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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
6月24日

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説得中です


まだ24日。

 






「意味、分かりません」



 この台詞がユキさんの口を突いた少し前の事。

 美味しいケーキを食べてご満悦のユキさんを連れて、電話で指定してきたタカさんの家の敷居を跨ぐ。

 それより何より、玄関口でタカさんの右ストレートが降ってきて、まあそうなるだろうと覚悟していたから、ヘタに避けたりしないようにして立ち尽くす。当たったら痛いだろうな、そんな拳が鼻っ面を捉えていた……ハズ。

「おめえ、なめてんのか?」

 いいえ決して。

 電話の時と同じ凍結した声に、俺は首を振る。タカさんの拳は鼻先で寸止めされていたが、怒りを込めているのか震えている。

「ここまで拳が来て瞬き一つしないのは、避ける気がないのか、余程鈍いかのどちらかだ」

「じゃあ、俺、鈍いんですかね?」

 タカさんは俺の胸の辺りに強く拳を押しつけ、耳に口を近付けると、

「ビビりには用がない。欲しいのは使えるコマだけだ」



 タカさんはそれ以上追言せず。

 ユキさんはきょとんとして何が起こっているかわからなかったようだ。ただその場が収まったとみて、一週間前の森で助けてくれた時の事にタカさんへお礼を言う。タカさんは先週殆ど病院には顔を見せていなかったからだ。

「……まあ、いい。嬢ちゃん、いや、ユキ、俺の娘になれ」

「はい?」

 礼を言っていたユキさんの顔がまたきょとんとする。俺も唖然とする。インパクト的にはある意味『結婚してくれ』以上じゃないか。



「おーい、投げ槍~話が飛び過ぎだろう?」

 後ろに大柄でどこかで見た事のある様な顔が出てきた。偉そうな態度が板についたその男の顔は、確か元衆議の抜田ではなかっただろうか。何故ここに居るんだろう?

 その横に葉子ようこさんと呼ばれている、この家の家政婦さんが顔を出す。年の頃はタカさんより若い感じだが、本当はどのくらいなのか。

「ほら、入ってもらって。この子が森の中に居た女の子? 本当に毛色が違うのねーでもまぁ可愛らしい娘さんだわ。で、賀川さんは宅配届けに来てくれたのかしら? もしかして今じゃ人も宅配できるの?」

 葉子さんは本気が冗談か、宅配に来たのかとそう聞いて来た。帽子は被っているが、私服なのに。俺はユキさんを置いて今は引き上げた方が良いのか、事情説明の為に残るのか、迷っていたが、

「違ぇよ、葉子さん。今日は『客』だ」

「あら、そうなのぉ? 入って、お茶を出すわ」

「茶は良いから、若え奴に、帰っても食堂や居間には来るなと伝えておけ。葉子さんも済まないが」

「四時半には台所を始めたいんですけど?」

「それまでには、話をつける」

「わかりました」




 タカさんのうろな工務店がある商店街は電車駅で言うと西うろなが近いが、自宅は別にうろな裾野の方にある。自宅と言っても多い時は三十近くの人数が同居しており、商店街には置けない大型の資材置き場やトラックの駐車も兼ねているから仕事場の色合いも強い。

 個室の離れをもらっているのは長年務めた班長クラスや先程の葉子さん、後数人。残りは雑魚寝状態らしい。それでも宿代取らずにニ食付いていると聞くから、仕事はきつくてもタカさんの体育会系っぽいノリも手伝ってか、居着く職人も多い。

 俺はタカさん以外の、葉子さんや常任の人や、季節工の人、いろんな人に宅急便を届ける。その時、窓口になるのが葉子さんだから、だいぶ顔なじみだ。

 ただしいつぞや、街中ですれ違っても気付かれなかったが。今日だって帽子を被りっぱなしにしてなければ、わかって貰えなかったかもしれない。



「じゃ、ココで待っててね。お邪魔します」

 ユキさんが唐突に喋っていたから何かと思ったら、さっきプレゼントした日傘に喋りかけていたのだった。余程気に入ってくれたらしい。きちんと靴を揃えて入って行く。靴を脱ぐ事さえ忘れそうな俺には、し慣れない所作だったが、それを見習う。



