訓練中です2(汐ちゃんと:謎の配達人)
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義兄を引き留めてみる。
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魚沼先生。数日前に義理の兄になった男。
薄い髪にスーツ、そして金バッチという、どう見てもカッパと言う生き物に似た、容姿的に残念な人だが。
こう見えて剣道の腕があり、底瓶眼鏡は目を矯正しているのではなく、逆に視力を落とすためと聞いている。見えないでいいものが日常生活でも見える、それを見ないための道具という。
「今、さっき休憩中に、汐ちゃんが『聞こえない音』でも、目で『見える』って話をしていたんです。だから魚沼先生も見えるかと思って……」
「ぬぅ。わからん事もないが。そんなものずっと見ていたら気が狂う。言っておくがオカルトではないぞ?」
そう前置きをする義兄の顔が少々オカルトだが、それは置いておく。黒い瞳が今、何を捉えているのかわからないが、彼は出来るだけ俺に理解できる言葉を選んで説明してくれる。
「そこにあるんだ、見えないのは人間だからだ。見えないからと言って『ない』訳ではない」
「見えないからと言って、見えない訳ではない?」
「ああ。紫外線や赤外線が見えないからと言って無いか? 答えは『ある』だ。昆虫や動物によってはそういうのが見える目を持つ者がいるが、それが稀に見える人間もいる。わかるか?」
「はい、何となく」
「……お前は耳が良いだろう?」
俺は犬が拾うような高周波の音源や恐ろしく低い音、小さく遠くの音を拾う事が出来る。集中して選り分け、完全シャットアウトなら今は苦はなくできる。今やりたいのはその音の中でも自分に不快を与える音のみを選択して耳に入れないようにする事。こんな事が稀であるのはわかっていたので、頷いた。
「お前はその耳で聞いた音が、視界に反映されたり、匂いや、味覚、あるいは触角に反映されたりする事はないか?」
「耳で聞いた音が?」
「例えば……ユキ嬢が描いた絵は普通なら『見る』だけだが、お前なら音、音楽に還元されるのではないか? そしてこの少女は音を耳で聞けずとも目で見られる、言いたいのはそう言う事だろう?」
魚沼先生はそれだけ言い残して立ち去る。
「お待ちくださいませ、鉄太様ぁ」
「うぬ」
差し出される義兄の小さいが太い指。重ねられる細く白い姉の手。
その二人の左指に輝く、とても細く小さな白金の指輪が、無言で二人の大きな幸せを表現していた。俺は……本当に納まるべき所に納まった事を喜びたいと思う。
「じゃあね。あきらちゃん。」
凸凹夫婦を見送っていると、レディフィルドが不思議そうに、
「姉ちゃんの方が、あのおっさんに気があんのかぁ~」
「ああ、わかるか?」
「ふ~ん。世の中、顔だけじゃねえんだなぁ〜」
「魚沼先生、剣道達人だし、弁護士だし、学も教養もある。顔や容姿だけが難あり品なんだ」
その時、俺の耳に、『今、何か言ったろう?』という魚沼先生の声が聞こえ、背筋に寒い物が走る。
見ると振り返って冴姉さんが手を振っている。
だがその隣に居る魚沼先生が大声を出した様子はない、俺の耳が良すぎるのを知った上でそうしてきたのだろう。走った悪寒はレディフィルドの笛とは違うが、また別の嫌な感触がした。
姿が見えなくなると、俺はふうと息をついて言われた事を咀嚼する。
「音は、聴覚だけではなく他の感覚にも影響を与えているって事か?」
俺はユキさんの絵を見ると確かに音楽を感じる。音で現実から幻想へ逃げていた経験もある。
「音が耳に入る前に、目に見えるなら……」
「何言ってんだ? 訓練再開するぞぉ。あきらちゃん! 何せ破壊的な音楽の才能の持ち主だからなぁ」
「あき……ちょ、それは使うな、レディちゃん!」
「そ、その名で呼ぶなと何度も!!!!!」
お互い名前のコンプレックスがあるのに気付いて言い合う。
二人で取っ組み合いになりかけた所を、『仲がいいねぇ』と言いながら、汐ちゃんが取り成してくれる。十歳の女の子に取り繕ってもらう大人な俺達って情けない。
「まあ、いい。レディフィルド、試したい事がある」
「よくねぇ。頭下げろ……って下げてるし、お前……」
「頭下げるくらい、何でもない。だが『靴舐めろ』は遠慮する。で、汐ちゃん、協力してくれないか?」
「え? 汐が何かするの?」
とりあえずレディフィルドにいたずらに笛を吹くのはやめさせる。今日だけで何度、フェイントで吹かれて死にかけたか。
「レディフィルド、頼む。汐ちゃんも……」
「おうよ!」
「うーんできるかなぁ」
俺は今まで身構える為と耳を澄ますために閉じていた眼を開け、ただ後ろを向く。汐ちゃんも俺と並んで同じ方向を向いている。
音が、鳴る……
何回も。
試してもらう。
「二人ともメモを取ったら、もう一度」
