描画中です
差し込み投稿になります。
とにあさまの手袋ちゃんがおにぎり届けてくれたお話です。
「猫がおむすびを作って持ってくるとは、時代が変わったな」
うーん、バッタのオジサマ、たぶん時代は関係ないの、手袋ちゃんが賢いだけです。
「作ってくれたのは、手袋ちゃんの飼い主になった人ですけどね」
「人が猫に顎で、いや、引っ掻かれたような跡が軽くあったから、爪で使われたのか。まあ、平和だな、うろなは」
森の中、迎えに来てくれたのはバッタのオジサマでした。長袖シャツに皮茶色のベスト、シンプルなズボンに帽子。どれもたぶん高級品なのだけど、着こなしているせいで品はあっても、嫌味ではないのが素敵です。
「さ、どうぞーー」
「ありがとう」
オジサマは帰ろうと言ったのですが、日暮れまでまだ間があります。それにオジサマがだいぶ汗をかいていたので、ちょっと森を出る前に休憩していく事にしました。
手袋ちゃん、帰って少し寂しかったけど。
アトリエは油の匂いがするので、どうかと思いましたが、バッタのオジサマが絵を見たいと言うし、私も少し描きたいので、お通ししてます。
「おにぎり、一つ食べます?」
「いや、お前の為に作って、ここまで持って来てくれたんだから、嬢ちゃんが食べなければ意味がないだろう?」
気さくで、細かく気が回るし、嫌みのない方です。何だかとっても偉い人みたいですけど、それもかつての事だと言って鼻にかけたりしません。議員なんて辞めてしまえばただの人、そう言って。何だかわからないけれど、特有の存在感はたまに感じます。たくさんの木の中にあっても、隠しきれない大木のように。誰もが寄り添い、頼りにしたいと思える様な温かさと同時にしっかりとした芯に触れます。
私は持って来ていた小さな羊羹を茶請けに出します。自分は筆を持ちつつ、おにぎりにパクつくのです。
海苔、色が綺麗。安物ではない良い匂いです。
私はおにぎりを食べながら、
「すごく美味しい」
天ぷらお結びの塩加減と衣の油、エビの甘さに海苔がとてもいい感じです。これ、私も作りたいなーーはむはむ、はむ。
そうしながら手早くアクリルを出して描き上げます。
カトリーヌは油より早く乾いて、仕上げが面白いのでこの頃多用中。
「しかし、ここに刀流がいたのか。不思議だな。投げ槍よりもある意味友人として仲良かったつもりだったが、この建物の事は聞いていなかった」
「っと、刀流さん、って、タカおじ様の息子さん?」
筆が一瞬止まります。
今、自分の空欄だったそこに、知らないその人の名前が入り、更にはタカおじ様の子供になっているのがちょっと信じられませんが。
小さな仏壇の、小さな写真でしか知らないその男性。私の母を待っていてくれた人。
「この家の配管や配線に、これが数本使われていたらしい」
使い込まれた皮財布から、和紙で包まれた小さなモノを見せてくれます。その中には血のように真っ赤なネジが入っていました。合金、なのでしょうか? 底光りするような輝きが不思議です。
「これと刀流さん?」
なんの関係があるかわからず、首を捻ります。バッタのオジサマは茶を啜りながら、
「これは特殊なネジなんだ」
「確かに綺麗なネジですね」
綺麗な綺麗な赤いネジ。
まるで私の目のように、血の赤い色。
「絵描きは書いた絵に自分の名を残すだろう?」
唐突な話題でしたが、オジサマの言葉に頷きます。ネジと名前が何の関係があるかわかりませんでしたが。
「刀流はそれと同じで、自分が関わった工事や修理した場所には必ずこれを入れたり付けたりしていたらしい。製品テストも兼ねていたようでもあったが、投げ槍はそんな息子に「何、洒落っ気出してんだ」って怒鳴っていたそうだ」
「じゃあ……」
「投げ槍はこの家に初めて来た日、これを見つけ、お前の名前を聞いて、嬢ちゃんが刀流が死ぬ間際まで待っていた女の娘と確信したみたいだ」
赤いネジに私は見入ります。
この建物はそれなりに古い、倉庫を改造したもの。そして刀流さんが亡くなり、更に経つはずです。でもずっと腐食せずにこの家の残ったネジ。新品にさえ見えるネジ。
「絵描きが名を残す話は、お前の母親がしたんだ。彼女と俺が会った事は殆どなかったが、愛しい者の事を話す刀流の姿は本物だった」
母は最後のあの日、この家を「貴女を産んだ時から維持させておいてよかったわ」と言いました。私はここで産まれたのかもしれません、この家の準備を刀流さんが? あり得ない事ではないかもしれません、血の繋がりはないかもしれませんが、何か、きっと。
それより深い浪漫があるのかもしれません。
「お母さん……」
もう一つのおにぎりの鮭味が、優しく塩甘いからでしょうか。お母さんが朝食に出してくれたご飯の味がするようです。きっと手袋ちゃんの飼い主で、ぶっきらぼうだったけれど、これを握ってくれた人の優しさが滲み出ているのでしょう。彼は『自由な猫だし、好きなように呼べばいいと思う』と彼は私に言いました。それは彼が物言わぬ手袋ちゃんの気持ちをしっかりわかっているからこそ出た言葉ですから。
「もう描きあがりか?」
その後は黙って、バッタのオジサマはネジをしまって、小一時間、面白そうに作業を見ていました。で、私が筆を置いたので、そう声を掛けてくれます。
「暗い感じだが」
「後、これをかけるんですけど」
しゃかしゃかとスプレー缶を上下に振り始めます。
今日のは暈した感じにしたいけど、光も感じさせたいな。
暗い中の光、そして息づく風を。
そうすると、いつの間にかいつもの位置に居たカマキリ君が、サカサカサカッ……と、早足で逃げます。
「それは?」
「このアクリル・カトリーヌ。描いた絵は、そのまま使う方も多いのですが、これで色を変化させられるんです。いくつか種類とかける量で感じが変わって来るので、難しいのだけど。面白いんです。気に入らなければまた描きなおしますけれど」
「カトリーヌ、か」
「そう、綺麗な名前ですよね。名前に負けてない発色をしますよ?」
「ふっ、そうか。しかしココに置いてあるのを見て思うが、嬢ちゃんの作品は連作が多いな」
「気に入るまで描くだけです。気に入ったらまた描き足すから、色々増えます」
私が一気にスプレーを吹きかけます。
にじみ過ぎない様、気にしながら、風を打ち消さないように。
「ほう、これは、光が風に乗って、徐々に吹き込むようだ」
「そんな感じに見えるなら成功かな? じゃ、そろそろ帰りましょうか?」
「土曜のお祭りはどうするんだ?」
「朝は工務店のお手伝いの炊き出しとーーお昼前には賀川さんが迎えに来てくれます」
「そうか、花火もあるぞ」
「うれしーな、リンゴ飴食べるんですーー」
そう言いながら、森をゆっくり帰り出した私を見て、心配そうにバッタのオジサマが目を細めます。
「何の因果か、たった一本のネジが、彼の運命までも変えてしまったなんて、言えないな。いや、過去を知る必要はないのかもしれない」
胸ポケットに入っていた写真……
バッタのオジサマはそれを私に見せる事なく、一緒に森を後にするのでした。
とにあ様の『時雨』より、時雨ちゃん(手袋ちゃん)と三春さんを。
余りにイメージ違っていたら描きなおししますので、お知らせください。




