転5(11月11日:冴と魚沼)
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うろな町に越してみた。
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河原、橋の下、草陰に隠れて見えにくいその場所で、蹲る少年、そしてそれをボールのように蹴る少年が目に入る。そこに片手の指の数の少年に、いじめられる一人と言った構図が出来上がっていた。
「生意気なんだよ、その髪の毛」
「だいたい何だよ、カトリーヌって。女みたいだな」
「やめてよお……私は何もやってないよ? 暴力じゃ何も解決できないって……」
「男なのに『私』だって。前田がいないと何にも出来ないんだろ?」
囲まれた派手な金髪の少年は同じクラスになった香取。他は見た事がなかったので他のクラスの男子だとアタリを付けた。金髪の少年は転校してすぐのそのクラスでも目立っており、学級委員。さらに隣だったので前の学校の分で間に合ってない教科書をたまに共有させてもらっていた。
「ああ、三組の奴らに囲まれてる」
「気に入らないんだよね、前田と後藤が。ウサ晴らしに香取に当たるんだよ。香取、手を出さないからさ。でも香取の側で窓ガラスが割れたのに、あいつ無傷で不気味だったよな」
「抜田君や二組の土御門君と鈴木さんもアレだよね。ね、魚沼君、関わらない方がいいよ。どうせ前田君が助けに来るって」
俺のコミカルな顔立ちは好き嫌いが分かれる所だが、転校から数日だったので、構って一緒に連れ帰ってくれた級友の言葉に、俺は眼鏡をズラしてそこに見入った。
「ありゃ、止めた方がいいだろう」
「止めるってあいつら、棒とか振り回すし」
「俺が止めたいのは金髪の少年の方だ」
金髪の少年が地面に付き、握った拳の側の砂が、あり得ない動きをしているのを俺は見逃さない。
「こいつ、首飾りなんか着けてるぜ?」
「そ、それは」
金髪の子の首から十字架が煌めき、からかう少年の手に揺れた時、茶味がかった瞳が鮮やかになったのを見て、俺は動いた。
「関わり合いにならない方がいいよ」
そう言って止める者達を無視し、俺は背中の鞄を降ろし、河原に降りて行った。その辺にあった空き缶を誰かに当たらない様に投げ、立てた音で注意をこちらに引く。カランからんっと転がる音が橋に跳ね返り、皆がこちらを見返る。
「だ、誰だっ」
「何をしてる、多勢に無勢。卑怯だろう?」
「ああっ、何だよ。カトリーヌちゃんと同じ、一組に転校してきたばっかりのカッパじゃねーか」
「家はこの河原か? 川に住んでいるんだろう?」
「……金髪にしろ、俺の容姿にしろ、すべて見た目で判断するとは愚かだな」
俺は近くに落ちていた、壊れ朽ちた竹箒の柄を拾い上げる。
「刑法二百八条、人を蹴れば暴行罪、怪我をさせれば刑法二百四条傷害罪だ。いやがらせで人の物を勝手に持っていけば刑法二百六十一条器物損壊罪などの毀棄罪で訴えられるぞ」
ポカンとした表情でそこに居た者全員が俺を見た。それは小学五年生が口にする内容でもなかったような気がする。
「器物損壊罪は三年以下の懲役または三十万円以下の罰金もしくは科料。窃盗罪の十年以下の懲役または五十万円以下の罰金で、器物損壊罪のほうが法定刑は軽いが立派に刑法に触れるぞ。だが……少年法で守られるがな……」
「じゃ、何にも関係ねーじゃん」
金髪の少年以外が大笑いを始める。俺もその言葉にクッっと笑った。
「そう、少年法で守られるのは俺も同じだっ」
達人の域に達した親父には勝てなくとも、同年代なら負けようはずもない。
俺は素早く少年達の握った棒切れを的確に払い落とし、その手の首飾りを棒で絡めて奪い取る。それを伝わせて手元に寄せながら、一番偉そうにしていた少年の眼前にぴたりと寸止めを決める。その箒の勢いはどう見ても頭を殴打する勢いだったから、回りの誰もがその場で制止した。
この間、髪の毛一筋すら、相手に箒を触れさせる事はない。こんなヤツに手を下すなど、余りに滑稽で俺にとっては有り得ない。蚊を払うほどの労力にもならない。
「今日は止まったが、次は『どう』だと思う? 何せカッパなもんでな」
俺の目は眼鏡の奥でギラリと輝いていただろう。少年達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。地面に平伏したようにしていた金髪の少年に、首飾りを返してやる。
「つ、強いんだね、君」
「もう捨てた剣だ。こんなナマクラ、これくらいしか使い物にならない」
「でも、ありがとう」
そう言って無垢な笑いを浮かべる少年に、とんとんと地面を突いて、
「この辺が渦巻いていたのと、吹っ飛ばした棒の軌道が変わったのはお前のせいか?」
「え? それは」
先程少年達の手から棒を吹き飛ばした時に、その一本が跳ねて金髪の少年に当たりかけた。既に計算済みであったからそれを払おうとした所、金色の何がしかが棒に絡んで不自然に飛んだ事を、始めに見た砂のおかしな動きを交えて尋ねてみる。
「まあ、いい」
だが、俺はその場が収まったのだから首を突っ込むにはやめようと思った。俺は高校や大学に余裕で合格し、親の援助が難しいのを考えれば奨学金を取らねばならない。
