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洞窟を下るように降りて。
ぽっかりと広く高い空間に滝はとうとうと流れる。
そしてその奥に……
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「篠生! お前っ……ユキさんのお母さんを止められたのは……お前だけだったのに」
賀川は話の概ねを納得できないなりに理解し、その時に篠生がとても近くに居た事……彼の刃で秋姫が随分前に自決していた事に賀川は不満の声を上げた。
「やめろ、賀川。そこで止めた所で、既に宵乃宮の力が彼女を侵食し、たぶん助からなかった……それにそのまま人柱の力やら何やらを持って行かれたら……」
「わかったような事を言うな! 子馬っ、どうにかなったかもしれないだろっ」
何も感じていないと言った表情の篠生に飛び掛かろうとした賀川を子馬が止めた。無駄に体がデカいわけでもない格闘に長けた子馬に、もの凄い力でねじ伏せられる。それでも賀川はもがいて、ビリビリした闘気を子馬に感じさせたが、篠生は全く知らない顔で、
「そうですね、どうにかなったかも知れない」
「なら……」
「私が人間なら、好きに自分の力で彼女を守り通せたでしょう。けれど私は貴方とは根本から違う。そんな私達だからこその『法』があります。その中で彼女が選んだ道を阻む事は出来なかったのです、玲様」
「賀川、押さえろっ」
「でもっ」
「……ちいっと黙ってろや」
今まで黙って聞いていたタカが重く声を発した。
服がある辺りでしゃがみこむと、そっと手を合わし、
「今、おめぇの娘……雪姫は、オレが預かってる。ああ、オレを覚えてっか? 刀流の父親だ……アキヒメさんよ……刀流がよ『秋姫の為に作った剣を壊して欲しい』って書いてたんだけどよ、間に合わなくて……すまねぇ……こんな所で寂しかったろう……本当に申し訳ねぇ……」
タカの姿に賀川は力を抜いて子馬の手を解かせ、隣に座り同じように手を合わせた。子馬もその後ろで同じようにする。
賀川は思う。
刀流さんはどこかで命の危機を感じ取っていたのかもしれない、と。そうでなければ机の引き出しに隠すように貼ったりしなかった。見つけたのは前田家にやってきたユキさんで、時間的に事は起こってしまった後。決して間に合わないタイミングで読んだ手紙。だが、タカさんは助けられなかった事実を重く背負うのだろう。そういうヒトだ、と。
短い間ではあったが、長く感じるような沈黙がそこに落ちた。タカは目に滲みかけた涙を拭って顔を上げると、
「篠生さんよ、これが御神体の剣って奴か。本当に赤ぇな。これを……おんまが打ったのか」
「どうしてもと刀流が頼み込んで。もともと占い師により、彼はいつか来る『その時』の為にうろなに居たようなモノでしたから。……貴方が生まれる少し前の話です……和馬に似てますよ、貴方は」
触れると赤い刀はすぅっと篠生の中に吸い込まれるように消えた。
「これはレプリカ、つまりは偽物ですけど。始めに作ったオリジナルではないけれど、しかし彼が心を込めて打ち出し、私が宿った時点で既に本物……」
「オリディナルに、宿ってる……てなぁ。よく意味がわかんねぇし、にわかに信じられねぇけどな。ともかく、もう一本、これを持っている奴が居るって事か」
篠生はそれに頷く。
「もともと刃に意味はなかったのです、人を切ると言う以上も以下も。戦火を司る私にとって刀は切っても切れない形であり、だからこそ身を置きやすかった。しかし私と長きに渡って居て、巫女の血を浴びた事で刃の方も力を得てしまったか、宵乃宮が打ち直したのか、定かではありませんが。だいたい最後に彼に突き刺さっていたので、取りこんだのかもしれません。ともかくアレで切られ、秋姫は人柱として力を吸い取られて居たのは間違いないです」
「そうか……ともかく巫女にとって、『懐剣』って事なのか……身を守り、もし、守れなければ死を……自分で迎えるための……刀流はアキヒメさんを守りたくて作ったんだろうに。その意図に刀流が気付いたのはきっと遅かったんだろうな、馬鹿野郎が……」
また暫しタカは黙ってじっと考え込んだように又、下を向いたが、やがて呟くように、
