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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
11月16日

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235/531

電話中です

llllllll

今日は賀川を追います。

llllllll

 







『ゼリーみてぇに全然力が入ってねぇし、氷みてぇに、固くて冷てぇな……』



 風呂場で、俺の左手が触れた際のレディフィルドの言葉を思い出していた。

 力が入っていない割に骨や神経が軋んで動かず、うまく血さえ通っていないような俺の左手の感覚を表している言葉。それは俺に現実を突きつける。

 もう、期日は迫っている。

 式の後に頼まれている『お楽しみ会』用の鍵盤ハーモニカを睨みながらそっと指を置いて、吹きながら弾いてみる。

 右手は動く。鍵盤ハーモニカ……これは別にいい。片手で事足りる。が、結婚式の入場曲、こればかりは片手というわけにはいかない。

 皇さんに気功を頼むことも考えたが、この前と違い八雲さんの治療と鈴木の薬剤調整、アプリと言う少女の薬品をもってしても、すぐに治る状態ではない。それをそう簡単に癒せるとは思わないし、癒せるとしても、そうしてもらえる義理は何一つなかった。

 篠生の言った『誠のピアノに触れれば弾けますよ』そんな言葉に縋ってみたいが、誠のピアノ? じゃ、お前は何者だよ、……本当にアイツ意味が解らない。

 それでも俺は。

 今日、やっと少し自分の怪我をネタにレディフィルドと笑えたから。その勢いで清水先生に『断り』の電話をかけることにしていた。



 でも、ナンバーを探す手元は、右手だというのに、今の左手並みに重かった。



 相手をコールする、Gの音が鼓動に重なる。後にしよう、やっぱり、もしかしたら、明日は弾けるかも……ありもしない幻想に電話を切りかけた俺に、電話は『世界一、幸せな男』に窓を開いた。

『めーずらしいねぇ、賀川君から電話とかぁ~あ、司さん、米は電話が終わってから運びますから~で、何?』

 底抜けに幸せテンションの清水先生。家で何か手伝いしていたらしい。

『じゃ、後から頼むぞ。で、誰だ?』という司先生と、遠くで梅雨ちゃんの声も聞こえる。

「すみません、忙しい時に」

『いいよぉ~賀川君ですよ~その後、ユキちゃんを押し倒せた?』

「それは教職の人が言っちゃダメですよ」

『かがわ? ああ、そう言えば今日の昼に葉子さんに会ったぞ?』

遠くで司先生が清水先生の台詞に反応して答えるのが聞こえた。

「それより結婚式でピアノ弾いてほしいって、ユキさんに聞いて引き受けたんですが」

『うん? ああ、楽しみに……』

「いや、その」

 断るんだ、断らなきゃ……そう思うのに。

「もしかしたら」

 もう『もしかしたら』じゃないのに。

「断らなきゃかも、で」

『かも』、じゃ、ない。

 俺は『断ろう』としたのに。つい言葉を濁して。そのまま言葉を紡ぐ。

「その日の式場、ホール担当の鹿島さんに聞いたら、いつでも代役は用意できるそうなので……」

『え? 『もしかしたら断らなきゃかも』って? え? 俺達の結婚式、出られなくなった?』

 清水先生の声が淀むので、俺は否定して、

「いえいえ、参加はさせてもらいますが。ピアノは……」

『えー何? ほら例の中学校のピアノの狂い、ハイシ―? それ、賀川君の言ってたのビンゴで。その距離で聞き分けたって話したら、業者の人がうそでしょーとか言ってたからぁ。耳は本当にいいんだなって思ってて、弾いたのも聞いてみたかったのに。式場のピアノ、プロ仕様の結構いいやつらしいよ?』

 良いピアノ……聞いただけで『弾きたい』……『まこと君』との約束を思い出した俺には、そんな気持ちがコンコンと湧くのに。



 俺の指は動かない。



 今から頑張ってもプロになれない事はわかっている、それでも彼との約束を思い出し、『弾きたい』気持ちは満ちていた今なのに。

 でもこの腕一本で守れるものを守った、だから仕方ない。そう思いながらもユキさんに怪我がばれたくないと考え、ピアノを弾けなくなった事を後悔してる女々しい俺。

 やっと、少しこの怪我を笑えたからと電話をかける事も出来たが、すっぱり『出来ない』『弾けない』と言えないまま。

「……その、代役を立てる場合、お金はお支払いします」

 俺は『立てる場合』じゃなくて、立てなきゃいけないのにまだ歯切れの悪い言い回しをしてしまう。相手にとっても迷惑だろうと思っているのに、『弾けない』と言えない。『もしかしたら』と淡い期待を抱いてしまう。

