訪問中です2(篠生)
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暗い部屋に賀川と入る。
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部屋は電気もついておらず、薄暗かった。
小さな玄関には女性の靴が二足あるだけ。靴棚に他の靴はない。狭い2DK、トイレにバス、一人暮らしのどこか寂しい家。俺達が来た事で電気がやっと付いた。
「俺は賀……いや、玲の従姉妹なんで。今日は警察と言うよりも、彼にその親友の事を話してくれたらと思って連れて来たんです」
「そう。よかったら参ってあげて」
手前は台所、奥の部屋は寝室と言った感じだろうか。狭い部屋はアップライトのピアノと仏壇が並んでいた。仏壇にあったのは賀川の幼馴染という少年の写真。後はもう一人少年の写真があった。
俺は一礼すると蝋燭に火を上げ、線香の灰で判断して線香を折ると二つにして火を点け、寝かせるように置いた。賀川もそれに習って線香に火を上げる。きっと視界はぼやけたままで。込み上げてくる気持ちをかみ殺しているようだった。
「ありがとうね、あきらちゃん。従姉妹さんも。どうぞ。若い人には正座はきついでしょう」
彼女はお茶を入れ、台所のテーブルに俺達を招いた。蝋燭を消し、その席に着く。俺はちょっと緊張しながら腰掛ける。だが椅子は少し軋んだが、とても良い椅子らしく俺の体重を軽く支えてくれた。
椅子もテーブルも、食器棚も、見ればすべて物は上質だし、お茶の注がれた茶碗も美しくそれなりの価値がありそうだった。
「まこと君、どうして? それにあのもう一人の子は?」
「あっちは俊介。誠の兄よ。誠を引き取る前に亡くなったけれど」
「引き取る?」
「俊介が亡くなって、私達夫婦には子供が出来なくてね。後継者として誠を養子に迎えたの。ううん、後継者なんて関係なく、誠は私の子よ、ええ……でも引き取った時はわからなかったけれど、三歳児検診で要検査になって……あの子が体が弱かったのを覚えているかしら」
「……はい。何となく。でもそんなに悪かったんですか?」
「ええ、貴方が居なくなる前にかかっていたコンクール。あれが、最後……あの子随分前から知っていたのよ」
「そんな、の、って」
「あの子、頑張ったの。コンクールまでも無理だって言われていたのに。頑張って、ねぇ。結果を知らせたいって言っていた時に貴方が行方不明って一報が入って。死亡したって聞いたけれど、誠は必ず貴方は帰るから、そう言い続けて一年近く生きたわ……でも、病に勝てなかったの」
賀川は今、うろなに紛れているが、これでも大企業TOKISADAの御曹司だ。それに見合う幼稚園に通っていたから、その友である『篠生』もそれなりの格式がある家だった。
第一子である俊介を亡くし、やっとの思いで『篠生』に迎えた養子の誠は、不幸にも闘病生活にあり亡くなった事。そこまで俺は調べを付けていた。賀川を待って待って……亡くなった事などは知る事がなかった事実だが。
「誠が亡くなって、あの人との間も穴が開いたようで。あの人とは愛人と子供が出来たのを機に離婚したの。ただ頼んで、あの子達と過ごした家具や小物を少しだけ譲ってもらって……」
質素な生活をしているようだが、身の回りの上質さは、その頃に使用していた物だからだと察した。
「ほら、見てやって。あの時の最後のトロフィよ……」
仏壇の隣にあった小さ目のピアノからそれを降ろす。受け取った賀川は刻印を撫で、暫くそれを抱くようにして声もたてずに泣いた。暫くそうしてから、その預かったトロフィを元の位置に置く。
「これは、誠くんのピアノ?」
「ええ。グランドピアノもあったけれど、流石に持って来れなくて。小部屋での練習用に置いていたのを持った来たの。外庭が見える場所にあったから、これとベットを近くにして。最後に使っていたのはこれだったわ」
賀川はその蓋をあけて鍵盤を撫でた。右手で少し弾いた後、左手で触れかけたが、包帯をぐるぐると巻いたその手を自嘲的に眺めてその手を止めた。
「手が? あきらちゃん……」
「ええ、まあ。気にしないで下さい。俺が親から見捨てられた時、もう忘れた夢だったんです。でもまこと君と最後に、最後に弾きたかったです……ごめんね、すぐに帰れなくて。俺も会いたかったよ」
もし、彼が外国に行かなかったなら、攫われる事はなかったろうか?
もし、彼が攫われなかったなら、親友と最期の時を過ごせていただろうか?
全ては仮定でしかなく、彼らの約束はやはり夢でしかないのだろう。だが俺は昨夜、『篠生』と名乗る者に会っていた。
彼は言った『どうして叶えてはいけないのでしょう?』と。
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少しリアル等、忙しいです。
出来るだけ更新を止めないつもりでしたが、この先は手抜きをしたくない回、急いでも30日予定の清水夫妻の結婚式はまだ書けていない為、少し時間をいただくかもしれません。
少し更新が止まるかもしれない事をご了承ください。




