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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
7月8日

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思考中です

珍しく、ユキが思考中

 





「………あれは…」



 おっきいぎんいろのねこさん、風のように走って行きますよーー

 ね、おっきいよね?

 猫じゃなくて豹かなぁ。街中に普通、あんなのいるかなぁ?



「まぁ、いいかぁ」

 そんな不思議なモノを見て、タカおじ様の家に戻った日。

 確か、これは祭りのすこぉーし前。

 病院であまりいい結果じゃないと知らされてから、タカおじ様が過保護でした。

 だから夜になって、そっと抜け出して家の周り散歩中に見つけた、大きな銀色の影。



 どこかの店の裏口から出てきた人の形が、おっきなねこさんになったのですよぉーー



 それも二匹です。



 綺麗でしたよ、銀に金の目が美しい獣。



 ふと母屋を見ると電気がついてました。何となくそこに行ったら、無表情のタカおじ様が一人、座っていて。

 手に転がしていたのは赤いねじ。

 刀流さんが残した美しいネジ。

 私とおじ様を繋いだネジ。

 まだその時は知らなくて、チラッと見えたそれが何かもわかりませんでした。



「ユキ、おめえ、外に出ていたのか? 体調もまだ整っていねぇのに」

「えっとえっと、もう体、何ともないです。でも、でも。ごめんなさい」

 怒るかな、そう思いながら言うとタカおじ様がため息をついて、

「お前を閉じ込めておくのは無理だっていうのは、よーく分かった。したい事をすればいい。でも居場所だけは知らせて出かけろ。いいな」

 あんまり真剣な目で言われたので、おっきなねこさんの事は忘れてしまっていました。




 で、昼間に森に行っても、ちゃーんと戻ってきていました。手袋ちゃんが来てくれて、バッタのオジサマがあの森の家にきて、赤いネジの事を教えてくれた日もありました。

 そうするうちに土曜日。

 最後に賀川さんから放置プレー? という、お祭りも終わって。

 タカおじ様が片付けに往復すると言ってました。

 でも、日曜の朝も夜も、ずうっーとオジサマは家には戻ってこなかったのです。

 葉子さんに聞いても笑うだけ。



「葉子さんが笑ってるから」

 タカおじ様は大丈夫。



 で……私は足が僅かに痛いのと、賀川さんがキスをして抱きしめてくれた事を思い出して。




 ごろごろごろごろごろごろ…………ごろごろ、ごろ。



 うーーーーーーーーーーーん。



 ごろごろごろごろごろごろ…………



 うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。



 ごろごろ。



 わかんなーーーーい。


 白い大きな枕を抱いて、自分の部屋の中をごろんごろんしていると、オジサマが月曜のお昼に帰ってきました。


 ごろ……


 枕を抱いたまま、床にひっくり返っているのを窓から見られました。タカおじ様は一瞬だけ驚いた顔をしました。が、入口から入ってくると、ふぅっと息を吐いて、

「おら、受け取れ、ユキ」

 そう言って、いつもと変わらぬ明るい笑いに戻って、一緒に鍵をくれました。

「な、何ですか?」

「森のお前の家だよ。元々ついてる錠、壊れていただろう? 同じ鍵で開く錠を作った。ついでに鍵も一応新調しておいた」

「え? もしかして……」

「外装は、変えるとアキヒメさんが怖がるだろうし、錠も換えると開かなくて困るだろうし。その辺は触らないようにして、内装やっておいた」

「それって……」

「ちゃんと連絡すれば森で寝泊まってもいい。だが……気を付けるんだぞ」

「ありがとうございます」



 タカおじ様、祭りの片づけ後から、そのまま工務店の何人かを引き連れて、突貫工事で内装を綺麗にしてくれたのです。

 不眠不休の作業だったようで、何人か職人のお兄様達が食堂で倒れていました。

「タカのおやっさんにゃ敵わねーぇよ。あれだけ動いて、何で倒れないんだよ」

「ありゃ、鬼だー。資材の運搬だけであの距離を何往復したか……」

「オヤジはお前達が組み立てたり、寝てる間も動いていたから、倍は行き来してたんだぞ」

「うげっ」

「お前らとはつくりも根性も違うんだよ。おやっさんは祭り前日から、ほぼ一睡もしてないはずだ」

「げっ、マジかよ」

「しぬーしぬー、二晩でマジ、普通に三途の川を見た」

 呆然としている私に、葉子さんがお盆を手渡してくれて、皆に振舞います。



「な、何か、ありがとうございます、お兄様達」

 銀色の冷えた缶ビール。未成年のお兄様にはジュース。

 それに枝豆、小鉢に、お茶におにぎり、などなど。これ、小さな宴会です。

「いーんだ、ユキ姐さんの為ならー」

「お、お兄様って照れるな。こんな妹欲しかった」

「照れるな! ユキ姐さん、綺麗な絵は汚さないようにやったからな?」

「もし破損したら、その数だけ俺らの指がないかもな」

「……………………なんだと、おら」

 音も無く現れたタカおじ様が、悪態をついていたお兄様を絞めています

「おやっさん、苦し~、苦しーーーーギブギブ!」

「ぎぶ? ああっ? 降参って言いやがれっ」

「こここここーーーーさんーーっ」



 ひとしきりワイワイした後、今回駆り出されてた職人のお兄様方はお休みされました。タカおじ様も風呂に行きました。

「行くんでしょ? ユキさん。今日のお夕飯にして」

 葉子さんがお弁当に夕飯用に詰めてくれました。随分休んで、足の痛みも退いたから、行けるはず。

「ありがとうございます。えっと何日か泊ってきます」

「そう。毎日お昼には連絡して。タカさん心配性なのよ」

「そういえば、葉子さんって結婚してないんですか?」

 葉子さんは「何がそういえば、なのかしら?」そう笑った後で、

「してたわよ」

 過去形?

