清水夫妻の結婚式6
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会場を抜ける。
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俺は大きな扉を抜けると音源に向かって走って行った。ただそれは正確ではないだろう。俺は唯一自分が聞きたくないと拒否している種類の音が存在するであろう場所に向かう。自身で閉ざした『消えた音』を追うと言う、奇妙な、説明し難い状況だ。
そこへは……別に行かなくてもいいのだが、あのカオスな空気からちょっとでも逃げたいのと、一言言いたい事があったから歩を向けた。
高い所だ。
近道にはスタッフオンリーの場所もあったが、誰かがちょうど入り込むのを見計らってロックをすりぬけ、屋上より高い場所にある小さな搭の様な場所に辿り着く。今日の結婚式には使われなかったが屋上の小さなガーデンチャペル、その低めの鐘の搭上。見上げる瞬間に耳が正確に何かの飛来を捉える。
「ちょ……」
いつもと服は違うが、出来るだけ仕込んでおいた道具の中から指示棒を振って、飛来した物を弾き上げる。その俺が避けた方向に正確に叩き込まれる二撃目をバックステップで避けつつ、引き付けてその中心を正確に叩き、へし折って。
安心しかけた瞬間に、足元の芝に油が塗りこまれていた事に気付き、無様にコケる前に乾いた場所に左手をつく。そこにすかさず手を目掛けて攻撃が飛んでくる。
また油のトラップに引っかからないように手を地面から離して、その勢いで場から逃げつつ、輪ゴムを三連続で目標に向かって打ち込む。
「初手で目ぇ射ろーとするたぁ容赦ねーなぁ。俺様じゃなきゃ、この距離じゃ痛ぇ事になってたぞ?」
「それは俺の台詞だ。やっと動くようになったって言うのに。本気で腱を狙っていたろ?」
俺の輪ゴムを長針の先に引っかけて目標は笑っていた。
「やっぱりお前か、レディフィルド」
そこには白髪碧眼の小柄な青年、レディフィルドが居た。大量の鳩が彼の周りを飛び、空を飾っている。その一羽が舞い降りて、俺の頭に居座った。
「ドリーシャ、お前も祝いに交じっていたのか?」
そう尋ねると、嬉しそうにグルグル胸を鳴らした。俺には見分けがつかないが、やはりドリーシャらしい。
「よお、カガワ~。どうだぁ~調子はよ~?」
「見ての通り元気だ。このくらい、な」
俺は左手を突き出して、ヤツの長針を指に挟んでくるりと自在に動かして見せた。レディフィルドがぴゅ~♪っと口笛を吹いて、
「上々、だな」
そう言いながら、また一本長針を、それもほぼモーションなしに鋭く投げ飛ばすという芸当をする。予備動作がない分構えが取りにくく、こちらの受け取る時間も短い。だが先に投げられた針を持って、差し出していた左手の平をクルリと返して投げられた長針の軌道を俺の眉間から逸らし、一時上空に舞い上がりくるくる落ちてくるそれを、難無くパシリと掴む。
「まだやるか、レディフィルド……」
「ははははっ! 二日、三日前に見たトコ、あんだけ絶望的だったのになぁ〜? アプリが『治せない』って言ってたそれが、そんだけ滑らかってすっげ〜ぇなぁ〜♪ 神がかってんのな、カガワ〜ぁ」
「神、か」
俺はふと、俺の幼馴染を名乗る男を思い出す。そしてまこと君の高く聡明な音を思い起こした。
「俺には……帰って来て欲しいと願ってくれた友がいた。それだけだ」
「へぇ〜。良〜い友達、だったんだな」
俺が過去形で言った事を全く疑問にせず返す、この幼く見える男も口にはしないが複雑な事情を背負っているんだろう思う。
「ああ、掛け値なしに。腕を診てくれた彼女には礼を言っておいてくれ」
「ん、ああ。だがよぉ~わざわざそんな事を言いに来たのかぁ~お前」
肩に大きな白い鳥を乗せたまま、ひらりと俺の眼前に舞い降りる。彼の手から放たれた長針を拾って、そいつを返す。こんなモノをココに突き刺しておく訳にはいかない。油は時間が経てば芝が吸い込むようなので、放って置く。
「じゃ、『合格』か? まあ、今日の祝いとか、他にもこの鳥を飛ばした理由はあるんだろうけど」
その言葉ににんやりとレディフィルドが笑った。
「祝いに、カガワの模擬テストに……さっすが俺様って事だ、一石三鳥は当たり前だろぉ?」
さっきの笛の音は扱った鳥こそ鳩であったが、通風孔を擦り抜けて室内に登場させ、また帰還させると言う芸当。超級に複雑な信号であったはずだ。
もし俺がこいつの音を耳に入れてしまい、防げなければ、無様に心臓を止めて、卒倒していただろう。
一石三鳥……祝いと俺のテスト、最低でももう一つはこの笛を吹いた理由はあるのだろうが、彼が語らない所を見ると俺が知る必要はないと言う判断なのだろう。
