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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
冴と魚沼(11月7日{木}~11日{月})

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転4(11月11日:冴と魚沼)

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魚沼の回想。

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「どこに行く! 鉄太!」

「おやじ、おれ、俺は悔しい。力はある、それなのに……何故こうなった?」

 雨が体を叩く、心も、全てを叩く。だが雨は俺の苦しみを洗い流してはくれない。それどころか油のように心の燃え滾る火を盛らせる。

「アイツ、釈放されるんだって。巴を、巴を……のに……」

 幼い巴、可愛い巴。

 たった四歳だった。

 いつも後ろに、子犬のように付いてくる愛くるしい妹が嬉しかった。不細工な俺を『にいたま』と呼んでくれた拙い言葉はもう聞けない。

 その頃には腕だけはそこいらの大人にも負けない自信があったのに。



 もう三十……いや、四十年以上も前の話。



「いこう。おかいもの、にいたま」

 そう言われたのに、小学生の俺は『剣道バカ一代』と言う名の漫画が載った雑誌を手に返事する。

「読み終わったらな。巴」

 顔も見てやらなかった。あの日の巴は笑っていただろうか? たった三十分、待たせたのだ。

 たった、たった、それだけ。

「おい、読み終わったぞ。あれ……巴? 巴? にいたまはここだぞ?」

 俺に答える声はついに聞けなかった。

 緑のワンピースにつばの大きい白い帽子をかぶって、意気揚々と一人で向かった駄菓子屋から、上手に飴玉を二つ買って。握ったまま帰らなかった。手の中にあったのはいつも俺が選ぶ緑と、女の子らしいピンクの飴。

 ばらばらの体、その掌にドロドロに張り付いていた飴玉。それをそっと剥がそうとすると肌が壊れていったから。可哀想にと母が泣きながら編んだ白い手袋ミトンをはめて、今度こそ食べてくれと綺麗なピンクの飴玉を握らせてやった。



挿絵(By みてみん)



 食べる口が何処にあるのか俺には見る事が出来なかった。飴玉が好きだった彼女に虫歯になるから一日一個なんて言わなくてよかった、笑うと見えたようやっと生えそろった可愛らしい小さな乳歯。

 四つの彼女は六歳臼歯も生えるのを見ず。虫歯になる時間なんてなかったのだから。

『にいたまは、いろいろ、たくさん、ずるい』

 そう言った巴に『大きくなったらたくさん食べさせてやる』とか、『チョコも美味いぞ』とか、他愛ない言葉が頭に反芻して消えないまま。背中に背負ってやる事も、遠くに駆けて遊びに連れて行く事も、何一つもう喜ばせてやる事はできないのに涙も出なくて。

 弔いにと自分の口に放り込んだ飴が、反吐が出るほど甘くて美味いのが悲しかった。それをもう感じる事がない巴が哀れで、それを感じる事が辛かった。

 どんなに怖かったろう、何度、俺や父母を呼んだのだろう?

 痛かったろう、苦しかったろう。

 ああ、そんな辛い事はなくて、せめて一思いに……安らかに。

 取り返しのつかない時間。

 小学生として、剣道仲間の間では燃える漫画だった。

 おかしいか、たかだか漫画を読みたいと思ったあの時間で、失われた小さな命。

 笑うか、たった二個の飴欲しさに未来を閉ざされた少女の事を。

 巴にあったのは、漫画に読み入っている俺に買ってきた飴を見せて。褒めてもらって、この甘い美味しい一時を一緒に過ごしたかった、それだけだ。



 どうして想像してくれなかった、奪った命にもどんなに他愛なかろうと未来があった事を。



 広いが噂話だけはすぐ拡がる町、未成年の起した事件。未成年として罰せられる『年齢』も今に比べるとかなり上だった。そして実名報道はギリギリ控えられるようになった時期だったが、町に居れば個人はすぐに特定できた。



『魚沼さん所の巴ちゃん……ね』

『そう、あの店の裏にある大きな屋敷の息子よ。挨拶なんかもちゃんとする子だったのよ』

『まさかあんな事するなんて。アノ名門校に通っている、ええ、とても良い子……』



 やっと捕まったのに、さしてしないうちに何にもないまま釈放された『未成年』。この町から逃げるように出て行くのを知って俺は咆えたのだ。



「巴の、巴の仇を!」

「止めるんだ鉄太! あんな奴に手をかけても何もならん」

「何の為の剣だ! 守る為だろう。守れなければやる事は一つだ。それが出来ぬ剣など要らぬっ」

「神聖な剣を穢してどうする」

「自分の仇も倒せぬ、そんなナマクラなら剣など、こちらから願い下げだ」



 結局、俺は法で守られた憎き少年を手にかける事が出来なかった。

 何故なら全身に複数の骨折、尚這ってでも行こうとする俺を昏倒するまで、親父は竹刀を振り続けたからだ。無論親父も揃って入院した。俺も目の前の父親に容赦なく刃向ったから。

 親子喧嘩にしても激しいソレは……それなりに大変な騒ぎだったらしい。

 俺は子供で、自分だけが巴の死を悲しんでいる気がしていた。子供を奪われた親父の行先のない竹刀も、ただただ零れるおふくろの涙を吸った毛糸玉の思いも図れない、不甲斐ない息子だった。

 未だに合わす顔がなく、そのまま時は経過している。



 小学生の俺はそれを加味する事など出来ず、入院騒ぎを境に、剣の道は捨てた。病院で動けない俺は考える事だけは止められず、彼を捌けなかった『法』を剣とする事を決める。アイツはまた再犯したなら必ず追い落としてやる。一度は守ってくれた法と言う剣で、絶望を見せてやると。

 動けるようになった俺が『法』に道を求めるというと、両親は勘当扱いにした。

 そして、『うろな町』に住む親戚宅に俺を預けた。


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"うろな町の教育を考える会" 業務日誌 (YL様)

http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/

ちらっと出てきた『剣道バカ一代』を漫画版で

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