暴走中です(賀川とタカ)
llllllll
片付けは終わったが。
llllllll
デザートを満喫したユキさんと最後まで過ごして、葉子さんに預けて、片づけをする。帰りは子馬が見てくれているはずだ。
「お疲れさん、これで終わりだ、おぅ、賀川の。一緒に乗れ」
「おやっさんお疲れした~ぁ」
「お疲れっす」
「明日ん出勤、休むなよぉ。お前達は自宅からだったな? 気ィ付けて帰ぇれよ?」
兄さん達に挨拶するタカさんの声を聞きながら、汗を拭く。そして軽トラ後部の荷台に乗り込もうとしたが、
「なぁにやってんだ。横に座れや」
そう言われて俺はそこに座る事になった。居心地がいいかと言えば正直よくはない。ユキさんの事で、この頃、主張をして見せてる最中だ。子馬の札で怯んだり、気持ちに波はあるが、彼女との未来を今日こそまた思い描いてしまったから。
そんな自分の好きな女の、義理とは父親、手を伸ばせば簡単に殴れる距離に居て、生じる雰囲気は推して知るべしである。
普段よりちょっと新しいブラウンの鳶服姿のタカさんは、もう酒の匂いも気配もなく、一分の隙さえ感じられなかった。沈黙のまま、ラジオすら付けず、もう暗くなった道をライトを灯して走っていた。軽トラには今まで使っていた場所を明るく保つための照明機材の柱などが詰まれ、硬く縛られている。
「いってみる、か?」
無言を貫いていたタカさんは信号で止まっていたが、青信号になった途端に呟いたその言葉の後でギアを入れ、最終的にアクセルを全開にした。
「なに、をっ! や、止めて下さい」
裾野に向けてほぼ信号が無くなり、人影は少なくなっている。
だが、タカさんがベタまで踏み込んだトラックは迷いもなくスピードを上げ、すぐに百を越える速度を刻んだ。気が触れたのかと思う。だが横を見るとそこには冷静すぎる目で運転している中年の男が座っている。ハンドルを奪うのはムリそうだった。今更、飛び降りても、このまま潰れても状況に大差はないだろう。さっき自宅組の兄さん達に『気ィ付けて帰ぇれよ』と言っていたが、その言葉をタカさんに送りたい。が、今そんな事を言えば火に油を注ぐ気がする。
俺は覚悟を決めて深くシートに腰掛け、その口を噤んで前を見た。
スピードを落とす事なくカーブを曲がり、僅かなギアチェンとハンドブレーキだけで捌いて行くが、スピードに乗った軽トラはもはや乗り物と言うより、凶器に近い鉄の塊と化していた。猫一匹でも今出てくれば、ハンドルワークは崩れ、狭い一車線を逸れ、壁やガードレールに叩きつけられて終わりだろう。
俺は運送屋として走り慣れた町の、その道筋に目を見開いた。
「この先カーブ、ですよ?」
返事はない。
この先、タカさんに告げた通り、きついカーブが二つ、続く。
迫って来るその曲りを遠心力で体感しながら、良すぎる耳は唸るエンジンや荷物の擦れる音と共に、全く動じていない男の心臓音までも捉えていた。騒ぐのは自分の心臓ばかりで、『生』を実感している今、俺の額にはじわりと汗が浮き、叫びだしたい恐怖が湧く。それでもタカさんが道連れを考えているとは思えず、その意図は分からないが成り行きを汗垂らしながら静かにそれを待つ。
一つ目のカーブは何とか曲がり切った。だが二つ目は……
「た、タカさん!」
ギアチェンだけでこのカーブ、軽トラが曲がり切れるはずもない。滑る車体、ギャンギャン鳴るタイヤ音。ブレーキを踏んでも逆に車は悲鳴を上げ、ガードレールに叩きつけられる覚悟を決めた紙一重。
車は……止まった。
いつの間にか呼吸を止めていた事に気付き、息を吐く。ドクドクと自分の鼓動が言うのを聞きながら、隣の暴走犯を眺めやるが、全く涼しい顔で車を降りた。扉を閉める瞬間に、顎で俺の下車を促す。その態度に腹立ちを覚えたが、何もなくこんな事をやるとは思えなくて睨みながらも指示に従う。
降りていくと、曲がり切ったカーブの、何の変哲もない場所にタカさんは歩いて行った。俺がその背を追っているうちに、彼は膝をそこで折って、地面に触れた。
「ここにはあいつが転がっていた」
何を言い出したか、一瞬、理解できなかった。