時間はそれまでに有限なのだ、無駄は不要だと興味が失せた俺は帰途につこうとした。
「へぇ、……カッパみてぇと思ってたが、なかなかやるじゃん転校生!」
また同じ手合いが現れたかと思ったが、そこに居たのは金髪の少年の方の仲間だった。彼の顔が明るくなったからすぐに分かった。遠くからか、様子を見ていたらしい。
「投げ槍君、この子、私の束縛の蛇に気付いたよぉ」
「ふーん……転校生、オレのダチが世話になった。こいつ強ぇんだけど、『暴力は神がお許しになりませーん』とか言って、戦わねぇからな。ただ、押さえてるうちはいいけど、割にキレると怖ぇから助かった」
「酷い言われ方だなぁ。見張られていないと暴れそうな感じじゃないかなソレ」
俺は興味がなくなったので、無言で去ろうとする。
「俺は前田、前田 鷹槍だ。こいつは香取。よろしくな」
だが構わず俺に向けて前田と名乗った男子はそう言った。
「私は席が隣だし、憶えてくれてるよぅ」
「そっか、はははははっ」
そんな二人を見ていると、理由も何も告げず別れた級友を思い出した。毎日のように通った学校に、友達の親がやっていた道場に待っていた友、彼と共に駆け回った慣れた山野。ここは『うろな町』。両親の待つ家はなく、巴は居ない。それはもう俺には戻れない場所。
この町では慣れ合うつもりもなかった。俺の目指すのは奴を追う『剣』。
だが俺に手を差し出してにっかり笑う男がそこに居て。
「みんなにゃ投げ槍って呼ばれてらぁ。香取はカトリーヌ、絵が上手いぞ。あっちのデカいのが土御門、おんまって呼んでるな。隣の女子は八雲さん。二人は二組で……あ、おーい後剣っ! バッタっ! カトリーヌの奴いたぞぉ」
ヤツは集まってきた自分の仲間を紹介し始める。その明るさがウザったくて。
子供として胸を抉る思いで置いてきた何かを付きつけられる様で、俺はさっさとその場を後にした。
だが、助けた香取は、以降何かと俺の世話を焼いてくれ、自然と他の奴らとも接するようになった。こうしていつの間にか、前田率いる一団と時間を過ごすようになる。
「うおぬまぁ~、うおうお、ってのもなぁ~呼びにくいしな。鉄太……鉄火巻ぃってよりカッパ巻きだしな。……って睨むなよ。カッパ巻きはダメなのか。そうだな、そうやって眼鏡から睨むと目がデカく見えるから、おめぇ、……ぎょぎょ、な」
「どうしてそう勝手に人の名を付けるんだ。気がしれない」
「イイじゃねぇか。何か『仲間』って感じでよぉ」
小学生にしては、肝の座った連中が揃っていて。その中心にいた前田は屈託がないのに、何か人を引き付け、頭も悪いように見えて、笑って世間を潜り抜けて行く不思議な男だった。
「初めはどんな勉強の虫かと思ったら。ぎょぎょ、おめぇは強くて優しいな」
「そのアダナ、止めろって言ったろう? それも前田。褒めても何も出ないぞ」
「ははは。いい加減、オレをあだ名で呼べや。まぁいいか。それ、食えや」
そう言って投げて渡された緑の飴玉は故意か偶然か。情報を集める事に長けていたバッタか、おんま辺りがいろいろと調べてくれたのかも知れない。
もう何十年も過ごすのに、未だに巴の事件について詳細を話した事はないが、皆、深く気にする奴らじゃなかった。
そして、少しずつ回りが見える年になる。たまに故郷に戻って墓参りをして、勝也を弄ってうろなに戻って、勉学と同じくらい友に学んだ。
剣を捨てたと言いながらも、おんまがやんわりと『もしもの時に剣は二本あっても良いと思う』と、後剣も『間違った方向に行きそうな時はその剣を折ってやる』と言ってくれた。投げ槍がニヤッと笑い、カトリーヌが俺の肩を叩き、八雲が呆れたように溜息をついて。
空が高く青かった日。
再び独学ながら剣道も忘れない程度には鍛錬を積みつつ、勉学と仲間との日々を過ごした。
アダナでいつしか呼び合うようになった彼らと出会わなければ。
巴を失ったあの時間を許せず、微かに笑う事さえ出来ぬほど、自分を許せなかっただろう。もし息を詰めたまま、笑えなければ、俺の怒りはいつしか自分を犯罪の道へと導いていたかも知れない。
彼らとの出会いは俺にとって掛け替えのない時間。
冴も、こんなやつらと知りあえていたら、もっと息を抜いて弟と接する事が出来たかもしれない。
でも、そうしたなら時貞姉弟はココに居なかった。
「せーのー」
どぼん!
盛大な水音と、続く笑い声。
人生の積み重ね、歯車が噛み合って、俺は今、広い風呂の中に放り込まれていた。
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かなり昔ですが、
刑法については現在に準じて論じてます。
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うろなの雪の里(綺羅ケンイチ様)
http://book1.adouzi.eu.org/n9976bq/
後藤剣蔵(後剣)さん
"うろな町の教育を考える会" 業務日誌 (YL様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
梅原勝也氏
チラリと昔、お借りいたしました。
問題があればお知らせください。