「刀流は『正当な持ち主に返してくれ』とも書いていた。それは……賀川のって事か? 血筋が何とか言うなら子馬もその範疇なのか?」
「刀を持つのは刀森でなくてもいいんですがね。ただ彼らは代を重ねて分家となった血縁であり、巫女の守護に側で仕えた。側に居れば情もわき、彼女達が信頼や思いを寄せる事が多くなります。結果、巫女が信じ愛した刀森に、刃を託すという風習になりました。これが時代を経て、宵乃宮に握られて、人柱強化に彼女が愛した者が使われる様になって、彼らにとって巫女は商品となり、人柱とする側使えを女性にし、男は外部から与えました」
「与える?」
「無理矢理、『犯す』と言った方が良いでしょう。巫女は体を結ぶほど近くに『人』と触れあえば、その者の『色々』に触れてしまいます。タダで女とやれるとか考えるような人間でも、優しかった事や悲しい思い出はあるでしょう? 彼女達は体以上に『心』を奪われて……慈悲と言う愛情を傾け。そしてその場で、男は殺して子供が生まれるまで巫女は飼われ、人柱に。子供を取るシステムが崩れた頃には、男もろとも殺して人柱に……」
巫女と言う存在に対し、その性質を利用した育成法。耳を塞ぎたくなる話だったが、篠生はさらりと続ける。
「そこまで定まって、やれていたのは戦勝中だけですけれど。負け戦が続くと、男児だと苦労して育てても最高に熟した所で女児には劣るので、すぐに切ったり、祝福の儀など忘れられ、末期には男女関係なく、手当たり次第だったり……と、いう事で、歴史的に言えば、現巫女の心を寄せる玲様が握るのが昔の話。しかし人柱強化に玲様が使い勝手がいいですから。更に刀自体を狙う者も出るでしょうし、いろんな場面で矢面に立たせない為には土御門現当主に握らせる手も……」
子馬はブンブンと首を振った。
「母さんの血筋を持っているから、もし宵乃宮が掌握できるならって土御門の思惑で俺は来させられたのだと思うけれど。賀川が居るなら俺の出る幕じゃない」
「は? 俺?」
賀川はよくわからないと言った表情で黒すぎる目をぱちくりとさせた。そしてソッポを向いた。
「俺も要らない、そんなの。篠生、お前はお前を、その刀を守れるだろう? コレがなきゃ、ユキさんは人柱になっても、殺されたりしないんだろう? 何かあって誰かが『必要』としたなら、ユキさんはその刀を自分に使う事を厭わない人だ。なら、ナイ方が良い。彼女を追い込むようなモノを持っていたくない」
「……ここに結界を張って近寄せない事は出来ますが、世の中にはいろんな力の者が居ます。もし看破できる誰かが来て、必要な力と意思を持っているなら、私は付いて行く事になります。例えば宵乃宮のような者にでも。その時の巫女にどうするかは……」
「お前はっ!」
「まて、賀川っ」
子馬は勢いよく飛び出した賀川は早すぎて止める事ができなかった。
拳を振り上げた賀川にツィと、篠生は手を翳すように待ち受け、その手が赤く煌めいた。
「賀川のっ! 避け……」
タカの警告は意味をなさなかった。深く、賀川の喉仏から若干下向きの肺に向かって赤い刀が突き刺さり、背中に突き出している。賀川は崩れるように膝をつく。
余りの光景にタカも子馬も動けず、賀川の口からドプリと溢れた血に絶句した。篠生は笑いながら、
「威勢だけはイイですね、でもそれだけでは生きていけませんよ? それも同じ力を持つのは『私の刃』だけじゃない上、巫女を効果的に人柱と出来るのであって、別に刀がなくてもそれなりに力を絞る事は可能。それもココで貴方が死ねば現巫女は最高の人柱になれますよ……話はまとまりましたし、私を受け取りなさい。『要らない』なんて、拒否権、貴方にはないので、あしからず。玲様」
ごぼごぼと血を吹きながら賀川が何か言い、その黒い目で睨んだが、篠生は二ィと笑い、細い眼を眼鏡の奥で更に細くさせるだけだった。
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ストックが切れ気味です。
また来週から年末年始は忙しいので更新が不定期となります。
安定した更新をお届けできるのは、一月入ってになるかもしれません。
ご了承ください。