「横転した車から投げ出され、首がない、あいつが。車は丁度その辺に。亀みてぇにひっくり返ってやがった。そこから刀流がそこら辺りに……俺が一報を聞いて辿り着いた時、息子にゃ息があったんだ……」
「ここが事故現場……」
タカさんの息子とその母親……つまり奥さん……が、亡くなった場所に俺は連れてこられたらしい。話に聞いた亡くなったタカさんの家族、仏壇で笑っている二人。幼い記憶の中でまこと君と俺を見ていた学生服の男、そんなモノが記憶の端に通り過ぎていく。
「警察はスピードの出し過ぎで横転して、シートベルトを付けていなかった房子は開いた車の扉から投げ出され、首が飛び、刀流は全身を酷く打ち付けて事故後間もなく死亡した……と言うんだが。限界まで加速し、何度やってもココで車が横転する事はない」
「た、タカさん??? 何度、って……」
「事故後な、何度か、試したんだ。だがどんなタイミングで、どんなに加速してやってもこの荷物程度を積んで、普通に横転する事はない。だが、でも、あの日は事故は起こった。ココには何かがなきゃ、転がらねぇんだ。それは何だ? 何故だ? どうして息子も、あいつも死んだ?」
もしかしたら……タカさんは死にたくて、事故をなぞって死ねば彼らにまた再び会える気がして、そんな事を繰り返していたのかもしれない。そんな気持ちと戦いながら、今も生きているこの人は誰よりも大きく、強い。
「機械が好きだったアイツは免許の取れる年になったらすぐに手に入れ、よく弄っては乗っていたから、俺より車の腕はよかった。でも母親を乗せて無謀な事を決してする奴じゃぁなかった。それに房子はシートベルトをしないで乗るような女じゃなかったと思うんだ。何かが、その日、いつもと違っていて、二人は死んだ。あいつにはアキヒメさん、そしてユキも頼まれている。俺は、もう、家族を失いたくは、ねぇ」
「タカさん……」
独白のように語っていたタカさんだったが、次の瞬間、ぎろりと俺を見て、
「アレを使ったか……」
俺はそれが何の事だかわかっていて、だからこそ、その質問に答えられない。戸惑っているうちに、
「おらぁっ!」
立ち上がったタカさんの蹴りが降ってきた。
「あれは禁手と言ったはずだろうが! 馬鹿者めが」
重い蹴りを腕で受け、その衝撃に耐える。折角治った腕がまた逝くのではないかと思わせるほどの一撃。
「お前のアレは『破壊』だ、己の命をも無くなるまで振るう技。見境なく壊す、それだけしかできない。幸運にも腕一本で止まったようだが……」
俺は次に繰り出された拳を受け、逆手で中段を放つ。軽くいなされながらもくるりと回り、蹴りを落す。タカさんは動じる事もなくそれを捌いて、突きを俺の肩に入れて距離を取る。
次の攻撃に備えながらも俺は返事を返す。
「幸運? いえ、あれは絶対に止められる、いや、止めてくれる仲間がいたし、アレでしか打破できない壁があれば俺は……」
「…………笛坊か?」
「あの時はアイツでした」
俺の言葉にタカさんは構えを解いた。
「仲間、と思える奴が出来た、か」
「……もし俺が暴走したら、止めてくれますよね? タカさん?」
そう言った途端、目の前が暗くなる。気付いた時には地面に倒れていて、酷い痛みが腹部にあったから、タカさんに蹴倒されたのだとわかった。
「おめぇのそんなヘニャチョコの技なんかに頼んねーよ。つけあがるな!」
くるりと広い背中を向ける。先程、地面を撫でていた後悔の滲んだ気配は何一つなかった。
「明日から鍛錬に戻れ。イイな?」
「おす!」
返事はしたものの、痛みの残る腹をさすりつつ、その背を追う。微かに見えたタカさんの横顔は笑っているように見えた。
llllllllll
"うろな町の教育を考える会" 業務日誌 (YL様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
清水先生夫妻の結婚式の設定
(お片付けした後の感じにしてみました)
キラキラを探して〜うろな町散歩〜 (小藍様)
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
レディフィルド君
11月4日の情報チラリ。後は小藍様の更新をお楽しみに。
問題があればお知らせください。
後、危険運転はしないで下さいね。




