お話中です2(アリス側)
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目が見えない中で。
アリスの側からです。
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本当にとても良い子なんだと思うのよ。見かけたからと追いかけて来てくれて、急に食事に連れてくようにと無茶にも応じてくれている。自分の好きな男と無理に婚約しようっていう女に。
今は見えない彼女の姿。外国では珍しくない白肌に白髪だけれども、その白さは病的なまでで。それに赤いルビーの瞳はこの国外でも稀有な色。
写真で良く眺め、脳裏に焼き付いたトキの可愛い子を思い出しながら。彼女に連れられてきたトキが住む町の海。寒いけど、気の滅入りかけていた私には目が見えずとも、その広い空間は有難かった。
私は……トキを脅した。
『私の目が見えなくなったのは、貴女のせいだって言ったら、彼女はどう思うかしら』と。彼女が英語は苦手だってわかっていたから、それでそう彼に言ってから。
日本語で彼女に『婚約した』と言ったら、トキはそれが『言わない条件』だってすぐ気付いて飲み込んだ。けれど、まさか婚約や結婚をしても彼女の側に居るって言い出すとは思わなかったわ。彼が普通の人に理解できない行動をとる、その見本みたいな台詞。それに戸籍くらい……なんて、どれだけ軽いのかしら、自分の価値が。
そうなる気持ちもわからない履歴だけど、彼女は少なからずショックを受けているのに。
女がそんな状況で満足するかなんて考えても居なくて、自分の『側に居たい』って気持ちだけが先走っているのに気付いてないの。
そして出て行った彼女を追って部屋を出る時『ユキさんに言わないで。彼女のお母さんが亡くなった。これ以上、心に負担を掛けたくない』って彼女にはわからぬ言葉で言い残した。全く抑揚がないそれは、彼が怒っている時の声だった。
嫌われても一緒に帰って欲しかった、ココは危険だって思うから。
でも気付いているのかしら、貴方のその態度が一番彼女を戸惑わせて、負担をかけている事に。もう物言わぬ死んだ仲間に想いを傾け、貴方が何も言わず、私達から離れて行った時の様に。
病室に残された私は後を追って行って、足を止めた。
そこでは彼女が自分の母親が死んだ事についてトキに尋ねたり、誰かが傷ついてしまったと騒いだりしているのが聞こえて。出て行けなかった。
確かに今、私の目の事まで聞かせるのは酷だと思ったわ。それにこの目の光を奪ったのは彼女がしたくてしたわけじゃない。彼女とトキを傷つけようとしている第三者……
出て行くのは躊躇われて、病室に戻っていたらクラウド女史が来て、話を聞いてくれたわ。
「アリス。気持ちはわかるさね。けど、トキの気持ちはどうするんさ? 気持ちを殺され、人生を操られるのを嫌っているのはお前も同じだろうに。連れ帰ってもトキはココに居た時のように埋没しようとはしないだろうよ、彼女のような子を放っては置けず、危ない場所に住むのだろうからさねぇ」
私達の中でも『囮』をやって居た者は大抵『被害者』。
子供の時に無為に時間も体も心も貪られた者達。普通を望みながら普通には戻れなくて、歪んだ場所にしかいられない子供。けれどそれでも仲間を信用し、被害者救済の旗の元に働いてきた。
私はコーヒーで温まった呼気を吐き出しながら呟く。
「ゆき……貴女が普通の女の子だったらよかったのに」
「はい?」
首を傾げるような間があって。疑問詞付きの返事がした。彼女の後ろには誰か警護が付いているのを感じながら、見えない目でたぶん青いだろう空を見上げるの。海風が私の髪を攫う。きっと隣のゆきも色素のないその髪を同じように揺らしているのだろう。
彼女からトキを引き剥がして連れて帰っても、幸せになれるだろうか。なれると言いきれない私の気持ちが髪と同じに揺れる。きっと彼女の心も同じように。
ああ、彼女がせめて普通の娘であれば……
「いや、違うかもね」
「何がですか?」
素直な少女は私とトキの婚約を『単純に他の女性と結婚なんて嫌』と、自分の好きな人だからと正直に言った。更に『脅した』と言う私を断罪せず、その気持ちまで考えてくれた。
私もそれに従い正直に言うなら、ストレートに『帰る事』を条件にしなかったのは、私が女だったという事。トキが好きだから傷つくような場所に置いて居たくないなんて恰好を付けて、自分の言いなりに、私のモノにしたかっただけ。
