脱退中です。
賀川、です。
荒れてるな、そりゃそうだろう。
俺が反抗したのは数えるほどだから、それも手をあげた事なんて今までなかった。
「済まない、あきら」
父、だろう男が頭を下げる。
血の繋がりはあるのだろうが、俺にこの人の記憶はほとんどない。どの面下げて俺の前に出てくるんだろう、この男は。でも呼び出されると無視できない俺も、同じくらい気が狂っていたのだろうな。
たったネジ一本の為に、俺は俺ではなくなったのに。
その一本に何万と言う社員の首が、その家族まで含めれば、数えきれない人間の生活がソレにかかっているのだから、当然なのだ。この人にとっては。
もう娘の事さえも手綱を操れない男。
あんな風でも……経営手腕だけは彼女の右に出るモノは居ない。
「謝りに来たの? 遅いわよ」
普通ならこの人を怒らせたりしない。でもユキさんを傷つける言葉は許せなかった。だからここでも謝らない。だから、目の前の女が更に怒り狂うのに、俺は謝罪を口にしない。沈黙だけが俺の武器だった。
「わかったわ、気が済むまで遊んであげる、あきらちゃん、私の可愛い……弟」
ぞくりと悪寒が走る。
俺をそう呼んだ後、無事だった事など一度もない。
でも謝らない。
ユキさんは悪くない。彼女があの姿なのは、俺がここに生まれたのと同じくらい、選びようのない事。神が決めた、自分にはどうしようもない事。
「やっていいわよ」
彼女はボディガードを兼ねた、二人の男に指示を飛ばす。今日の得物はパイプか。簡単に死ねそうだな、俺。
中元配りは無理かもって言ったら課長怒ってたけど、首かな、俺。
配送センターには『うろなの賀川』を探しに来た人がいたら、配送に出て繋がらないって言ってくれと頼んだけれど、誰も来ないよな。この仕事は辞めたくなかったな、それより2週間後までに俺、うろなに戻れるか? ユキさんに約束したのに。
その日は剣道大会がある、ユキさんの慕う先生も来るし、デッサンするのに良いだろうと思っていたのけれど。
ああ、頭が、痛い。殴られてるから当然か。
体が千切れるようだよ…………母さん。
『I would like to meet a mama.
I wanted to meet a mommy…………………………』
きっとすぐ終わる。
ユキさんを抱きしめた時の匂いを思い出して、その柔らかさだけで、うん、大丈夫。
どのくらいそうしていた?
わからない。鼓膜が破れたのか、耳が聞こえ辛い。
「……きら、あの子が好きなんでしょう? でもヤメテおきなさい。あの『しょうのみや』の巫女に喰われるわよ」
「み、こ?」
「やっぱり、知らないの? 代わりに聞いてあげたわ」
「篠生に何かしたのか………………」
あの子は利口だからすぐに喋ってお金をもらって帰ったわよ、そう言ってから、
「巫女が愛を与えた男は必ず死に、男の愛と死を糧に巫女は子を生した後、「人柱」として祀られるのですってよ」
「ひと、ばしら?」
「時代錯誤だって思うでしょう? 私もそう思うけれど。これは事実」
頭が痛い、酷く痛い。
「貴方の好きな娘は、貴方が愛を注いで育てれば育てるだけ、人柱に近付くわ。愛を返す相手が貴方とは限らないけれど。女の子だもの、きっとそうしないうちに恋をするでしょうね…………」
とても、とても頭が痛い。
これを聞いたのが今でよかった、一度でも一度でも、好きだと伝えられたから、もう、いい。
やはり好きだよと『言える時に言って』おいてよかった。やっぱり、いつでも『好き』が言えるなんてところに俺は生きてないんだよ、ユキさん。
君の愛が欲しかったけれど、それがユキさんの為にならないなら、俺はそれを受け取らなければいい。そもそも俺を愛してくれないだろう。
ただ他の男を愛さないですむ程度に俺は側で君を守るから。
でも俺はもし喰われると言うなら、ユキさんが良い。
「姉さん、今日はお別れを言いに来たんだ」
「何を言っているの? あきらさん、貴方は……」
「俺は貴女の玩具じゃない。もう、充分、付き合ったはずだ」
「何ですって……あきら、貴方は私からお母さんを奪って、貴方のせいでお母さんは死んだのよ! 一生をかけて私に償いを……」
「それも良いと思った。だから日本に戻ってからは、貴女に呼ばれるままにココに来た。けれど俺はこれからは彼女の側に生きる」
俺を叩きのめしていた男から、彼女は怒りに任せ、パイプを取り上げる。そして今までやってきたように俺にそれを叩きつけようとした。
「ねぇ姉さん、俺が今まで反抗しなかったは、貴女に対し罪滅ぼしの意識があったからだ。やりたい事も無かったし」
俺は彼女から繰り出された攻撃を手の甲で軽くあしらった。
今まで無抵抗で殴り倒されていた男が、急に反撃に出そうになった事で、ボディガードが動いた。
だけど、姉から奪ったパイプで、首の後ろを的確に殴り飛ばす。生ぬるい、そう思う。実戦を潜っていない拳など、どんなに鍛えていたって、俺みたいなハエですら落せない。
数秒、何も特記する暇も無く、生ゴミが二つ出来上がった。
「あ、あき、ら?」
「俺が、あっちでどういう教育されたか知っているよね? こんなの、役に立たないと思っていたけど、彼女の壁になる為に今までがあったなら、俺の人生、無駄じゃなかったと思うんだ」
俺は姉にパイプを振り上げる。彼女を守るべき男達は床に倒れて、彼女の後退を阻む。尻餅をついた彼女に容赦なくパイプを打ち下ろしかけた。だが、日本では不味いかと握りを突きに変えると、彼女の頬を掠る程度で、床にパイプを突き立てた。
「もうこれで終わりにして、姉さん」
返事がないのが返事として、俺は部屋を出る。
騒ぎに気付いた男が青ざめている横を、俺は見向きもせずに通り過ぎた。




