昔話中3です(葉子)
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子供の成長は早いのよ。
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「いいかい? 高馬。お前の拳は強い。憎しみで力を使っちゃいけない。常に優しさを忘れない男になれよ? お前には鷹槍と同じ音になる『高』と言う字をもらったのは、アイツのように真っ直ぐで心高くあるようにだ。わかったな」
「うん! いちねんせいに、なるんだもん」
「あら、貴方? もうそろそろ時間でしょう?」
この家に住むようになって五年。
高馬は望み通り、早く大きくなっていたの。今じゃ幼稚園のクラスの誰よりも大きいし、小学生に間違われるほどよ。元気で、でもちょっと泣き虫なのだけれどもね。
来年の為のランドセルを背負って嬉しそうにしている高馬に、仕事に出る前のあの人が言っているの。どこまで幼稚園生に理解できているかなんてわからないけれど、高馬はとても楽しそうだった。
その日は土曜か、何かの行事でお休みだったか、高馬は幼稚園ではなくうちにいたのよね。私の姿を見てあの人が声を上げるわ。
「葉子、大丈夫!? 具合が悪いって……房ちゃんに今日は母屋で寝るように言われたのに」
「やーね。ただの立ち眩みに寝床なんてもらってられないわ。高馬も今日は居るし、私は元気だけが取り柄なのに」
「無理しないって。寝てなよ。高馬、房ちゃんの言う事聞いて、良い子に出来るな?」
「はーい。こーま、イイ子にしてまーす」
この所、体調がすぐれなくて、皆にちょっと心配してもらってたわね。
「おい、おんま。居るか? おやぁ、葉子さん寝てなくて大丈夫かよ?」
「今、説教してた所。今日、八雲さんが来て診てくれるって。で、なぁに。投げ槍」
「ちょっくら現場を変わってくれないか?」
「急にどうした?」
何かあったらしくてタカさんはうちの人に予定と違う現場に行って欲しいと頼んでいたわ。
「……てぇわけだ。班長が欲しいんだと。俺が行く気だったが例の発注の件で今日出かけなきゃなんなくなっちまって」
「うーん。良いけど。俺の穴には誰か入ってくれるの?」
「そこんとこは大丈夫だ。後剣に貸してもらったヤツと刀流が入ってくれる。お前ぇの力分だと二人は要るからな」
タカさんの息子さんである刀流さんは数年前に『彼女が居なくなった』と騒いだり、一時失踪する騒ぎもあったけれど。この所は落ち着いて工務店で働いていて、高馬も『刀流兄』って慕ってたわ。
「何? 後剣トコに酒で貸し出してもらったの?」
「まぁなぁ」
「その時は投げ槍のおごりだよね? じゃ、今度は俺も行くから。さ、葉子、高馬、行ってくるからね」
「お前はウワバミだからなぁ〜じゃ、いってくら」
今度の飲み会の話をしながらタカさんとうちの人が出て行くの。
「いってらっしゃーい、とーさん、おじきぃ〜」
高馬の声に見送られながら、玄関先で二人は左右に分かれ、現場に向かったの。それが生死を分ける道とも知らずに。
「大丈夫? 葉子さん?」
「ええ、ありがとう。房子さん」
側では高馬がたくさん鶴を折ってるわ。こないだ教えたのをやっと覚えてくれたみたい。
私は半ば無理矢理、お布団に押し込まれていたわ。
「ねぇ、葉子さん? おんまさんと仲良くしてる?」
「仲良く? ええ、房子さんとタカさんも喧嘩はしないわよねぇ。口は悪いけれど、タカさんは奥さまが好きでならないって感じだし」
「あの人はそう言う人なの。で、そういう意味じゃなくて。夜よ、夜」
「まぁねぇ。そっちはどうなの?」
「え? 優しいわよ……じゃなくて。もしかしてこの頃……」
その時、電話が鳴るわ。いつも聞いている置き電話の音が、大きく聞こえた気がしたのは何故だったのかしら。房子さんは話を折ると、電話を取りに出て行ったわ。
「どうしたの、貴方ったら、そんなに慌てて。ど……怒鳴らないで。聞こえてるけど、何を……」
房子さんの声が聞こえて来るわ。相手はタカさんみたいだけれど、何だか揉めてるみたい。部屋から出て行った私に房子さんが青ざめた表情で言うの。
「落ち着いて、聞いて。葉子さん。現場で屋根が落ちて……おんまさんが潰されて……たぶん……」
「……あの人が?」
私は少し引き攣りながらも笑うわ。
「冗談がきついわ。あの人はトラックでさえ曳くほどの力持ちなのよ?」
「その……屋根に潰されかけた他の人を逃がすために支えになって…………」
すうっと目の前の灯りが無くなる様な脱力感。すぐに走ってあの人の所に行きたかったけれど、体が上手く反応しないの。高馬が心配そうに見上げるわ。
「とにかく待ちましょう? 必死で掘り出してるらしいから」
房子さんに支えられて布団に倒れ込むの。
「熱があるかしら? 葉子さん。氷枕を作って来るわね?」
