お祭り:昼過です
や、やっとたどり着いたよ。
でも……
私の前を黒い蝶が先導するように飛び、そのまま高く舞い上がるのを見送り、夏祭り会場へと入ります。
ビンゴ大会終わっていたよぅ。涙です。
カラオケ大会がそろそろやっているようです。
「ユキさん、足大丈夫?」
慣れない浴衣の私に気を使って、賀川さんが座れる場所を探してくれます。その時、凄い勢いで食事をしている男性が目に入りました。そこに並べられた食べ物がまるで消えていくようです。隣の白地に牡丹の浴衣を着た女の子は関西弁で連れの方達と喋っています。
その中にガタイの良い男性が居ます。あれは前に森の中で整体院のチケットを下さった方ではないでしょうか? 隣の藤色の服を着た女性が綺麗です。柄は撫子、優しい感じですが強さも伝わってくる感じです。
声を掛けようかとも思いましたが、せっかくの食事中、それも私の事を覚えていないといけないので通り過ぎます。
賀川さんはステージ近くのテーブルを勧めてくれました。ステージでは何かアニメの音楽らしいのが流れています。テレビは見ないから元ネタの細かいのはわからないけれど、ネットでは良く見るアレとわかりました。とても楽しそうです。
「借りたもの返して、何か買ってくる。座って待っていて。ここなら日傘をさしても人に当たらないし、ステージも見えるから」
賀川さんがそう言うので、お任せしました。日傘で日よけしながら、顔も隠します。白髪のままだと何か恥ずかしいので。チラッと賀川さんが行った方を見ましたが、遠くてどこに居るのか見えません。
少し不安でしたが、すぐに彼は戻って来てくれました。
「お待たせ、もう時間を外してたからだいぶ列が短くてよかったよ」
手に持ってきたのは焼きそばとお好み焼き、そして冷たく冷やしたきゅうり。
「甘いのは後で自分で買うだろうから。まずは少し食べて。あんまり食べてないんだろう?」
お好み焼きは混ぜ混ぜ焼きの方です。
「広島風はキャベツが美味しいけど、こっちの方が紅ショウガさえ入ってなければ美味しい」
「入ってる?」
「抜いてもらった」
賀川さんはそう言いながら、それを美味しそうに食べていました。
私は焼きそばを半分食べて、キュウリを齧ってます。冷たくて塩気が良いです。
「お酒は飲まない? 賀川さん」
「飲まないね。いつ仕事が来るか判んないから。あ、今は、いや今日は大丈夫。明日から早出、暫く休みないから会えないかも」
「そうなんだーー」
「お中元の時期だから、仕方ない。後、八月下旬に研修でうろなを離れるから」
「お歳暮も忙しい?」
頷きながら、いつかユキさんが飲める年になったら、どこか飲みにつれてあげるねと言ってくれました。賀川さん、いつもかまってくれるけれど、暫く忙しいようです。
でもいつも以上に表情が険しいのは、それだけ大変だと言う事でしょうか?
