洗浄中です
後少しで辿り着くぞ。
この七月六日は『夏祭り』と付いているモノのみが会場内での出来事です。
ついていない話は会場外です。夏祭りとは直、何も関係ない話もあります。
ユキさん軽いな、それにしても良い匂いがする。髪も肌も浴衣も香が焚いてあるみたいに。
柔らかいなーーうん。
首に回された腕の吸い付くような真白の肌、薄い化粧は色気があるなぁ……そんな事考えているのがばれないように、ちょっと怒っておく。
「しかし、何て事してるんだ」
「だって追いつかなかったんだもの、あうぅ、歩くから降ろして」
腕の中、間近で上目遣いされると、そのまま宅配せずにお持ち帰りしたくなるから止めてくれ。
「このまま歩くってこれ以上何かあったら、タカさんにぶっ飛ばされる」
現在喋る生モノ宅配中。目的地は夏祭り会場。
「大丈夫だから、おろしてぇ」
「ほら、公園見えてきた。もう少し我慢して」
浴衣は脱がしたら着せにくい上、負ぶいにくい。覚えておこう。
でも藍に近い紺に染められた生地に赤とオレンジで滲みを利用して描かれた繊細な花火柄は、古典的でありながら今にも通じる美しいデザイン。そして紺を引き立てるように肩から流れるユキさんの白髪は、美しい髪飾りでまとめられていた。
その髪飾りは清らかな水を思わせるオーガンジーの中、キラキラ光るビーズで出来た、宝石を思わせる梅の花が上品に輝いている。夏にあって、とても涼しげな雰囲気を含んだ飾りだ。またお揃いの花で作られたイヤリングも秀逸だ。耳に揺れるチェーンは調節できるらしく、ガラスの花が揺れるのも可憐であるが、今、ユキさんは短く止めて使用している。またそれはつい手を伸ばしたくなる耳の白さを引き立てる。
浴衣の機能性はともかく、ユキさん、とてもきれいだ。髪を結い上げていないのがまた、少女らしくて点数アップだ。
「降ろして」
「足、汚れたまま草履はいたらダメだよ。ケガが酷くないと良いけど」
負ぶえないから、御姫様抱っこした柔らかい荷物。抱き直すふりしてその耳に唇を寄せて喋る。息が耳に当たると、切りそろえられ手入れされた爪が、傷つけるほどでもなく、本人も意識するほどでもなく、ほんの僅かに力が入って俺に喰い込む感じが可愛らしい。
「着いたよ。降りて。足を洗おう」
しかし、不覚と言おうか、何を動揺していたのだろう。
あのヒトに会って、何ともつかない表情になっているのがわかって。それを見られたくなくて、つい足早に歩いてしまい、ユキさんを不安にさせてしまった。大切なのは彼女であって、それを守ろうとして、逆に彼女を傷つけてしまうなんて本末転倒なのに。
それも彼女は俺を追いかける為、炎天下で焼けるアスファルトを、素足で歩くと言う暴挙に出ていたのだ。ガスがつかないから湖に浸かっちゃうと言う、突飛な発想をする娘だと忘れていた。
で、お祭り会場になっている野球場がある、中央公園の、と、ある蛇口の前にいる。
大やけどを負っているのではないかと危惧した彼女の足は、洗い流すと傷もほぼなく、さほどダメージがなかった。少々汚れて僅かに赤くなっているだけ。
これには……素足で火の上を渡る僧を想像してしまった。俄かには信じがたい。
「ほら、大丈夫そうだし、自分でやります」
「ダメだよ、浴衣がぬれちゃうから」
白い脚に、ぺディキアでも施しているのだろうかと言うほど美しい、桜貝色をした透明感の高い爪。浴衣を濡らさぬように細い水で洗い流す。その手触りに酔いそうだ。
ただもしこの肌が焼き爛れていたら、一生ワビなければいけなかっただろう。火傷は一生残る跡を残す、一番厄介なケガだ。本当にそんな事にならなくてよかった。いや、それを理由に側に居る事が出来たかもしれないなど、流石に考えてはない。たぶん。
「これでいいよ。後はベンチまで運ぶから乾かして」
「もう良いですーー、ココで」
「ユキさん。言う事聞かないなら、帰るから」
「行くんです、お祭り!」
「まったく、そんなにお祭り好き?」
「うん、司先生も清水先生も来てるし、もしかしたらこないだ森であった人達にも会えるかもだし。髪が白のままは、恥ずかしいけど、でも行きたいの」
何度か帰ろうか? とも言ったのだが、それにはユキさん断固拒否だった。ケガが酷いなら会場内、ずっと御姫様抱っこしようかとも思っていた。
それは必要なさそうだが、でもやはり消毒くらいしておきたい。
「ちょっと座っていてね」
俺は一足先に会場に行って、町の係っぽい人を掴まえて、
「どこかで消毒液とか、借りられませんか?」
「どうかした?」
「ちょっと怪我をした子が居るので、そんなに大したケガじゃないんだけれど」
その顔をしっかり見て、その人が町長さんだと気付く。宅配を届けに行った時に見た事ある顔だ。
「そこの本部に行ったらあるはずだけど、大丈夫?」
「か、かすり傷だから大丈夫です。ありがとうございます」
制服でもないし、帽子をかぶってないし、誰かまではわかってないだろう、走り出した俺の背に、
「いつも荷物届けてくれてありがとう、気を付けてね、時貞君……いや賀川君の方が良いのかな?」
「い、いつもご利用ありがとうございます、町長さん」
俺の苗字をまともに覚えていて、制服でもないのに声かけてくれる人に驚きながら、頭を下げる。ただ、今は急いで戻らないといけない。ほっとくと退屈した彼女はどこかに行きかねない。
本部で消毒液を借りた俺はユキさんの元に舞い戻る。彼女の肩には黒い蝶が舞い降りていて、付いたり離れたりして彼女の暇をつぶしてくれていたようだ。
「おかえり、賀川さん」
おかえり、か。いいな、そんな事言われたのは久しぶりだ。
「ただいま、ユキさん。蝶さんもありがと。消毒液。傷薬も貸してくれたよ」
「え、うん。ほら、見てーー葉子さん、足袋入れててくれた」
彼女はベンチに座ると、レースが張られた涼しげな足袋を手提げから見つけた。慣れない草履で足がくたびれてしまった時の配慮に入れてくれていたらしい。さすが葉子さん。
「足出して」
シュッと、足にかけると僅かに彼女の顔が歪んだ。見えなくともやはり傷はあるのだろう。容赦なくかけておく。彼女の体調はもう良いようだが、破傷風などは抵抗力が低いとかかりやすい。
足が渇くと足袋を履いて草履をつっかけた。踝が見えないのは残念だけど、これはこれで美しい、レースが映えて違和感がない。
「痛くない?」
よたよたたっっとするので手を貸したが、それも数歩で、
「大丈夫~~~~~~いこ、お祭りぃ」
会場は人が多いので、傘は畳んだまま。ユキさんは俺を手招きする。
「待って、暫くは出来るだけ座ってて、お願いだから」
「ほらーー歌が聞こえるよ、早く」
俺の心配をよそに、歩けるようになった荷物はいつもの調子でフワフワと会場に足を踏み入れた。
やっと会場入りっ!
賀川が少し入ったけどね。
シュウ様の『『うろな町』発展記録』より町長様をお借りいたしました。
YL様の清水先生、梅原先生お名前、お借りしました。
何か問題がある場合はお知らせください。




