反省会中です(タカ)
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考え事をする
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賀川のと、深く関わる前は普通の配送員だと思っていた。棺と思える花が散らばる部屋の中、ユキに水を与え、恋した瞬間を目の当たりにしたのは半年前になるかならないか。
まさか自分の息子が作ったネジの利権に纏わり、ヤツが地の底で暮らしたなどと思いもしなかった。それもオレの親友の一人、亡くなった『おんま』の嫁、葉子さんの身内とは。
何の因果かその姉のさえちゃんは、親友の『ぎょぎょ』と結婚しちまうし、世の中何が繋がっていくかオレにはわからねぇ。
ヤツは自分の命を歯牙にもかけない時がある。練習中の踏込など返しを喰らう事より当てる事を念頭に動く為、姿勢の深さが際どい。また急所狙いのためらいがない事にドキリとさせられる。幼き頃にどんな目に遭い、それを身に付けたのか。
外国ではトキと呼ばれたヤツの姿は八雲さんのカルテや資料を要約して見せてもらったが、救い出された時の奴は、一時、拘束衣無しで放っておくのは危険と判断されたほど、衝動的だったという。注射……特に麻酔や身体を触られる事を嫌がったそうだ。
今でも麻酔は嫌いなようだが、無闇に他者を殺そうとする傾向はそうせず消えて、落ち着いた。その為、実家に戻ったが家に受け入れられず、舞い戻り、鍛え直され、戦力となった子供。
他の輝けるモノを守る為にその力を使う精神だけは、所属した『天使の盾』と言う所で学んできたのは幸いだったかもしれない。その後、時が過ぎ、やっと手に入れた仲間に誤解されたまま、生活を捨てて、日本に来て埋没していた男。
教えを付けながら技と共に、命の重さや、自分が生きている事を望まれているか教えたかった。だが、それは本来、本能や成育歴に裏打ちされた感覚。それを無理矢理に幼少の時に削り取られた賀川のに、二撃目を目の当たりにしたのもあり再度教えるのは難しく、何か方法がないかと思っていた。
だがオレがどうこうする前に、いろんなヒトや物事、何よりもユキに触れる事でヤツの刻々と変化している。好ましいか好ましくないかはわからなかったが。
そして今日、オレが車を飛ばした時、賀川のは真面目に焦っていた。それはやっと生まれた、いや、取り戻しつつある、普通らしい気持ち、自分の命を『惜しい』と思う心。
その後、覚悟を決めて椅子に座ってくれた態度、暴走したなら止めてくれるだろうと口にした時の表情が憎らしいほど『信頼』を帯びていた。
ただ……頼られるのは嬉しいが、オレの背に背負い切れるか、怖ろしくもある。
『タカさん、嬉しいんでしょ?』
『わっかんねぇよ……』
眩しい光に溶け込んで、やはりあいつの顔は俺には浮かばない。光は暗い影を落とし、冷たい道路に広がる赤い血の色だけが鮮明になる。
顔は思い浮かばないのに、ふと彼女の指の動きを思い出す。今日、賀川ののピアノを聞いたせいだろうか? 彼女もピアノを弾いてくれたことが……ちらと思い出せた……あいつはオレにはもったいない女だった。でも結婚したのは子供が出来たからと繰り返して、愛を囁いた事などなかった。そうやっていつもはぐらかし、『タカさんはあまのじゃくだから』そんな言葉に甘えて。
あの事故に翻弄されながら、あの時以来、強くあろうと努めた。大切なモノを守れるように。
今守るべきはユキ、そして賀川のに叩きこめるべき武術と揺るぎない心を。
オレは二人を失ったが、何にも勝る頼りがいがあり、代えがたい親友がいる。ユキを守りたいという願いに呼応してくれた仲間が、いる。
それに感謝しない日はない。
風呂で汗を落し、いつもの作務衣を身に纏った所で携帯が鳴った。それを受けた後で部屋に行く。
「賀川のも来たか」
立膝をして畳に座った男が、無言でこくりと頷く。さっきまでの服は汚れていたが。今は汚れていないのを見ると二階の風呂にでも入って、着替えて来たんだろうが。こいつ同じような服ばかりだなと思う。一緒に住むが夏と冬の違いはコートやジャケットを着るか着ないか、後は会社の運送用制服。ムリに病院に押し込んだ時に浴衣を着せたが、家でパジャマ姿を見た事がない。いつだか服が汚れて着せられたとかでそれなりに着こなしていたか。今日のピアノの時の衣装は姉が持って来たようだ。
「今日はお疲れだった。済まねぇな。うちのユキの為に」
オレの部屋には賀川のだけではなく、バッタにカトリーヌ、そして子馬も居た。流石に新婚のぎょぎょ、八雲さんは護衛自体は担当しないから今夜は来ていない。
今日の名目は情報交換と本日の確認、だ。
「僕はユキ君の為に来たんですからぁ。気にしないで下さいな、投げ槍君」
「ユキは離れか?」
「母さんがたぶん寝ただろうって。式鬼を置いて結界を張ってる」
「そうか。助かる。それでカトリーヌ。どうだった?」