「ま、今日ん所は合〜格っと。ここまで倒れず来れたってこたぁ、聴覚弄っても三半規管、狂ってねぇって事だしな」
いちおうの及第点はもらえたようだ。
そう俺が気を抜きかけた瞬間、またもや笛を吹きやがったので、その襟首を掴まえてガクガク揺する。防音は出来ているが、冷や汗をかくのはやはり良い気持ちではないのだ。
「お前はっ! もーう今日はテストは要らないぞ。それに失敗して、せっかくの結婚式に俺が死にかけたら大事になっているだろうがっ。ついでがあったとはいえ、もうちょっと場合を考えろっ」
「い〜つ敵が襲ってくるかわっかんねぇから、模擬になるんだろーがよ〜。はははははっ。カガワぁ〜おっ前、ホントおもしれーヤツだなぁ〜。腕折るほど正気失くして荒れ狂うかと思えば、チンケな子馬の呪符で翻弄されっし、動かねぇ筈の手が動いて、あんだけ良いピアノ 弾くなんてなぁ〜」
「き、聞いてたのか? それも子馬の攻撃はチンケって……」
相当苦しめられた子馬の札にそう言われ凹みながら、尋ねる。
「正確にはラザがな。すーっかり懐いちまって……あー、わーってるよ。ドリーシャ。ドリーシャな」
ぐるぽぐるぽにしか聞こえないが、どうやらレディフィルドとそれなりの意思疎通は可能らしい。そう言えば天狗仮面も会話らしきものを繰り広げていたなと思い起こす。
「さぁ〜て、んじゃ俺様は行くぜぇ。そろそろ良い頃合いだかんな〜」
「うろなにはいつまで居るんだ?」
「来年上旬くらいじゃね? ま、また二月頃に来るけどな」
「わかった。今度、約束のお礼をするから。汐ちゃんの携帯にでも知らせていけばいいか?」
「んにゃ、ドリーシャに伝言りゃいーぞ?」
俺はその言葉に耳を疑う。
「日付言っときゃ、俺様に届くし」
「そ、そんなイージーな。それにいつもドリーシャは、いるわけじゃないし」
「賀川でも、呼べば来んじゃね?」
ぐるぽぐるぽと信じられないほど調子よくドリーシャが返事している。まあ連絡付かなきゃ、約束の報酬は御和算にでもするか? そう思ったが、
「踏み倒すんじゃねーぞ? 楽しみにしてんだからな〜?」
と、釘を刺してレディフィルドは姿を消した。
「賀川の~おめぇ、どこほっつき歩いてた?」
「こいつか? 槍ちゃんの御息女をかどわかそうってのは」
帰ったら即、もうお酒で出来上がったタカさんともう一人強面のオジサンに掴まった。良く見れば、今日の新婦、梅原 司先生の父親、勝也氏だ。鍛えこんだ清水先生に、人生をかけて磨き上げた剣で迎え討ち、寸での差で勝ちを婿に奪い取られた人だ。
とりあえず二人に絡まれる。
だがあまり抵抗を見せないでいると、話の方向が変わってきた。
「賀川の、安来節、知ってるか? 踊ってみろや」
「はぁ? やすぎぶし?」
俺の棒読みを聞いて、タカさんと勝也氏が顔を見合わせる。
「こいつ日本人だろ? 槍ちゃんや」
「海外が長いんだとよ。だがちぃっと、この無知はどーかした方が良いと思うんだが。そう思わねぇか? 勝ちゃんよ」
「二人で踊って、この際、覚えさせるか!」
「そりゃあ、いい」
何故か、二人ともお互いを『ちゃん』付で呼ぶほど意気投合したらしいが、それに巻き込まれるのはごめんである。だがどう対処すればいいか弱っている俺の間に、どこから現れたか『はいはい』とにこやかに清水先生が入り、引きずる様に、
「お義父さん、ご機嫌な所あれですけど、司さんが呼んでますよ」
すかさず葉子さんがタカさんに、
「小梅先生のお父様はうろなから、それなりに遠いんだから。親子水入らずで話したい事もあるでしょう。邪魔しちゃ悪いから。こっちに座って下さいな」
その後も二人は互いの場所でごねていたようだが、俺はとりあえず踊りに巻き込まれず済んだ。
「で、葉子さん。やすぎ……って何です?」
「ああ、『ドジョウ掬い』の事よ。土壌じゃないわよ? 田んぼとかに居る魚の方ね」
そう言ってクスリと笑い、俺の無知を補ってくれた。
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"うろな町の教育を考える会" 業務日誌 (YL様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
清水先生夫妻の結婚式の設定
清水先生、勝也氏
キラキラを探して〜うろな町散歩〜 (小藍様)
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
レディフィルド、汐ちゃん、アプリちゃん、ドリーシャ(ラザ)
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