帰宅中です
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三人称です。
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「賀川君、おかえり!」
「おー帰ってきたぁ、黒髪の本物が。アリスさん、元婚約者が戻ってきましたよ」
「帰ってきたの? おかえりなさい、トキ」
コタツの部屋にはユキとアリス、そして兄さん達が数人いた。アリスと工務店従業員達は楽しそうに会話しながら食事していた雰囲気を賀川に感じさせる。それも元婚約者……いつ『元』になったのかはわからないが、ともかく婚約させられた事は大っぴらになっている事を賀川に悟らせた。タカが『清算』と言ったのは彼女との事だともわかる。
「ぁぁ、本物の賀川さんだぁ~おかえりなさ……い」
ユキは氷枕をコタツに置いて額や頬を当てて埋めている。そんな恰好でゆったりしていたが、賀川の気配を感じると、頭を起こし、間延びに笑ってまた氷にペタンと戻った。
「何がどうなってこうなる……?」
どうしてアリスがココに居るのか、賀川にはわからない。それも『本物』と言われた事にも考えが及び、微かに眉が寄る。自分によく似た機械人形がユキを助けた事は聞いていたが。少し変わっていたとはいえ、自分の前では敵だったものと比較されるのは余り心地良くなかった。
そんな事は誰も気付かない。彼の表情の変化はそれほど微妙だった。
「よーこ、これは甘すぎず、酸っぱすぎず、とってもおいしいの。日本の家庭料理、初めてで嬉しいわ」
「おイナリさん、よ。ぎょぎょさんにも喜んでもらえたし、よかったわ。手を出して……こっちの小鉢に入れてあげたから、ひじきの煮つけも食べてみて。スプーンが良い? もうすぐ寿々樹ちゃんが迎えに来るから。ユキさん、ほら、賀川君帰って来たし、離れに行きなさいな?」
ユキは先ほどから皆に部屋で休む様に言われていたが、賀川が戻るまでと頑張っていたようだ。
「ごめん、ゆき。貴女がそんなに調子悪いなんて知らなくて」
「気にしないで下さい。この頃、ずっとこんな感じで。疲れがたまりやすいだけです。海での食事も、モールでの買い物も楽しかったので。朝になれば元気になります~」
昼食をバイキングで済ませてから夕方までモールで買い物をし、楽しんだ二人だったが、ユキのノビた返事は彼女の疲れを感じさせた。
アリスもまだ目の手術をして殆ど経たない。体力や感染のリスクを考えれば普通の医師ならすぐに戻る様に言うのだが、野戦病院で働いてきた八雲は大らかに構えていた。それでも今日の夜には戻る様に指示を出している状態である。
「トキ、ゆきを部屋に連れて行って。今日は楽しかったわ、ゆき。またね?」
「はい、また。ではおやすみなさい」
立ち上がるが安定感のないユキの背に皆が寝る前の挨拶を傾け、賀川はアリスに言われるまでもなく素早く寄り添った。その気配にアリスは笑う。
「トキ。昨日の約束、ナシね。彼女、気付いちゃった。私の目の件」
「え……」
「アリスさんを怒らないで下さいねぇ、私が勝手に気付いただけです」
ふらふらしながらもユキはよそよそしく賀川の手を取ろうとしない。だから『元』が付いていたのかと思いながら、そのまま部屋を出て行く彼女を後ろから彼は追う。
どうも怒っている……それくらいは感じた。そのまま見守ろうかと思ったが、あまりにゆったりした動きを見兼ね、彼女を抱き上げる。
「やめ……」
「落としたくないから。暴れないで。いろいろ、ゴメン」
賀川がそう告げるとユキはそのまま腕の中に納まった。ただ眼を見開いたままポロポロと涙を落とす。
今までアリスの手前、押さえつけていたのだろう。目が見えないとはいえ、しゃくりあげれば泣いているとわかるし、泣く事は彼女への謝罪にならないし力にもならないと考えた故。でも二人になった事で思いが込み上がって、涙となる。
「何があったら、アリスさんの目が見えなくなったりするんですか? アリスさんは気にしないでと言ってくれましたけれどぉ……」
自分の体調も良くはないと言うのに相手を思いやり、戸惑いとやるせなさを浮かべて泣く少女は美しい。どうして彼女が泣かねばならぬのか、賀川は笑顔が守れない自分が不甲斐なかった。けれど、あの日できた最大限はアリスの命を救い、瞳を取り戻した事。
離れへ移動しながらゆっくり言葉を紡ぐ。
「一昨日……レディフィルドとリズさんに助けられて、アリスを取り戻せた。今、目が見えなくなってしまっているけれど、俺一人じゃその命も救えなかったと思う。だから君の笑顔くらいは俺一人で守りたかったけれど、ダメだね。うまくいかない」
アリスが攫われたのは自分をおびき寄せて手にかけ、ユキの人柱としての強化図ろうとする動きによる物で、更に機械の一部に使うために目を抉られたなどと賀川には言えない。ユキが求めた理由には触れない形だったが、彼に言えるのはそれだけだった。その満足いかない答えにユキは視線を賀川から外す。
