来日中デス(悪役企画)
アリス。
夏の頃にうろなにちょっとだけ来た女性。
賀川の昔の恋人アリサの年子の妹。
彼女視点です。
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国の外に出ても田舎じゃなきゃどこでも同じコーヒーが飲めるのは有難いわ。
「趣がないって言えばないけどね」
そう思いながらホットコーヒーを手にエスカレーターを上がって行く。
「この辺が良いかしら?」
私はトキに知らせた飛行機より少し早い便で日本に降り立っていた。入国審査や荷物受け取り、税関がかかる物は持ち込んでいないからそれなりにすんなり出られた。
メールに返信はないから、気付いていないのかもしれない。でもトキは仲間に対して無口だけど律儀だから、気付けば来てくれる。もし来ないなら自分で彼の住む『うろな町』に行くだけ。一度行った事があるのでちょっとこの付近からは不便だったけど、交通機関はわかってるしね。
来てくれれば……その後ろから驚かせようと、悪戯心で到着便はズラしておいた。トキは素早いし敏感だけれど、私の動きを捉えられない。それだけは間違いなく私が上、それとも愛しき白き女神の為に変わったかしら? 彼は鈍い、変わっているからどんなに頑張っても間柄はうまく行っていないかもしれないけれど。
「彼女も連れて来てって書いておけばよかったかも」
知らせておいた飛行機の乗客が出てくるロビーが見渡せる場所に立つ。まだ飛行機自体が着いていないし、入国審査などがあるからすぐ出てこない事はわかっているはず。だからまだ彼は来ていないだろうと踏みつつ、
「ふふ、ここね」
三階は飛び来る飛行機を眺めたり、時間を潰したりする者が来るのが主な場所で、二階に比べると人は少ない。二階のロビーをちょうど見下ろした吹き抜け、迎えに入ってくる者達の入口からは死角になる場所。ここは監視用、狙撃用ならあっちかしら……こういう場所がわかるような仕事なんて、ロクなものではないわね。
そう思いながらもトキの背後を取って、彼が振り返った瞬間を楽しみにその位置に立つ。見付けたら使うルートを確認しつつコーヒーを口にする。
「後、少し、時間があるわね」
荷物はもう預けて送っておいた。手にはどこでもリーズナブルに飲める慣れたチェーン店の暖かいコーヒー。いや……味は殆ど大差ないけれど、気持ち……味が違うのは水が違うせいだろうか? ココが他国であるという思いからかも知れないわ。でもそこまで気にする事はない、いつもの味。少しずつ胃に落しながら、コーヒー片手に空を見る。全面ガラス張りの天井から太陽は燦々と降り注ぎ、ここから見てる分には空調もあって暖かいけれど、外は少し肌寒いみたい。
「そろそろ冬なのね」
トキの住む国。自分の日系の血、遥かなルーツの国。たぶん、トキと仲良くなれたのはその血のおかげだろうと思う。彼が好いたのは私じゃなくて、姉の方だったけれど。その姉すら彼の愛を全て受ける事はなかった。
その姉が亡くなったからと言って、私に舞い落ちる事はなかった恋。諦めたの、いや最初からなかったのだと思いながら、それでもキライになれないから困る。
姉は彼のせいで死んだと思い込み、一時恨みが募った事もあった。だけどそれが晴れた今、彼の歯形が残るドックタグがまだ捨てきれないまま首から下がっている。殺す気でかかってきたあの目は冷酷だったけど、それほどまでに彼を思わせる女神が羨ましく妬ましい。こっちを向く事はないのはわかっていても、三枚下がっていた頃に比べると軽くなったはずの重みが、思いが募ると違った重量を感じて前に進めないまま。
コーヒーを飲み終えないうちに、背後に人影を感じる。
「何故?」
微かに笑みを浮かべた青年。そこにトキがいた。ずっと入口は見張っていたのに。
「早くから来ていたの?」
質問に答える声はなく、ただ微笑む。その反応は予想内で、彼らしかった。どこか翳りのある笑い。それは私が彼に過去をいろいろ知っているからかも知れない。この微笑を見て、彼の愛する女神は何を考えるのか興味があった。こないだ夏の頃はチラッと見ただけだったけれど。
「彼女は元気?」
「……ああ」
トキと私のキスを見て、全く何もないと言う感じでもなかったし。どこか具合が悪そうにも見えた。薄幸そうで、とても儚げな少女。ユキと言う名の意味はSNOW……冬の空から舞い降り、春には消える、真白の少女にピッタリの名。
「ね、トキ、急でビックリした?」
回想をやめて目の前の彼に注意を向ける。
「急?」
「知らせたの三日前……ああ、すぐ気付いたの? なら何故、返信をくれなかったのかしら?」
「ちゃんと時間通りに来たから良い、だろう?」
ぶっきらぼうな台詞、声も態度も彼のモノであるはずなのに、何かがおかしい事に気付く。
私が知らせたのはまだ到着してない飛行機で、乗客はロビーにまで出て来ていない。
時間より早く来たはずの彼がそう言うのはおかしい。だが目の前にいるのは間違いなく彼。いや、彼じゃない? 何かがおかしい、けれど目の前の彼は彼でしかない。
「悪戯に気付いたの?」
「……気付かないと思った? どれだけ一緒に居たと思ってる?」
彼と居た時間は長い。
それだけは間違いない、それだけは彼の女神に勝てるから。何げない言葉が嬉しく思う。驚かせなかったのは残念だけど。彼がそれに気づいて早く来てくれたならそれはそれで嬉しい。
「それにしても風邪でもひいた? 何だか言葉がたどたどしいような?」
「……コーヒー。飲み終わったら行こうか。車、駐車場にあるから」
「ええ???」
私は不満の声を上げる。
「仕事なら仕方ないけど、プライベートは車じゃなくて電車やバスの方が好きなのよ? お酒も飲みたいのに」
「……忘れてないよ。けど、ここまで公共機関だと時間がかかるから、途中で車を停めて乗り換えても良い、とにかく行こう」
確かに前回単独で来た時、この空港回りは動きにくかったのを思い出す。
「それも醍醐味なのに」
私がゴネたけど、彼は変わらない顔で笑う。変わらない顔、かわらない?
