起床中です(賀川)
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色々考えてみる。
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まだ、二十歳にならない少女が恋愛を思い浮かべる時。
きっとその相手は優しくて素直でカッコ良く、何の嘘も吐かない好青年なのではないだろうか。素敵なデートに楽しい会話、ソツのない対応に気の利いたタイミングで全てが動く……夢の様な人物に、それに見合ったシュチュエーションだと思う。
わたあめとパステルの世界は、よく進んでもキス程度の触れあいだろう。一線を越えれば子供が出来る事のリスクやましてや結婚などはまた別の話で、欠片にすら思い浮かばない。
俺は男だし、年齢も相応に高い。だけどそれに値するほど、良い人生は送っていない。一緒に色のある世界が見たい、暖かい世界に居たいと、それさえ遠くの夢だった、恋愛物件としては不正解な男。それでも初めは完全に惚れた勢い、妄想の世界に俺も住んでいて、それでいながら年相応に彼女を求めようとした。だが足踏みをした事で見えたものもあるし、戸惑いながら掴みかけたり、迷いながら擦れ違いながらも、次第に気持ちを強くしていった。
そして彼女が俺を選んでくれるなら、何でも前向きに対処していきたいと昨夜殊更に思った。すぐにではないにしろ、血縁と呼べる家族が少ない彼女は我が子を抱きたいと思うだろう。いつだったか飲み会の席でそんな話をした時、その未来は背負えないと考えていたけれど、本当に俺でイイなら……
ただ、彼女が可哀想だと思う事もある。
ユキさんは緩くて、普通以上にお花畑に住む少女であると言うのに、『そんな事』を口走らせるほど過酷な現実。こないだ攫われた時、知らない男に襲われそうになっていたあのシーンは思い出す度に怒りと虫酸が走ってならない。あんな体験がなければ、わたあめの彼女が昨日のようなセリフを口にする事はなかったろう。実際、床に組み伏せた時の反応はとても緩々で、それに及ぶような態勢だと露にも思ってない様だった。
足の疼きと、時間を知らせる自分の本能から、深く息を吸って目を覚ます。
「……デートにでも誘ってみるか、な」
少しでも彼女にわたあめだけを食べさせてあげたいと思うのは、それも俺のエゴだろうか。救えなかった命への贖罪ではなく、彼女には幸せであって欲しい。
まだ太陽は上がってない。
冬になって夏とは太陽が姿を見せる時間がだいぶ変わってしまった。それでも体調が悪くなければ既定の頃になると目が覚める。今日は体調が良いか悪いかよくわからない。今まで動かなかった左手は温めなくても、ピアノで即、素敵な旋律が生み出せそうなほどよく動く。でも足の裏から突き上げるような神経を逆撫する痛みは間違いなくて。
それを飛ばすべく心にいろんな妄想やら音楽やらを詰め込んで。
俺は地下の道場に降りていく。
しんとした道場。
少し早目だからまだ誰も居ないだろう、そう思ったのにもうタカさんが来ていて、一人、道着を着て静かに座っていた。作業衣である事が多いのだが、いつも以上にピンと張りつめた空気、呼吸さえもその場を支配するパーツとしてそこに重く存在している。自分の体に巡る何かを集中させているのがわかった。
昨夜、親友が『家族を殺した』と言い、大切な『友』という一言で今、最も愛すべき家族の側に置く事を決めた。タカさんが仮にも友と呼ぶ男が、理由なしでそんな事をするとは思えず、説得側に回ったが。あの神父の力が如何ほどか知らないが、警戒していないと言えば嘘になる。
「おす! おはようございます」
俺が小さなくぐり戸を抜けて一礼すると、唖然とした表情のタカさんがいた。
「お、おめぇ? 何しにきやがった?」
「え? 今日から鍛錬解禁でしょう?」
……。
…………。
………………がつん。
「な、殴らなくてもいいと思うんですけど」
