反省会中です(賀川)
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急に何を言い出すんだ?
賀川目線です
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不審な事故。
倒れるハズのない車が横転し、家族二人を失ったタカさん。だいたい何故暴走運転などをしたのか。いや、本当に暴走していたのかすら、タカさんは疑っている様子だった。
その当時、事故現場近くに『神父』がいた、それは貴方ではないかと香取神父に子馬が疑問を投げる。
「ええ、間違いないですよ。秋姫君を牢に入れ、房子君と刀流君を殺したのは……僕です」
その返事に初めは理解の範囲外すぎて、何を言われているか、当事者でもない俺でも冷静に判断できなかった。
「はははっ! 何、言ってんだよ。冗談にしちゃ、タチが悪いだろうがよ」
カラ笑いの後、震える声でタカさんは香取神父にそう尋ねる。
だが解答は変わらず、
「言葉通りです。僕が……君の家族を殺したんですよぉ」
と。薄ら寒くなる返事をもう一度呟いた。
「何でだよ? おめぇがそんなコトする必要、何もねぇだろう? おい」
「……必要か、必要でないか、貴方にはわかりませんよ、投げ槍君」
タカさんの表情が消え、それからゆっくり、込み上げる様な怒りを帯びた。
「じょうだん、だよな? 笑えねぇだろうがよ? 突然、何だよ???」
「突然じゃないんですよぉ。これで私も投げ槍君の『仇』になるのでしょうねぇ」
瞬間、理解をやめた男の蹴りが香取神父の体を捉え、吹き飛ばした。壁に叩きつけられる神父の体。
どうやって立ち上がって、放ったのか見えなどしない。威力はさっき蹴られた時など比ではなかった。これで首を捉えられたら、簡単に死ねる。背筋が寒くなるスピードと破壊力に俺と子馬は身を引いた。
「やめろ、投げ槍!」
素早く対応した抜田先生はその体を絞めようとしたが、ひらりと振り払い、無抵抗の神父を跨ぎ、殴る。俺はその腕に飛びつき、止めようとした。だが、たった一振りで跳ね飛ばされそうになる。香取神父の唇がキレ、障子に血が飛んだ。歯が当たったのか、タカさんの手の甲にも鋭い一筋の傷が血を流していた。
「タカさん、貴方の親友でしょう!」
言っては見たものの、俺は良く知らない。
ユキさんが好きだと言った画家、優しく笑い、どう考えてもタカさんと同じ年には見えない若い男。
それくらいしか知らずとも、彼らの間には絆の様なモノが構築されて深く絡んでいる。そんな関係性はすぐ見て取れた。だからこそ怒りも強く、冷静になどなれない。そう言ったタカさんの咆哮が室内に充満し、その熱さが痛い。
「何で、だっ」
「仲間でしょう! タカさん落ち着いて」
今、本当にさっき、愛しい人が血を流し、倒れていた地面を愛でるように撫でていたその姿を見た。落ち着いてなど、口にするだけ無駄だとわかっている。それでも何か止める手立てになればと、俺はそう言うしか思いつかなかった。
「香取、カトリーヌっ! なんで、だ! 抵抗もしやしねぇのは、それほどの価値もないって言うのかよ」
「……どうして投げ槍君、一撃で僕を殺らないのかなぁ。僕は殺したって言ったのに」
「望みか! それがオレの家族を殺した理由か?! なら望み通りっっ」
神父の間に入り、抜田先生がタカさんの衝動を止める。
「んな、訳ないだろうがっ。やめろ、投げ槍にカトリーヌ! 刀流の彼女の事は知らねぇが、投げ槍、誤解するな。カトリーヌの性格はわかっているだろうにっ……」
「バッタも知ってやがったのか!」
「言わせなかったのは俺だ! こうなるのは目に見えていたからな。殴るなら……」
言い切る前に俺を振り払い、抜田先生が横っ面に裏拳を受けて畳に投げ出され、タカさんは狂ったように更に掴んで殴りこんだ。荒れ狂うタカさんを子馬が後ろから抱き留め、皆から引き離す。
「離れてっ! 雷針!」
「うぉっ」
子馬の一言で、タカさんの体がバリバリっとおかしな震えを見せた。
「て、……めぇっ」
「うぐっ」
思い切り、胃の腑を肘で殴られた子馬は尻餅をつき、タカさんを離した。何をされたのかわからないが、タカさんもやっとよろけた。それでも倒れなどしなかった。また飛び掛かって行こうとするタカさんにタックルのように体ごとぶつかる。両手を固く組んで高く振り上げたそれで、背骨に殴打が叩き込まれ、衝撃は俺の体や頭を直撃した。何度も、何度も。その痛みがタカさん自身の痛みのようで俺は息苦しさを感じた。
「やめ、タカさん!」
下から膝が顎や腹を狙い、無防備に晒した背中に容赦ない殴打、それでも俺はその体を離さなかった。離したなら間違いなく神父を殺してしまうだろう。そう思った。目には目をと言うなら、殺されてしかるべき発言をした男を庇っている自分が滑稽だった。だがもしそうなれば傷つくのはタカさんの心で、いろんな意味で『過去』に彼を舞い戻らせてしまうだろう。
俺を振り払おうとする強烈な力に振り回され、柱の角に背筋がぶつかる。更に近くに並べてあった酒がゴトンと倒れ、幾つかが割れる音を聞く。その破片を踏んだのか痛みが走ったが、俺は足を踏ん張り、神父からタカさんを出来るだけ引き離した。
「ううぅ……やめて下さい! 似てるんだ、俺に!」
「…………なに、が、だっ」
強烈なインパクトが降って来て、俺の意識を奪い、拘束を外そうとするのを堪え、言葉を紡ぐ。
「裏切ったって思われても、本当の事が言えなくて、黙って日本に帰ってきた俺に!」
微かに力が抜けた。
そう思った時、パシン、と、襖が開く。そこに立っていたのは葉子さんだった。
「ユキさん、疲れて、寝てるのよ! 何やってるんですかっ」
状況を一瞥すると、手に持っていた雑誌をクルリと丸める。俺はタカさんの腰を押さえているので、見えなかったが、小気味よい音が響いた。それでタカさんの横面を叩いたようだ。
「よ、葉子さん、カトリーヌが、カトリーヌが房子と刀流を殺したなんて、ふざけた事を言いやがるんだっ」
「……ふざけた事ってわかってるなら冷静に対処して下さいな! 賀川君、死ぬわよ」
「俺はいい、大丈夫だけど……」
畳に顎を伝って汗が落ちた。
よく見ると赤い染みがぽたりと足元にあり、踏ん張った足からは血糊が絵を描いていた。叩かれながら喋ったので口の中から流涎と共に血が垂れて。それでもまだ、タカさんの鼓動は乱れたビートを刻んでいたから。離しちゃいけない、そう思ってしっかりタカさんの体を抱きしめた時点で、俺の意識は途切れた。
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