「どうしたの? アリス?」
「ううん、彼女とはうまくやってる?」
「彼女?」
「女神よ、女神。白い彼女」
一瞬間があって、
「ああ、宵乃宮か?」
「名字? よくは覚えてないけど。名字で呼んでるの? 彼女の事」
「……ユキサンと呼んで、る」
何かがおかしい気がしたけれど、わからないまま。彼が誤魔化すように笑う。都合が悪いとよく浮かべていた表情、だったと思う。とにかくコーヒーを飲み終えてコートを羽織り、歩きはじめと、珍しくトキが私の手を取る。
「な、何よ。急に」
「え、迷子になったら困る」
「子ども扱い?」
そう言いながらも手を繋がれて悪い気はしないまま、空港を後にする。吹き込む風、やはり外は思った通り寒い。血圧が変わったのか、少し頭がクラリとした。彼が支えてくれる。
「もう冬ね。寒くないの?」
彼の服、いつもに違わずシンプルだけど、コートを着てもおかしくない気候なのに。
「車、すぐデス」
指し示した駐車場は確かにフロントから出てそんなに離れていない。だからコートを着なかっただけだろうなどと都合の良いように解釈する。
タクシーの並ぶ場所を抜けた所で、すうっと一台の車が横に付く。ガラス全面黒くて中が見えない、まるで仕事用のソレ仕様。
「とき???」
人間、世界に三人は似た者がいると言うけれど、目の前にいるのは彼その者。
けれど、彼じゃないかも知れない。
そんな疑念がやっと湧いた。でも目の前の彼が彼でないなど、信じられず、反応が一瞬遅れる。その上、銃所持のまま入国できない為、いつもの場所に武器がない。ナイフも何もかも、金属探知に引っかからない様に手放してしまっている。
後ずさりしようとしたけれど、握られていた手の力が強くなる。反射的に身を引こうとしたが、振り払えないうちに、不意に背後を取られ、背中に押し付けられた堅い物。背筋で銃口だと判断する。
「トキ? 貴方、トキよね???」
「言葉の使い方、難しいデス」
それは私への返事ではなかった。
「よくやった、金剛。お前はこないだ壊されたおかげで、言語プログラムの入力領域が狭くてな。時貞 玲の音声入力だけだったが、予測呼応でも、薬で誤魔化した頭には丁度良かったようだ」
「な、何なの?」
「よく似てるだろう? 流石に薬なしで見ると彼との違いは分かるだろうけど。人間でないと疑うモノはまず、いないだろうね」
「人間じゃ、ない?」
私とトキの近くにいつの間に居たのか、先程私が飲んでいたコーヒーショップの店員がいてそう言い放つ。意味がわからなかった。
「コーヒーは嫌いなんだが、君の為に店員になりすまして待っていた甲斐があったよ。どうか私を恨まないでくれ。私の敵になった時貞 玲の知り合いだった……君が悪いのだ」
「と、き?」
目の前の彼は別の人間? 確かに少し違和感はある、疑いを持って彼を見る。彼ではないかもしれない、けれど私には彼にしか見えない。人間じゃない? なら、コレは何?
「来日を歓迎するよ……さぁ、薬が完全に回るはずだ。堕ちるがいい」
さっきのコーヒーに何か入れられていた……そして目の前の誰かをトキと間違えた……その程度の内容を理解した瞬間、意識が途切れた。
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『以下2名:悪役キャラ提供企画より』
『手塚』
『金剛』
弥塚泉様より
アンドロイドである『金剛』の容姿は、
現在、賀川に似せられた模様…………
何か問題がありましたらお知らせください。




