表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
11月13日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

233/531

訓練後です

lllllll

だるい。

lllllll







 音の訓練中、具合を崩して倒れて。疲労困憊ではあったが、少し休んで持ち直したので車で帰宅した。駐車場の重機の隅。工務店の人達の個人車と一緒にそれを止める。

「着いた……な、お前、いつまでついて来るんだ?」

「るっくーぅ」

 頭や肩、座席にと移動しながら、何故か俺について来てしまったドリーシャは俺に返事を返しながら、首を傾げた。



 冴姉さんは魚沼先生と今日から商店街の事務所三階の新居に移り住んだ。

 急にやってきたカトリーヌこと、香取神父も結局今日の朝まで居て、何だかとてもユキさんと楽しそうだった。

 ただ、今日からは三人も減って寂しくなるだろうから、ユキさんの相手をした方がいいかもしれない。

 でも疲れた所は見せたくなくて。

 俺はハンドルに凭れ掛かって丸まる様にして、少しでも気力を回復する。ドリーシャが俺の後頭部に座って丸くなる。爪を立てたりしないで、やわやわと首筋に鳥の体温が温かい。

「お前、俺を癒してくれてるつもり? 確かに気持ちいいけど、さ」

 胸毛の柔らかさと生き物の熱を感じながら、左手をじっと見る。うまく動かない指。丸く固める事は出来ても人差し指一本、立てるだけで、数秒を要する。痛みはない、ただ一本ずつに対しては命令がなかなか辿り着いていない感覚。重い物を支えたり、日常生活するのにも支障はないけれど。

「これ、人を殴るのには事欠かないな」

 流石に鎖に付いた重石で殴られては、不思議な布切れでは耐えきれず、ラッシュによって最後には皮膚まで突き破り、神経がブチ切れたのだろう。それなのに、こうやって時間をかければ指が動く事の方が上等だ。

 この指では今月の三十日の先生達の結婚式にピアノを弾くのなんて無理だ。でも、ユキさんに言えずに、そのままにしてしまっている。

「金を出せば、モールで代役は頼めるらしいし……」

 ドリーシャが急に俺から降り、横の座席に隠れる。

 こんこん。

 そして突然、窓ガラスが叩かれる。

 そこに立っていたのは篠生 誠、俺の幼馴染の名と同一を名乗る男だった。車の扉を開けようとして開かないのに焦る。鍵は開けているハズなのに。彼は猫のような目を更に細くニッコリとしてから、指で俺に窓ガラスを開けるように指示する。

「玲様、こんにちわ」

ドリーシャが慌てた様に窓の隙間から急に出て行く。篠生はそれを面白がるように見た。ドリーシャは恐れを感じたかのように、体を震わせ、飛び立っていく。いつぞや俺は『鳥さんに、鳥さんに。好かれる人に、悪い人はい〜ないっ♪』と、少女に言われた事を思い出して。その原理で言うなら、ドリーシャには篠生は悪い人に見えたのだろうかとふと思う。

「お前、一体何者なんだ。何故俺の幼馴染の名を語る? 本人じゃない、よな?」

「おや。思い出したのですね。『彼』を」

 俺は開けた窓の外に腕を付き出し、叩こうとしたが、扉に阻まれてそれは適わない。

「私は確かに篠生 誠ではない様に見えて、やはり彼なのですよ?」

「意味わかんない事言ってないで、真実を言えよっ」

「そんなの……」

 彼は言葉を溜めて俺を見る。細い目を見開いて、そこにあった瞳は金色。そして暗く縦に開いた黒い瞳孔。人間と言うより、猫か狐か。

「簡単に分かったら、おもしろくないじゃないですか? 玲様」

 だがそれは目の錯覚だったのか、瞬きの後に見えた瞳はごく普通だった。そのまま細くにんやりとさせると、

「左腕、派手にやったみたいですね」

「関係ないだろう?」

「ツレナイですね。一緒に『世界』を誓ったのに」

「どこ、で、お前……」

「だから私は彼なのですよ。これでも音大の助教授になれるくらいには頑張ったのですよ? 彼にはまったく劣りますがね」

 イラッとする。

 忘れていたとはいえ思い出した今。幼き頃の『親友』を語る彼が、本物でないなら、この拳を叩きつけたい、何故そんな事をするのか聞きたいと思うのは間違いだろうか?

 そんな気持ちを知って知らずか、ヤツは話を切り替える。

「今回はですね。そろそろ前に話していた『情報源』が来ると教えに来たのですよ」

「じょうほうげん?」

「ええ。それからその腕を治してあげようかと思いましたが、触れでもしたら殴られそうなのでヤメテおきます」

「な、治せるのか?」

「頭を下げて、きちんとお願いしてくれたら、考えても良いですよ?」

 頭を下げて片が付くならそんなモノは別に俺の中では何でもない事だ。辛酸ならば子供の時から舐め慣れている。不条理の中の不条理は俺にとって常識。

「お願いします。この左手を治して下さい」

「……貴方ってヒトは」

 ふっと笑ったその表情に、彼に治す気はないのを見て、俺は頭を上げる。

「治す気の前に、だいたい治るワケないよな」

「そうですね、奇跡でもない限り無理かもしれません」

「そんな物この世界には転がってない」

 そう言い放った俺に対し、篠生と言う名を語る男が笑んだまま、

「でも貴方が再び『誠のピアノ』に触れたなら、その指が動くかもしれませんね」

「誠のピアノに触れる?」

 意味がわからない言葉。理解できないそれに、苛立ちを募らせて再び拳を振るうと、それを軽く受けてそっと両手で俺の手を握り、

「どんなに長く生きても百年の命なのだから、もっと楽に生きればよい物を」

「短いからだろう? だから、想いを遂げようと焦るんだよ。お前だって、そうだろう?」

 そう言うと、ただ笑って、その場を離れようとする。まだ、聞きたい事は山とある。引き留めようと降りようにも扉は開かないままだから、エンジンをかけて追おうとするのに、セルが空回りするだけでエンジンがかからない。

「ちっ、どうなってるんだ?」

 もう一度扉を開けると、次は軽く開いた。

「篠生っ!」

 それしか呼ぶ名がなくて、そう呼んで追いかけたがもう姿を見つける事が出来なかった。

「どうした賀川」

「あ、抜田先生……篠生、来ませんでしたか?」

「いや」

「篠生 誠って俺の幼馴染にも同名の子がいるんです。でもあいつとまこと君が同じなんて思えないのに、アイツ、誠と俺の事を知ってる……」

「お、幼馴染、だと? い、いろいろ調べてはいるが、あいつの正体はよくわからなかったんだが」

「篠生 誠、彼のピアノに触れたら俺の指が動くと、ヘンな謎かけして行って。音大の助教授とか、本当なのかもう……」

「その点は嘘じゃない。本当に席がある。もともとは帝都音大の生徒で主席で卒業して、副教授に抜擢されたらしい。ただその前がハッキリしなかったんだが。お前の幼馴染、か。小さい頃がわかればそちらから辿って……」

「頼めますか?」

「そういうネタ集めは得意な奴がうろなに来る予定がある。頼んでみよう」

「お願いします」

 俺は深々と頭を下げた。

「この指が動く? いや……」

 本当に動くかなどとは関係なく、いずれ奴の正体が、そしてまこと君が今、何処でどうしているのか知りたいと思う俺だった。


キラキラを探して〜うろな町散歩〜 (小藍様)

http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/

ドリーシャ また、シャボン少女の台詞を。


"うろな町の教育を考える会" 業務日誌 (YL様)

http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/

結婚式がある設定を。


お借りしました。

問題があればお知らせください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