彼女が部屋を出て行った後、慌ただしい足音が響いて玄関が開くの。タカさんがあの人を連れて帰ってきたのかもと思った私が、這うように廊下に出るわ。
「アレはだれ?」
高馬は雪崩れ込んで来た複数の男達を見て怯えたようにそう言ったの。私は咄嗟に息子を抱きしめる。
「何ですか? 貴方達。うちの人の関係者、ですよね」
そこに現れた男達の影はうちの人と同じ、とても厳つい顔と姿をしていて。でも表情は鬼のように固く冷たかったの。
「うちの人、だと? 言っただろう。和馬を思うなら離れてくれと。和馬は土御門を変える男だった。それなのに……」
「私達は何も間違っていません。この子の為に、静かに生活しているだけよ。何も間違った事などしていないわ」
「うるさい! さ、その子を渡せ」
「いやっ。何を言ってるの? この子は私とあの人の……」
「か、かぁさん!?」
たくさんの男の手。息子を奪われて押しつぶされそうになるの。私は必至で縋ってそれを捕まえる。気分が悪くて眩暈がするの。何が起こってるのかわからない。
あの人は来ない、今、瓦礫の下で必死に戦ってるはず。生きてる、きっと生きてる、だから私は……
裸足で玄関の先で男達に取りすがる。高馬が私を呼んでいるから。房子さんが気付いて何か叫んでくれているけれど。何の効果もなく。
「高馬! こうまっ、私の、私達の子よ……」
「ちっ、刀森という下流の女に土御門の血を任せられるわけはないだろう。和馬は……死んだ。もうココに置く理由はない。『二人』共あるべき場所に連れ帰らせてもらうぞ」
がつん、と、誰かに殴られたのか、腰の辺りに鈍痛を感じて。地面に倒れて砂を噛む。それでも自分の子の名を呼ぶの。
「返して、返してッ! 高馬をっ」
「な、何をしてやがるっ! 貴様ら、おんまも何処に連れて行きやがったっ」
タカさんの声、飛びかかろうとする彼。でもその足が止まるの。
「葉子さんが、葉子さんが……血、すごいのっ。タカさん!」
それは房子さんの声。
高馬を乗せて走り去る車の音。
「こりゃ、マズイ。し、しっかりしろ。葉子さん。房子っ、八雲さんを早く呼べっ」
「はい」
「タカさん、私より高馬を、お願い。高馬を……」
私が何なの? 高馬が連れて行かれるの。あの人もどうなったの?
わからない。
何も。
頭が痛い、お腹も腰もズキズキとする。
「女の子、だったわさ」
気が付いたら、時間が経っていた。
また高馬を生んだ後のようにずっと寝続けていたみたい。でも目覚めても、あの時のようにあの人の姿はなかったの。
タカさんが電話をかけに外した隙に、うちの人の遺体は掘り出され、連れて行かれてしまったの。高馬も、戻らなかった。
そして八雲さんの言葉と、目を伏せた房子さんの態度にやっと気付いたの。
「私、妊娠してた?」
「凄い出血だったからさ、もう、葉子も無理かと……」
あの人が死んで、高馬も居なくなった。知らぬ間に居たお腹の中にいた子も。
「……何も、なにもなくなっちゃったわね。私以外……どうして私、ココに居るの? 家族は誰も、残ってないのに」
涙が落ちる。
母に捨てられて、欲しくて欲しくてたまらなかったけれど、手を伸ばし損ねた家族と言う形。その温もりをあの人から貰った。その全てが腕の中からすり抜けてしまったのを感じて。
それでも泣く元気がある事に腹が立って、奥歯を噛みしめる。
「葉子さん、私達は家族よ?」
そう言って房子さんが渡してくれたのは、高馬が折っていた鶴。
まだ隅の方が綺麗に折れてないけれど、上手になったって褒めてやる暇もなかった事に涙がまた落ちる。
「今、ぎょぎょ君が面会や親権について戦ってくれてる。あの家で待ちましょう?」
そう言ってくれた房子さんが、事故で刀流さんと亡くなるのは数年後の事。
居なくなってしまった者も含めて、あの家に住む者は家族。
何とか踏みとどまり、生きて行くのが生者の役目。
房子さんが亡くなって、その顔も忘れ、息子を助けられなかったタカさんと。
あれから十数年、今もうろなの裾野の片隅に。私は生きているわ。
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うろなの雪の里(綺羅ケンイチ様)
http://book1.adouzi.eu.org/n9976bq/
後剣様のお名前をちらり
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この回は何故かはさんで一話前のユキがパンを食べて帰宅した話に差し替わっていました。
故意にしたものではなく。つまりはバグです。
来ていただいたのに読めなかった方は本当に申し訳なかったです。
当方バックアップがなく、
画面メモをいただきました小藍様。ありがとうございます。
本当に女神様です! 感謝です。
今度から保存はかけようと心に決めた桜月でした。ただ保存かけた分が差し替わっていたら目も当てられませんが。ガクブル…




