、刺された後に『大丈夫、大丈夫。俺を刺した事は罪にはならない。俺も似たようなモノだから、わかってる、大丈夫。怖かったね。もうこんな事しちゃいけないよ』そう言って繰り返したんだ。抱き付いて拘束して、どのくらいか呟いていたら、別の女の子がそっと出て来て、男の子を止めるんだ」
彼女は言う『ねえ、お兄ちゃん、やめよ? このオジサンは大丈夫みたい』、オジサンと言う言葉にはちょっと引っかかったけど、それですべてを察した。
「ここを出て行く時、彼にもっと幼い彼女を守るのよと大人は言ったのだろう。彼はそれを守って俺を刺した。だから俺は彼に言ったんだ『そうか、君は勇気がある。彼女を守りたかったんだね。その優しさを忘れないで。でも憎しみで心を奪われ、力を使っちゃいけないんだよ。俺が五歳で死んだ父さんが言ってた。ちょうど君くらいの頃だ……』って」
海さんは空のグラスをじっと眺めながら話を聞いてくれた。
「兄妹……って良いよね。俺は本当に血の繋がった兄弟は居ないからさ。落ち着いたら俺に刺さった刃物を見て、謝って泣いてくれたんだよ。とても心細くて、怖かったのだろうね。でも彼の手に俺を傷つけた感覚が残り、それは良くない事だとわかってくれれば、それでいいなって」
元々は人間と人ならざる者が生み出した諍い。そして人外達の覇権争い。
何が正しくて、どちらが先で、どちらが後かは知らない。でも血で血を洗っても残るのは禍根と因縁と更なる血だけ。どうして同じ赤い血なのに争いとなるのか。駆逐され、抗いによる肉は血で返され、被害を被るのはいつだってこんな小さい子だ。
子供には敵も味方もない。
折り合いを付けられず、相手を許せず、一滴残らずどちらかを駆逐する事態になるなら、その真ん中にある俺はその双方に立って、盾にならねばならない。それが人を母に持ちながら力を持って生まれた俺の、ココにある理由だと思うから。
「彼は最後に謝ってくれたし。妹を守ろうとした彼の優しさがずっと生きればいいなって俺は思うんだ」
そこまで黙っていた海さんだったけど、そこまで聞くと飛び掛からんばかりの勢いで、
「だからって! もっと、自分の身体を大事にしろっって言ってるだろ!」
「言われてる件は同じだし。今度から気を付けるよ」
「こないだは、失敗しただけって感じだったじゃん! 避けなかったなんて初耳だぞっ!」
「だって、だって……刺さった事に変わりはないし」
「気を付けた怪我ならまだしも、防ぎもしねーなんて、全然違うじゃん! あたしと一緒に居たいなら、そんな風に体を使うのは許さねーから。もし、心臓突かれてたら止まってたかもしんないって、六角さんが言ってて。そんな事になったら、怒るからなっ!」
「怒ってるし、海さん、既に怒ってるし。それに……『あたしと一緒に居たいなら』って言ってくれるって事は期待していい?」
「あ、ああああ、いや、いや、それ話が違うけど。ただ、だって死んだら普通、一緒には居られないだろ?」
「でも死んでから怒られてもわかんないし」
「あーもう、あ、あたしが言いたいのはそう言う問題じゃなーいっ」
俺は立ち上がる。
やっぱり言い訳ばっかりしてるな俺と気付いて。そっと海さんの口に手を当てた。
「……あんまりここで騒いじゃ駄目だよ。ワインが起きちゃうから」
「え? い、今更感が……」
「さぁ、さ、そろそろ工場に行こう! それにもう一つ行きたい所があるんだ」
「誤魔化すなって!」
海さんが騒ごうとするので、彼女を小脇に抱えて工場の方に移動する。そうしながら幼い時、必死で俺を守ってくれた六角を久しぶりに思い出し、今日海さんに情報を流した件の事は怒らないでおこうと、一人、呟いた。
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キラキラを探して〜うろな町散歩〜 (小藍様)
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海さん
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人間どもに不幸を! (寺町 朱穂 様)
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ある一族が駆逐された話を。
うろな天狗の仮面の秘密 (三衣 千月様)
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夏の陣と巫女が関わった話を
上記の中で新派首領の影に取り込まれ戦った敵、
ユキが雪鬼として叩いた敵がいたのですが、
彼らにも家族がいて、その人達はどうなったのだろうと思って書いた話になります。
話内でも半年近く経ってますが、そんな人にも手を差し伸べられたらと思ったので。
リアル時間も経ってますから正確なコラボ申請はしませんでしたが、問題あればお知らせください。