『いや、そういう意味じゃなくて。どうかしたの?』

 笑っていたはずの清水先生が、深刻な感じに気付いたのか、声のテンションが変わる。俺は逆に明るく、

「……で、出来るだけ努力しますから」

 そう言って電話を切り、長い溜息を吐く。

 本当は『努力』で、もうどうなるモノでもない。それでも『弾けない』ときっぱり言えないのは、弾きたいからだ。ユキさんを助けてくれた二人の為にも。自分の為にも。

「けど、さ」

 考え込む。そして俺の聞こえすぎる耳は、こっそりその場を立ち去ろうとする足音を聞き逃さなかった。

「……と、言うわけだから。俺、ピアノは弾かないかもしれない……いや……」

 すぅっと襖があいて、白髪の少女が部屋に入ってくる。襖を閉めるとオドオドと、聞いてはいけない事を聞いたしまったといった風に目を躍らせる。

 こないだ、何故か夕食の時に葉子さんが作ったというピンクのワンピにエプロン、ウサ耳メイド姿のユキさんだったのだが。その時以上にオドオドしていてその仕草に俺は和んでしまう。

 でもユキさんは真剣に、

「あの、どうしたんですか? 何かあったんですか? 私、わかってなくて、ピアノ弾いてって頼んだりして迷惑だったですか?」

「違うんだよ。ユキさん。俺、今、本当にピアノが弾きたいのに、弾けないんだ」

「冴さん、あの子は『気持ちを入れて弾くと、自分の奥底の何かで、指がとまってしまうの』って言ってました。だから弾けないんですか?」

「そうじゃなくて、機能的問題……左手が壊れたんだ」

 彼女にそっと近寄って、左手でその頬を触る。きっと冷たいのだろう、背筋が冷えたような顔で俺を見た。このまま、本能の赴くままに彼女を撫でまわし、手に要れたら、楽になるだろうか?

「そんな事しても何にもなんないんだよ。ね、ユキさん。キスしてくれる?」

「へ?」

「そしたら、弾けるかもだよ?」

 悪戯にそう言ってワザとに明るくして見せる。今日の昼にレディフィルドとお互いをからかい合って触れたノリで。だが、それは、間違いだった。

「えっと、えっと、そんなんで弾けちゃうんですか? じゃぁ……」

「え、え、ええっ! ちょっと待って、じょ、冗談だよ! ユキさ……」

 真に受けたユキさんは俺に顔を寄せようとして、でも顔を真っ赤にして俯く。まさか本当にするわけないよね、そう気を抜きかけた俺の左手をぎゅっと握ると、

「治りますように!」

 そう言って俺の左手の指先にキスの感触を残し、

「えっと、えっと、こ、これで治りますよね。お、おやすみなさい!」

 ユキさんが襖を開けて出て、ぱたんと閉めて駆け出して行く。残された俺はよろっとしてベッドに腰掛ける。

「これ、俺、自分で首を絞めた? 断れないじゃん、これじゃ」

 キスしたら怪我が治るなんておとぎ話でしかない。そんな事あるはずもないのに、そんな事をしてくれた彼女の可愛さに俺は答えられない自分を笑う事しか出来ない。

「ピアノは弾けなくても、あんな可愛い子、守れないなら男じゃないよな。俺」

 そう、一人、心に強く呟いた。


lllllllllllllllllllll

キラキラを探して〜うろな町散歩〜 (小藍様)

http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/

レディフィルド君(名前のみ)


悠久の欠片(蓮城様)

http://book1.adouzi.eu.org/n0784by/

古本屋のご主人、皇悠夜さん(名前のみ)


"うろな町の教育を考える会" 業務日誌 (YL様)

http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/

清水夫婦。梅雨ちゃん。結婚式がある設定を。

鹿島さん(その日のホール担当でよかったですか?)

夫妻にはご迷惑おかけしてます。

そしてYL様にもいろいろお世話になりました。

コラボの際はまた連絡いたします。

よろしくお願いいたします。



では少し時間を巻き戻して、この日の葉子の動きを追おうと思います。

二回になる予定ですが、まだ書きあがっていませんので、

更新不定期になるかもです。


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