「一応数人の刺客を見つけましたよ。でも全部溶けちゃってねぇ」
「荒いな、揉め事にならねぇように頼む。オレは誰とも遭遇しなかった。ただ変な気配がしたとこの樹をを二本ばかり折らして貰ったがな」
カトリーヌが俺の返事に、にこりと笑った。
その横に珍しく表情を曇らせた感じの子馬が、
「幾つか罠を見つけて解除しておきました、俺の確保者は一人」
そこでチラリと香取を見やった。
「絞ったら、吐いたのは本日の巫女の確保に破格値が付けられていた事。それも仕事の危険度的にはCランクに下げて、任意に襲わせていたモノが居たようです」
「祝いの日に、無粋なこった」
オレがそうぼやくとバッタが言葉を添えた。
「仕方ねぇよ、投げ槍。仕事依頼は延長されていた。ランクに関しては確認したら、何故か今はAの+になっている。こっちは二課の子馬に、クルセイダーのカトリーヌが加わってる。A+の方が正しい評価だ。どちらにしてもこの依頼を取り消す様に動いている所だ」
「何で、誰かがかはわからないままか……バッタ」
「ああ、まあ、闇の動きだから代理人が立つ。簡単に依頼主に辿り着く事はないだろう」
「バッタ君の言った通り、誰が、は、わかりかねますね。ただCランクにしたのは初心者や小銭稼ぎが仕事を受けやすいからですよ。A+なら、本契約を結ぶでしょうから、今日のようにそうそう数が来る事はないでしょうねぇ。チマチマやってこちらを疲弊させるか、あわよくば、って所でしょう」
カトリーヌの返事に被せる様に、賀川のが呟く。
「闇市場にまでユキさんの事が出ているのか? そんな事になっているなんて聞いてない。それもユキさんが今日、狙われていたなんて。『今日どうというわけじゃない』と魚沼先生は言ったのに」
「文句言うな。わかったのは今日の朝で、お前はいなかったろうがよ?」
そう言われて賀川のは黙った。たぶん本番前にピアノを弾きに行ったのだろう。
「だからな、もう終わるまではそういう事にしとけと、ぎょぎょが言った。ただ注意はしておいた方が良いと言う事で、な。それにお前は最近、故障もあって、更にブレブレだったからな。そういえば今さっき、小梅ちゃんから電話が入った」
オレは頭の中で小梅ちゃんの電話の内容を繰り返す。
『……で、打ち上げの時、話しましたが。ユキは何かに迷っている気がしました。お腹の子も何か感じたようで、妙にモゾモゾしていましたし』
『何か言わなかったのか? ユキは?』
『ええ、迷惑をかけたくないと言った感じで。身重の私を心配してくれたのでしょう。気の優しい子ですから。その内容には心当たりはありませんか?』
『わかんねぇな……こないだの件から引きずっているかもしれん』
『心の傷はなかなか癒せるものではありません。賀川さんが請け負ってはくれましたが、彼自身もいろいろと抱えているようですから。ユキを、ユキを頼みます。彼女は私にとって子供も同じなんです……』
オレは彼女との会話を思い出しつつ、
「ユキが何かに『迷っている』感じだった、と。だが小梅ちゃんは身重だかんな。特別何も言わなかったそうだが。そうじゃなくてもユキはあの通り、ちいっとズレちゃぁいるが、気は配れる子だ。何か、思いつく事はないか? 賀川の」
「い、いえ。なにも」
ちらっと瞳が揺れたのを見ると、何かやりやがったか……と、睨む。前に一晩、ユキが降りてこなかった日がある。葉子さん曰く『まだそこまで行ってないわね。ユキさんに艶は出てきたけど』。
恋人同士、なのだろうが、親としちゃぁ笑って見てられねぇ。ユキがこいつをと選ぶならそれが良いと思うが、あの子はどこか緩い。それも未成年だ、少し絞めておいた方が良いのだと勝手に決め、睨んでやる。
「まあ、それとなく気をかけるしかないな。それから賀川のは明日から朝の鍛錬の出入禁止を解く。バッタ、暇な時は頼む。子馬もカトリーヌも頼……」
「待って下さい。小父貴」
子馬が暗く堅い表情のまま、口を開いた。
「巫女を守る上で、聞いておきたい事があります」
「何ンだよ? 藪から棒に」
「香取の小父貴、貴方はどうして宵乃宮 秋姫を一時期、牢屋に閉じこめたのですか? それにこちらは憶測ですが……刀流兄が亡くなった現場に神父らしい男の影があったと。それは貴方ではないですか?」
突拍子のないと思われた質問にカトリーヌは静かに、
「ええ、間違いないですよ。秋姫君を牢に入れ、房子君と刀流君を殺したのは……僕です」
耳を疑う発言を口にした。
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"うろな町の教育を考える会" 業務日誌 (YL様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
司先生(小梅先生)
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