食べながら町長さんを名乗る男性のマジックを見ました。とっても上手なんだけど、動きが小さいかも。それがとても好感が持てるのか、皆で見守ってる雰囲気になってます。
テーブルの上を片付けて、歩き出そうとすると、
「ユキさん」
「はい?」
「手、貸して。ふら付くといけないから」
そう言って賀川さんは強制的に手を握ります。夏にはあったかすぎる彼の大きな手。それに引かれながらゆっくりと見て回ります。
「あれ何かわかる? ユキさん」
「それが型抜き」
「ユキさん、こんなの上手そうだね?」
「子供の時はやってた。お店のオジサンに泣かれた記憶があるから、それからやめちゃった」
小学生達がこぞってやってます。たのしそうです。少し前までやって居た子が凄い腕だったとかで、その場で噂になってます。
「やらない?」
「うん、やめとく」
そう言いながら行くと、射的があります。商品の中に小さな猫のキーホルダーがありました。
「あ、あれ、手袋ちゃんみたい!」
「軍手くん、だろ?」
「え?」
「こう手の先だけが白い子だろう?」
そう言えば毎日軍手をしているせいか、賀川さんは手先が白いです。
「うちの仕事仲間では軍手くんって呼んでた。そういえば、この頃見ないなぁ」
「ふかふか可愛い子なの、飼い猫ちゃんになっていて、時雨ちゃんって呼ばれてるみたいだったけど」
一緒に居た人は無口で、ちょっと乱暴だったけど、手袋ちゃんの事よくわかっているみたいでしたので。
きっと時雨ちゃんと呼ばれて幸せなのだろうと思いながら、
「で、射的するの?」
「せっかくだから」
賀川さんはコルクの玉を込めると、かまえもせずに片手で商品とは違う壁の方に一発撃ちます。周りの人が嘲笑しているのも気になっていないのか、もう片手に持ち替えて銃身に軽く触ってから、
「おもしろいね」
って、言ってもう一発弾を込めます。
次は銃の置いてあるカウンターに肘をつき、構えた途端、ひやっと風を感じました。
パン、と言う軽い音で、小さな塊が何の苦も無く、ぽとんと落ちます。
「ええっ、お、おめでとうございますー」
一発目が一発目だったから、落ちると思っていなかった係の人から賀川さんは受け取りました。戦利品を私の前にぶら下げます。
「あげる」
手の中に落ちたのは真白の毛に黒いビーズの目が嵌った猫。
「ユキさんに似てたから」
「あ」
黒いビーズは陽に透けると赤く輝くのです。一撃で落したのも驚きましたが、私は見えなかった、この小さい色がよく分かったなと思いました。
「賀川さん、まだ玉残っているよ?」
「うーん。連れて帰りたいと思ったのはそれだけなんだ。欲しい物ある? あればやってみるけど、さっきの軍手くん狙う?」
「じゃ、その隣、犬の軍手くん」
「何か、ライバル社のマークを彷彿とさせるね」
「黒犬ムサシの宅急便?」
「ははは」
軽く笑いながら弾を込めると、その犬もやはり一撃で落としてしまって、同じように私にくれました。
「何でこの犬?」
「だって手は白くて真っ黒い毛で。それは賀川さんみたいだから」
「どういう事だよ?」
もう二発残っていたけれど、賀川さんは興味がないようだったので、切り上げて、ステージの方へ行きます。
「おう、来てたか? 日傘は邪魔だろう? 車に積んでおいてやるよ」
その途中で声がかかります。
「タカおじ様! ありがとうございます。お疲れ様です、大丈夫ですか?」
「大事もねぇし、もう見回りと、花火前の片付け、夜の撤収だけだからな。なんてねぇよ。賀川の、遅かったが、ユキに何かしてねぇだろうな?」
凄い勢いで何故かタカおじ様が賀川さんに食ってかかろうとするので、
「大丈夫です、私を気遣って抱っこまでして、ここまで運んでくれたんです」
「は? 何だって?」
「ちょ。ユキさん」
「賀川の、テメぇ、何やってたんだ!」
タカおじ様が酒も飲んでないのに、賀川さんに絡み出してしまいました。
それは終わるのにとても時間がかかりそうだったので、だいぶ慣れた私は、
「あ、ステージ始まってる、私、先に行ってますねぇ」
そう言い残して、急いでステージ近く、でも端っこの方に行く事にしました。
綺羅ケンイチ様 『うろなの雪の里』より、藤堂さん、星野さん、伏見兄妹
三衣 千月様 『うろなの小さな夏休み』より、本人は居ませんでしたがユウキ君の噂
とにあ様『時雨』より、時雨ちゃん(手袋ちゃん)の噂
シュウ様『『うろな町』発展記録 』より、町長さん
以上、お借りしました。
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