それに引き換え、いくらでも飾る事はできるだろうに、真っ直ぐな心を傾けてくれる少女。それはトキにも、そして私にも。他人とも言えるほどほぼ初対面の人間にも、真っ直ぐ接する……それを知るにつれて、トキがただその白い容姿に惚れただけではないと知る。
ミルクセーキのように甘い少女。それでいる事の難しさ……
海の音が響く中、彼女がポツリと漏らす。
「賀川さんって強いんですか?」
「え? 強い?」
「はい、アリスさんと長いので知っているかと思って」
「貴女、トキの事どこまで知ってるの?」
「あんまり……知らないです。小さい頃、攫われたのは知ってます。お姉さんと衝突して擦れ違っていたみたいだったとか。でも今はとっても親しそうで良かったのです。色々あっても心から笑ってくれると嬉しいです。それから、アリスさんのお姉さんとは恋人同士だったとか。ああ、亡くなったお母さんに送った綺麗なカーネーションが……」
そこまで言った所でゆきの言葉が止まったの。
冬の空気よりも冷たい氷の様な間。表情は見る事は出来ないけれど悲しそうな声がする。
「ごめんなさい、私の母が亡くなったのです、私の為に。一年以上前なのに知らなくて。昨日聞いて。嘘じゃないってわかるのに、遺体もなくて……もしかしてアリスさんの目が見えないの、賀川さんのせいじゃなくて、私のせいですか?」
緩い感じの少女。幸せで、甘々で。自分から気付いたりしないだろうって思っていた。けれどちゃんと考えて辿り着いた……多少エサは投げておいたけれど、さほど時間もかからずトキの意図を汲んだ。自分と居ると言ったのに、他の女と婚約すると言う非常識な発言に戸惑いながらも怒りもせずに。
逆の立場なら、私はトキを吊し上げて怒りで満ちた行動を取っただろうと思うわ。でも彼女は違った。
勝てない、いや、初めから彼女とは次元が違うのかも知れない。巫女という神がかった存在信じていなかったけれど、彼女は本当に穢れを知らない『聖なる者』に名を連ねる存在……そんな思考が過ぎって、全てが無駄だとわかってカラ笑いする。
「トキに怒られちゃう。言うなって言われたの、その代わりの婚約だったのに、バレちゃったら脅せないんだけど? どうしたらいい? ゆき」
「ええ? っと。どうしようって聞かれても……わ、私が気付いただけなので、怒られる事はないと思います。でもどうして失明なんて事に? 私どうしたら……」
「トキを誘い出したかったみたいなのよ、ひいては貴女を手に入れる為に……」
「ごめんなさい。私に……」
「貴女に出来る事なんかないわ」
ピシャリと続きを止める。終わった事を本当はとやかく言いたいわけじゃないから。
「クラウド女医が全力で繋いでくれたの、これで見えるかは時間が教えてくれる。それに……私の不注意だし、本当は……気にしなくていいの。貴女は。本当に悪いのは貴女に手を出そうとしている者よ。何より……私は生きてるわ」
「アリスさん……」
あの騒動の時にトキが返事せず、取り乱す私に『どれだけお前を救うのに、コイツが動いたか。その結果、崩壊寸前の建物から出られたんだ。そっれ以外に何が要んだよ?』そう言ってくれた『戦士』の言葉を思い出す。トキは私を救ってくれた……そう、その事実以外、何もいらないハズ。そして彼は無事で。でも私は堰を切った様に彼を必要以上に求めてしまった。
「五体があって生きてるなら良い方なのよ、私達の住んでいた場所は。あーあ。婚約は解消ね。たった一日だけだった、怒らせたって心配してるだけでちっとも楽しくなんかなかったけれど。ねぇ、トキと付きあってないって言ってたけど、本当? もう寝たんでしょ?」
「……ネタ?」
やや間があって、彼女が小さく蚊の泣く様な声がして。
「……てません…………」
この二人……予想通り空回りしてるのだろうけれど、トキが好きなのは彼女で。触れられないほど大切にされている彼女が羨ましく、浅ましい手を使った所で彼女にはかなわないと認めざるを得なかったの。
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現在不定期更新(自転車操業)
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キラキラを探して〜うろな町散歩〜 (小藍様)
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
レディフィルド君(アリスは目が見えない為、彼が『小さい(正確には小さく見える)』と思っていないようです)台詞
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お借りいたしました。
問題があればお知らせください。