俺はひたすら耐え、もう涼しいはずの気温にも関わらず、シャツ一枚で汗だくになりながら、汐ちゃんの動きを追っていた。
「大丈夫? そろそろいいんじゃ……お兄ちゃん、これでいいのかな?」
「ああ、ありがとう。やっぱりだ……」
俺は結果を見て頷いた。
汐ちゃんにはレディフィルドの笛の音が視覚として『見える』という。
それを『キラキラ』と呼び、その形は様々らしい。大きい小さい、ガタガタなどそのイメージを紙に一度ずつ、ザッとメモってもらっているのを眺める。
レディフィルドには吹いた音を三段階で表示した紙をもらう。
「これって……」
「そう、だいたい一致している」
理解は難しかったが、自分だって音楽を聞けば作曲者の心に触れたり、意味のない音にもその世界の隙間に自分をすべり込ませて妄想を描く事がある。
見え方や言い方に微妙な違いがあれど、汐ちゃんはレディフィルドの音を視覚でハッキリ〈上〉〈中〉〈下〉を見分けていたのである。
「だから……何だって言うんだよ?」
「汐ちゃんが視覚で『音』を捉えたら手をあげてもらっていただろう? 流石に上げきった時には俺の耳にも音は入ってきているが、上げようと汐ちゃんが指が動くのは俺の耳に音が入る前だった」
「えー? じゃあ、汐が一番早く音に気付いてるの?」
「吹いてる本人の次にって事だけど」
「すげぇんだな、汐」
「へへー褒められちゃった」
「耳に音が入るのは距離があるが、汐ちゃんの視覚になるのは音が出始めた瞬間だ。その時間は測定する事さえ難しいだろうけど、耳に入らない様に絞る時間に充分なりうる、はずだ」
俺はその結果を導き出すのに散々体力と気力をすり減らしていた。耐えられなくて、砂浜に背を丸めてゼイゼイ言いながら噎せてしまう。でも何かが見えそうな気がした。
「ねえ。何だか今まで以上に顔色悪いよぅ。賀川のお兄ちゃん」
「汐がお前より先に見えても、探知機代わりに連れ歩く訳にゃいかねぇだろ? どーすんだよ?」
俺は肩で息をしながら、
「俺も見えないワケじゃないみたいだ、ただ今は耳に入るより視覚化するのが遅いし、見えるのが……どう見ても死神が鎌振り上げてる感じなんだ。〈上〉だと鎌が降ろされて……心臓が……ヤバい」
「おっ前、まさかっ……今までの、一回も遮断してなかったのかよっ!?」
「は……はは。暫く聞きたくねーーーーでもやんなきゃあ……」
今まで遮断で堪えていた音をずっと聞き続けて。動悸が収まらない、オカシイと思った瞬間に俺は昏倒したらしく。
ココから三十分くらい意識が戻らなかったようだ。
「何やってんだよっ! 賀川っ!!!!!!」
その台詞で起きた俺を昏々と説教するレディフィルド。つい真剣すぎて思わず笑う。
「俺の事、そんなに心配か? レディちゃん」
「っ! あきらちゃん、お前はっ~!」
と、〈上〉を吹き鳴らしやがったので、起き上がってガクガクと奴を揺らす。やっぱり安定の位置でとまっていた肩の白い鳥が、思い切り俺の額を突くので飛び下がる。
「殺す気か!」
俺はさっと距離を取って文句を言った。
「賀川! お前っ殺させる気かって、俺様が言いてーよっ!」
「それもその鳥、痛ってー」
「し、心配したんだからぁっ」
それだけの動きが出来るなら大丈夫だろうと言うレディフィルドとの間に、汐ちゃんが割って入る。そして俺の額に絆創膏を貼ってくれた。更に頭に一羽、鳥が舞い降り、クルクル鳴いた。その音が、まるで心配を示すように。俺の心に響く。
「ドリーシャ……」
「くるっ……」
頭から肩に移動し、そして俺の耳や頬にすりすりと頭をこすりつけて来る。
本気で額に穴を開けてくれたレディフィルドの肩に居る白い鳥、この額への突っ込みも、心配から来るモノで。レディフィルドが投げてくる青い視線も、そして涙ぐんでる汐ちゃんも。全てに心配が含まれているのを見て、俺は下を向く。
「済まなかった。ごめん。気をつける」
俺は素直に謝った。
実際、焦っているのだ。上手く動かない左手の指、ヘンな音を拾う耳、ユキさんがいつ何者に攫われるかわからない状況で。
こないだの足の件にしろ、何にしろ、何故俺はこう間が悪いのだろう?
「イライラすんなよぉ~カガワ」
「わかってる」
以降の訓練は、無茶をしない事を条件に進めると言う内容で、今日の所は解散となった。
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はい、無茶し過ぎて倒れました。笑
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キラキラを探して〜うろな町散歩〜 (小藍様)
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
汐ちゃん。レディフィルド君 ドリーシャ
面倒な賀川が世話になってます。
よろしくお願いいたします。