「賀川さん、夏に海外に行ってたんですか? ピアノ、弾いたり……銃で撃たれたりしたそうですね」
「……アリスから聞いた?」
「聞かれたらマズかったですか?」
「いや。あんまり気持ちいい話じゃないだろ」
ユキはあの後、会話に紛らせ、夏に賀川が怪我をした事に触れてアリスと話した。アリスは賀川がその件を伏せている事を知らず、銃で撃たれてるのに注射を嫌がる賀川の様を笑い話として聞かせていた。賀川としてはアリスとユキが自分を挟まずに会話するなど想定外だったから、口止めなどしてない。相手がユキの関係で襲った事は聞いたか、予測か賀川にはわからなかったが、ともかく自分の存在が争いを招いている事は気付いているようだった。
「私、人を傷つけてばかりで」
「ユキさんが悪いんじゃない。そんな事仕掛けてくるやつらの方が悪いんだ」
「……そうでしょうか? 本当にそう? 私がココに居なければ……」
「ユキさん、誰もそんな事は思ってな……」
「賀川さん……私に内緒はいくつありますか? ねぇ、もう……ココでイイです。降ろして下さい」
いつの間にかユキの部屋の前に辿り着いていた。
質問に答えられぬまま、そっとその体を降ろし、賀川はその頬の涙を拭ってやろうとしたがユキがあげた手に阻まれた。それも当たり所でパチリと良い音をたてる。小さな間が二人に影を落とす。
「お、おやすみなさい」
ユキの言葉に賀川が返す間もなく扉は閉まった。それとほぼ同時に賀川は背後に何かを感じた。それも後ろ、数センチだ。こんなに近寄られるまで気付かない自分の間抜けさに驚きながら、一方それほど気配を消し鍛えた耳に物音をさせない者にどう動くか迷う。
「敵なら殺されてるよぉ、賀川君」
賀川はくるりと首に巻き付く金色の蛇に気付く。
「神父……どういう事ですか。取りあえず敵じゃないって事で……ぐぐっ……」
「どうだろう? それでね、拘束の蛇は首を絞めるのも可能なんだよ。ちぉょっと加減を間違って殺しちゃう事もあるけれど」
「殺す……ん、ですか?」
「君がずっとユキ君を苦しめるならねぇ」
ぎゅっと首の蛇が賀川の動脈を、気管を、容赦なく絞め落そうと動く。こんな場所で呻けばユキが気付いて出て来て出てきてしまう。この神父の事をユキはとても好きだと賀川には感じられたから、こんな事を顔色一つ変えずにする男だなど知らせたくはない。今の彼女には特に。だから酸素を失いながらも彼女の部屋から少しずつ離れ、膝をついても声を上げない。
「一応、この程度では喚かないくらいの思慮はあるんだぁ」
完全に絞め落とすなら、ものの一秒とかからないだろうに、じわじわと嬲る様に蛇を操る神父は賀川の限界までそれを引き締めて、意識が落ちる寸前で微かに拘束を解いた。そして一枚の紙を投げ渡す。
「彼女は聖なる存在。君の浅はかな気遣いなど看破するから」
息も絶え絶えにその紙を覗き、表情を硬くする。そこには銃を構える少年の姿が描かれていた。
「ユキさんの絵、なんで、こんな……」
絵はラフだった。だが特徴がある形がかつて愛用していた銃だと、その辺は玄人の賀川にはわかる。銃社会でもない日本で育ったユキはそんな物、縁があるはずもない。しかし想像で書いたモノと言うには余りにそのフォルムは正確だった。
今より長い黒髪の痩せた少年は、彼女の知るはずのない過去の自分の姿。
「やっぱり君だよねぇ~……彼女はどうも見えてしまうようなのだよ、色々と。それも特に心寄せている者の何かが。賀川君の不用意な行動が彼女の心を荒し、疲弊させるんだよねぇ。一昨日、君が無茶したのを彼女は間違いなく感じてるから。気を付けなさい」
きらりと明るく輝くその目線は獰猛な毒蛇が獲物を見つけた時に似て酷薄だった。一度緩んだ蛇がぎゅっと首の骨が軋むほど締まって、賀川は気を失う。その姿を見てやっと唇を緩ませ、ニコリと笑う。
「やった事だけじゃなくてね、君が疲れてると、彼女にも響くんでねぇ。ともかくゆっくり寝てね~」
そう言いながら神父姿の男は賀川の口に寿々樹に用意させていた液体の薬を流し込むと、彼を抱えて部屋に送り届けた。
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現在不定期更新(自転車操業)
数日あくかもしれません。
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キラキラを探して〜うろな町散歩〜 (小藍様)
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
レディフィルド君
『悪魔で、天使ですから。inうろな町』(朝陽 真夜 様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6199bt/
リズちゃん
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『以下1名:悪役キャラ提供企画より』
『鈴木 寿々樹』吉夫(victor)様より。
お借りいたしました。
問題があればお知らせください