「殴られて当然だろうがよっ。おめぇ、足はっ!」
「この通り元気ですよ?」
言った瞬間にかけられた足払いを避け、そのまま下がる事なく切り返すと、タカさんの拳骨が横殴りに降ってくる。腕で正確に受けて中段突きを放つ。それをしっかりと掌で受け止め、襟首を掴み投げに入るタカさん。柔道を専門にする抜田先生に比べるとキレはないが、素早さは劣っていない。逃げ切れず掴まれ、足首に力がかかるが、その反動を使って叩きつけられない様にくるりと地面に舞い降りる。
「怪我があっても敵が容赦してくれるわけじゃないんです。だから……」
「それじゃ、滑るだろうがよ。足袋を穿け……無理はするな、型から入れ」
「た、旅?」
「ああん? これだ。貸してやるから。左右があるのはわかるな?」
「ああ、はい……ありがとうございます」
包帯を巻いた足では畳の上は滑ると判断されたらしく、ゴムの様な滑り止めが付いた変わったソックスを貸してくれた。履き心地は悪くない。それを穿いている間に兄さん達が入ってくる。俺を見つけると、
「おはようございます。あ、賀川君、久しぶりに地獄入り?」
「おっす、本当だ」
「よろしくお願いします」
本当に久しく受けてなかった鍛錬の時間。運送の時など階段を上がる時には負荷をかけて筋力が落ちない様に気を付けてはいたが、反応速度が落ちているのは否めない。
「焦んなや、空けてた割には上出来だ。もっと相手の動きを読め、おめぇなら相手が嫌がる場所をもっと的確に撃てるはずだ」
最後にタカさんからその言葉を貰って、少しホッとする。二時間ほどの鍛錬はしっかりと集中する事が出来たように思う。
「足の裏の痛みは不快だけど、初動以外に不自然さはなく動けるな」
鍛錬を終えた俺は濡れた体をタオルで拭き上げ、洗髪を洗面台で済ませる。足はまだ濡らさない方が良いだろう、そう思いながら二階に戻る。今日は遅番だから急がなくていい。
パソコンを立ちあげるとメールが入っていた。
「珍しいな、アリスから?」
『I'll go to Japan on the 1st December.』
シンプルな一文。その後に書かれていたのは飛行機の到着時間。
「十二月一日? って今日じゃ……日本に来るって唐突だな」
時間が書かれていると言う事は迎えに来いと言う事だろうが、無論、休みは取っていない。メールは数日前に入っていたようだ。気持ち的に慌ただしくて気付いてなかった。
迎えには行けないと連絡したいが、もう間違いなく機内にいるだろう。この頃、内勤が多かったのでアテにはされていないがと思い、会社に休みを出すとすんなり取れた。
「よかった、かな?」
迎えに行けば観光くらい連れて回らないといけないだろうか? 車も良いが、電車やバスで動いた方が楽しいかも知れない。お酒も飲むと言いだすだろうし。
昔の知り合いの迎えに行くと言うと、タカさんも葉子さんも足に怪我があるのにと呆れた感じだった。
更にユキさんに空港まで誘ったのだが、どこか不機嫌そうな対応をされ、最後には腕を払われ、部屋に戻られた。いつもうろな町内だから、町外でのデートになるかと思ったのだが。
「俺、何かした?」
昨夜、あんな風に迫ったのが行けなかったろうか? スカートから覗く隙間にドキドキしたのに気付かれただろうか? 他には何かあったろうか? 理由がありすぎて何が原因かわからない。
何も考えずに立ち上がって足の痛みに顔を歪める。
「天罰? ふふ、フラれたわね、賀川君。でも二股は駄目ね?」
「ふ? 二股? アリスは昔の仕事仲間ですよ?」
何を勘違いしたのか葉子さんにそう言われて少し戸惑った。
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そして空港へ。
町外に行きます。
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