「ココの職人だったの。もう随分前に亡くなってね」

「あ、ごめんなさい」

「良いのよ、ただ落ちただけだから」

「え?」

「現場で。屋根がね、落ちてきたのよ」

 笑っているけど、聞いてはいけない事だった気がします。しゅんとする私に、

「私は良いの。でもこの話、タカさんの前でしないでね?」

「何かあるんですか?」

「本当は……タカさんが行く予定だった現場なの。どうしても行けなくて、代わりに行ったのが非番のウチの人で。だからずっと気にしてるのよ。バッタさんやぎょぎょさん達と同じ仲間だったから尚更ね」

「じゃ、何かあだ名があったりするんですか?」

「ふふ。あのヒトは『おんま』って呼ばれてたわ」

「おんまサンの事、今でも好きなんですか?」

「ええ、永遠にあの人を忘れる事はないわ。愛しているから」

そう言った後で、葉子さんは、

「人間はいろんな愛や恋があるわ。それは一つであって、一つではないの」



 笑顔の葉子さんに見送られて、電車とバスで辿り着いて森の家まで歩きます。

 新しい鍵で中に入ると、土間は余りさわっていませんでしたが、お風呂や台所が綺麗になってます。

 畳は張り替えられ、可愛らしいテーブルが置かれています。良く見れば、ここに在った古いモノを面を取り直し、リメイクしてくれています。金具は可愛い流線型のデザインで、とっても素敵です。

 アトリエの床も綺麗に張り替えられて、藁を積んで使ったベッドも、収納付きのベッドになってます。こちらのベッドも手作りのようです。タカおじ様かお兄様のどなたかに家具が作れる方がいるのでしょうか? 

 窓にはガラスを入れてくれていて、壁も厚くなっていますが、涼しく過ごせるように細い窓がスライドし、風を何か所か通せるようになっています。

「すごぉーい」


 ふわっと風が吹いて、白い蝶が舞い込みます。

「ただいま」

 私はキャンバスを立てて、ポケットに入れていた黒軍手くんをそっと側の木枠に置きます。何を描こうかスッッと鉛筆を走らせます。

 その途端、心が落ち着きます。

 後は無心で下書きをし、銀色を乗せ、形にします。



 おっきな猫さんーーーー銀色の。闇の黒に瞳の金。

 落ち行く金の星に、大きな月を弓なりに。



挿絵(By みてみん)



 描き終わって、ふうっと息を吐くと、かなり遅い時間になっていました。

 蝶が近くに置いてあったグラスの上で羽を休めています。

 もっと高貴な感じだったけど、ただの猫さんになっちゃった? まあ、これはこれでいいかなぁ。

「賀川さん、もう仕事終わったのかな?」

 入院して、お見舞いに来てもらうのも、その後、時間があれば、側に居てもらうのも当たり前になっていた人。

 お祭りでキスと一緒に、好きだって言ってくれたけど。

「私は、賀川さんの事、何とも想ってはない、よ」

 口に出して言ってみる。

「うん。今度会ったら言わなくちゃ」

 言ったら、もう来てくれないんだろうな。

 それが寂しいなんて思ってない、いや思ってはダメだよ。軍手に遮られて焼けていない大きな白い手。その手が、たまに私に触れると安心する、なんてオカシイよ。

 だって賀川さん、集配に来てくれるだけの人だよ? たまたま具合が悪い時に出会って、心配してくれるようになっただけ。

 きっと私は彼に甘えているだけ。

 それに私が隣に居たら、彼に迷惑がかかるでしょう。



「ごめんね、黒軍手くん」

 お祭りで手にした犬と猫のように、それを告げればもう彼と並ぶ事はないでしょう。



 私は賀川さんから与えられる安心が本当は手放したくない。

 それだけ。

 でもそれは、賀川さんの「すき」という気持ちを弄んでいると言う事。

 でもそれは、賀川さんの「すき」という気持ちを利用していると言う事。

 でもそれは、賀川さんの「すき」という気持ちを受け入れないのなら、ちゃんと断らなければいけない事。



「それに私のどこが良いんだろう?」

 次に会った時に、「冗談だよ、本気にするなよ」そう言って賀川さんが笑ってくれたらいいのかな? そしたら気軽に居られるのかな?

 賀川さんが「すき」なんて言うまで、良く考えても居なかった彼の存在。

「顔は悪くないけど、な」



 容姿よりも、何よりも、色を感じない彼は不思議で、ずっと見ていたい。

 いつか色を覗かせたら触れてみたい。

 そして筆を取って……

 でもそれは私の、「よいの ゆきひめ」として、一方的な興味。

 その為に彼を引き留める事は、彼の人生に意味はないから。

「私は賀川さんがすきじゃない」

 口にしたら、砂を噛んだような後味がしました。

 それが何か、考えようとしたその時、唐突にドンっと音がしました。



 私がアトリエから部屋を抜けて土間に降り、外に出ると、そこには銀色の髪に金色の目をした少女が倒れていました。

 部屋から一緒に舞い出てきた蝶が高く、遠く、暗い空に飛んでいきました。

妃羅様『うろな町 思議ノ石碑』より、無白花ちゃんお借りしてます。

勝手にイメージ入り

問題があればお知らせください。



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