「すっごい、大きい!」

 ユキさんは一枚板で出来たデカいテーブル、それが二つも並んでいるのを見て驚く。

「食堂だ、場合に寄っちゃ、三十くらいの人数が食べるから、ちいせぇくらいだ。ただ今はそっちじゃちょっと広いから、こっちに座れや」

 隣のテレビがある座敷には、ぎょろっとした目の男性が座っていた。小さな仏壇がある、男女一枚ずつ、小さな写真があって、誰だろうと思いながらも、俺は少し離れた入口辺りを陣取る。上げてくれたと言う事は少なくとも話を聞いても良い、または説明と弁解をさせてはくれると言う事だろう。

 しかし強面のオジサンが三人、俺もそれに入るかは不明だが、部屋には男四人。一人だけ、触れれば折れるような白い容姿の女の子。異様な感じだ。

 だがユキさんはかわらず、ケーキを食べた幸せを感じたままの表情で意に介していない。

 隣に繋がった大き目の台所にタカさんはいくと、白と緑でイラストされた定番サイダー缶をユキさんの前にあるちゃぶ台に置いた。俺にはない、いや別に要らないけれど。



「俺は前田の友達で抜田、こっちは魚沼だ。魚沼は弁護士なんだ」

「オジサマが今日連れて来るって言っていたお友達? あ、そう言えば今日は司先生と清水先生が来るはずだったのに。そう言えば何で目が覚めたら賀川さんの車に乗ってたんだっけ?」

 何回かそこを話かけたけれど、ユキさんはその辺の記憶があいまいになっている感じだったので、俺はあまり触れないままに海での時間を過ごした。やっとその事に気付いた様子。本当にやんわりしている子だ。守ってやりたい、そんな気分にさせられる。

 抜田に紹介された、魚沼と言う弁護士が説明を始める。

「魚沼だ、病院は退院手続きを取り、通院にしてもらった。先生達にはその旨、言って今日はお引き取りいただいた。今から少し説明させてもらう」

 ユキさんはそこでやっと戸惑いを見せる。



 内容としては、タカさんの息子さんとユキさんの母親の子としてユキさんを認め、この時点でタカさんの孫になる。だがそのままではなく、養女として引き取りたい、法的問題はある様だったが、要はそう言う話だった。



 そこで、冒頭の「意味、分かりません」と言う、ユキさんの台詞になるわけだ。

「もし受けられないなら、児相送りになるが」

「え」

 それはほぼ強制ではないだろうか? 児相……児童相談所が悪いわけではないが、ユキさんの望みは森で生活しながら母親を待つ事だ。そんなの、許されるわけもない。

「それに、そんな事したら、まずオジサマの息子さんに迷惑がかかるでしょう?」

「気にしなくていい」

「だって、その人、私が娘になるってそんなの……」

「それを教えてやれたら喜んだかもな。そこだ……もう死んだ奴の事なんか気にしなくていい」

 タカさんのゴツい手が、小さな仏壇を指差す。そこに並んだ写真、男性の方が刀流さんと言うそうだ。随分若い……俺よりも下かも知れない、子供っぽささえ残した笑顔に強めの眼差しは、確かにタカさんに似ている気がした。

 じゃあ隣の女性は誰だろう、綺麗で可愛らしい人だ、俺達の疑問に気付いたのか、

「ソレは俺の嫁だ、たぶんな。二人は仲良かったから、だからって一緒に逝かなくったって良いだろうによ」

 そう答えた後、思い出すように、



「刀流と学校が一緒でな、俺はアキヒメさんって呼んでた」

「え? 一緒って、は、母を知ってるんですか!」

「ああ。だけど暫くしてアキヒメさんはうろなを去った。刀流はアキヒメさんを待っていたみたいでな。逝っちまう前に『俺は待てないから頼む』と言い残してよ。血ぃ流して、痛ぇだろうによ。考えていたのはお前の母さんとたぶんお前の事だったんだ」

 ユキさんは刀流さんの写真を眺めていた。後の二人の男も考える所があるのだろう、同じようにその写真を見やっていた。

「聞いても良いですか? どうして?」

「交通事故だった。なあに、掃いて捨てるほど良くある事だ、大した事じゃぁない」

「良くあるって……」

「それでもな、いつかアキヒメさんに会えて。許されるならば、刀流が最後まで愛していたのはあんただったと伝えたかった。そして今、アキヒメさんを待っている娘が目の前にいるなら、俺はその手助けがしたい」

 確かに日本で、更に世界で考えるならば交通死亡事故など一日に数えきれないほどある。だがそれは他人事だから言えるのだ。大した事ない、そう言えるようになるのにタカさんはどれだけ涙を流したのだろう?

 いや、今も心から血を流しているからこそ、息子の言葉を覚えていて、ユキさんを構おうとするのだろう。

「でも」

「一緒に待ちたい、許しちゃくれねぇか?」

「…………でも、名前、苗字が変わっちゃうんですよね?」

 この話の懸案はそこだった。



 養子となった者の苗字は養親を名乗らなければならない、民法上、そこだけはどうにもならないと弁護士は言った。

 ユキさんは考え込んでいた。

「普通は宵乃宮を名乗っても大丈夫だ。だが戸籍上は前田になるから正式文書には前田姓を名乗ってもらう事になる」

「うーーーーーーーーーーん」

 弁護士がそう補足し、ユキさんはそのまま固まってしまった。



 幾つか皆が声を掛けたが、悩んでいるようだ。一朝一夕で名前変えると言われて頷けないだろう。

 だがそれさえ飲めば、タカさんの所なら、空いてる離れで寝食し、連絡をくれれば森に居る事も確約してくれた。あの家もそれなりに綺麗にしてくれるそうだ。

 それでも手続きは色々とあって今日にでも決着を付けておきたいらしい。そのままでは埒があかないと踏んだのだろう、土瓶眼鏡の弁護士が何故か俺を見る。

「後一つ、方法があるって言えばあるが」

「え?」

「苗字が一度変わると言う事には間違いないし、でも選べるって言う面から行くとそれもアリかと……」

 タカさんはそれを受けて、渋そうに言い放った言葉が、

「そこの男に嫁ぐか?」

「とつぐ?」

「嫁にもらってもらえって言ってんだよ」

「い、意味、分かりませんっ!」

 本日二度目の同台詞が飛んだ。



 待て待て、このおっさん達、何考えてるんだ!

 俺は……告白も何もしてないし、たぶんユキさんにとっては俺は森の樹の一本にもならなくて、アリよりも不要な存在だ。挑戦する以前に土俵にも上げてもらえていない、そんな状態でその話はありえない!

「成年擬制、というのだが。未成年者は親などの許可がなければ職業に就いたり契約を結べない。しかし結婚すれば別だ。君は自由に生きられる。婚姻届は未成年だと親の承認がいるが、行方不明等承認が得られない場合には不要だ」

「ってよ? 賀川さん……」

 良く話が掴めていないらしく、ユキさんがチラッとこっちを見た。これは……どうなんだ、チャンスなのか? いやいや何か詐欺臭いぞ、嫁には欲しいと思ったが、このやり方はフェアじゃないし、望んでない!



 そう焦る俺に、弁護士はにたりと笑い、

「ちなみに離婚しても、成年擬制は残る。そうすれば好きな所に住んで、苗字も元に戻せる、どうだ?」

 離婚するために結婚するのかっ!

「どちらにしても、選挙権とか、飲酒、喫煙などに関しては、成年擬制は適応されないのだが」

 などと、必要とも思えない補足をしている。

 ユキさん、真面目に聞いてる? 聞いちゃってるよ。別にバツイチでも良いか、好きな女の子と偽装とはいえ、更に一時的とはいえ、結婚できるなら本望だ。

 ユキさんが望むなら、それでもいい。

 でもまともな告白とプロポーズくらいは偽装であってもさせてくれーーーーーー



「え、えっと、お願いします」

 ユキさんが口を開く、ちょっと待て、待つんだっ、そう思った俺ではなく、

「娘なのか、孫なのか、良くわかんないけれど、タカおじ様、よろしくお願いします」

「そうか、そうか、じゃあ、善は急げだ、葉子さんに話して離れを用意させよう。こっち来いや、実は布団は買ってあるんだ。よし二間ある方が良いな、寝室とありとえ用に」

「ありとえ?」

 ユキさん、フワフワとタカさんに付いて行く。

「賀川の、悪いな。おめぇとの話はまた後だ」

 タカさんの満面の笑顔に、俺は全てに負けた気になった。



説得は終わったよ。


賀川、負けたね。


押し込みました。

でも最後まで終わらなかった……後、賀川の事情聴取? があります。


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