承2(11月9日:冴と魚沼)
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かたかたかた……調子よく響くミシンの音。
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「葉子さん、片付け終わりました」
「ありがとう、大変だったでしょ?」
「毎日これだと大変ですけれど」
「たまにだと面白いですわよね、ユキちゃん。葉子お母さん出来ました?」
「後は裾のレース、切りっぱなしの糸を切ったら終わりよ。手伝って?」
「はい!」
さえちゃんとユキに台所を任せて葉子さんが部屋に籠っている。
部屋では何でも『戦闘服』の準備中らしい。昨夜はずっとミシンの音が絶え間なく響いていた。それが漸く止んだかと思うと、ぱちぱちと地道に糸を切る音。
「出来ましたわ、代わりにユキちゃん当ててみて?」
「わ、いいんじゃないですか?」
「こうすると……今の冴ちゃんにもギリギリ着れるし、ほらこのリボンがかわいいのよ? ココがたくし上げられるから」
「ええ、素敵」
「甚平、サイズは大丈夫かしら?」
「ええ、魚沼様はタカさんのでは大きいので。このサイズでいいですわ」
「ほら、最後、袢纏の襟は冴ちゃんが縫いなさい。気持ちを込めてね。手縫いで目が見えないように纏るの。その間に甚平を縫い上げるわ」
「え、葉子お母さん、わ、私、お裁縫は……」
「教えてあげるから。ユキさんは冴ちゃんのカーディガン、編み進めて」
「片袖、終わりました。二晩でこれだけ並行して作れるなんて凄いです。もう少ししたら洗濯物干して来ますね」
「ええ。日がな一日、裁縫ばかりしてるなんて久しぶりで楽しいわ。夕方までには全部終わらせるから」
俺は三人がきゃいきゃい言っているのを聞きながら、そっと家を出て、商店街の事務所に向かう。
昨日、無事に『証人』の印をもらって来たさえちゃんは、葉子さん指導で次の用意にかかっているようだった。
さえちゃんにはぎょぎょに連絡しないように指示されている。奴から連絡もない。毎日来ていたさえちゃんが来なくなったというのに、電話の一つもかかって来ない事にどう反応していいのかわかんねえ。
作られた婚姻届にぎょぎょが頷くか、オレにはこの時点では予測もつかなかった。
姉がバタバタしている事に弟の賀川のは気付いてない。
ヤツは早い出勤、帰宅は遅い。出勤前後はゴソゴソ色々しているようだ。
どこかで負ってきた左腕の骨折が酷過ぎて、細かい指の動きが取れないらしい。
あの感じでは賀川のが望むレベルに指を動くようにするのはどうあがいても無理だろうが、気持ちが落ち着くまでと八雲さんが付き合っており、それに合わせて寿々樹もいろいろやってくれているようだ。
ユキは全然と言うわけではないようだが、ヤツに突っ込めるほど気付いていない様子。さえちゃんの事で余り気が回せねぇのもあるかもしれないが。
オレは……こないだの件を見れば、敵さんも本気になって来ているようだから、ユキにお前が戦える事を、ただ指が動かない事も隠さず話した方が良いのじゃないかと賀川のには言ったが。
表情を暗くし『絶対に、言わないで下さい』と言われた。こんな腕の俺に守られているなんてユキさんに不安を与えるだけだ……と、それらしい理由を付けてはいたが、受傷による指の不自由を受け入れられていないのだとまざまざと感じる賀川のの顔。
それでも機会があれば地下の道場や鍛錬時間がこの家にはある事は、ユキに伝えようと思う。賀川のが出ているとは言うか、それはまた別の話としても。
「ピアノ、か」
さえちゃんをここに住まわせる件で、ヤツの『実家』に行った事がある。
だからあの高そうな調度品にピアノの一台や二台、あったって確かにおかしくない。そんな『お屋敷』だった。作業着やらシンプルなポロシャツのアイツが、洒落た服着こんでいるのは想像できないが。きっとソコで育っていたなら、本当にピアノの演奏者にでもなっていたんじゃないかと思う。
「タカちゃん! どーしたの?」
オレとオレの腕の間に小さな影が入り込む。
手には俺の息子と嫁の写真。眺めていた所、視界に割り込むおかっぱの少女。そのままオレに抱きついて椅子に座った俺の膝にクルリと上がり込む。彼女は『紫雨』ちゃん。バイトである『奈保』ちゃんの妹だ。
「だあれ? この人、きれいね」
「綺麗か、そうか」
誰、だろうか。
そこで笑っている、確かに綺麗な若い女性が懐かしいようで、実際誰かわからない。だけれどオレは添い遂げるつもりだったのだ、共白髪になる前に逝っちまったこいつと。人間の運命なんてわかんねぇ、そんなのわかり切っている。だのに、どうして忘れられずに、こんなに悲しくて懐かしくてたまんねぇのに。面影一つ思い出さねぇ。記憶にあるのは冷たい首なし人形だけだ。
「オレの、妻、結婚相手だ」
「わかいんだぁ~」
「そんなに変わんねーよ。一つか二つか下だったがよ」
そこまで言って、もう彼女と離れて行く年経ったか、そう思って首を振る。
「ああ、そうか。今の写真じゃねーよ。十何年か……コイツともう何歳、年が離れたんだろうな」
「どーいうコト? タカちゃん」
「そう、だ、な」
良くわからないと言った彼女に、小さく、
「……随分前に死んじまったんだよ。息子と一緒にな」
「どして?」
「うん? ああ、交通事故で、な」
彼女も交通事故で両親を亡くしていたと聞いたから、言って良いかわからなかったが。だが小さいからか良くわかっていないように、
「ふーん」
と、言うだけだった。そうしてキョトンと振り返ると、
「ねえ、ふたりのところにいきたい?」
「ああ、まあな」
「じゃあ、いまから、ふたりのところにタカちゃん、つれていってあげよっか?」
「しうちゃんがか?」
「うん。ね、いますぐ、いくよね?」
無邪気に笑う、彼女はまだ幼くて。きっと『死』の意味がわかっていないのだろう。そんな彼女が可愛くてクシャクシャと髪を撫でてやる。
「ただ、今は『まだ早い』って怒られそうだな」
「え?」
彼女はいつになく大きく、とても不思議そうな声を上げた。
「はやいの? なんで? はやくあいたいってかおしてたよ?」
しうちゃんにそう言われて、そんな顔に見えるのかと思い、苦笑いする。
「ああ、オレはもう充分だがな」
「じゃ……」
「だがよ。こんなオレでもまだ少しは頼りにされてるんだろうからな」
ちょっとオレが具合が悪そうだったからと、病院に押し込んで、何もなかったと言えばホッとした顔を見せやがった、家の面々。それに今はユキの事がある。盾にはなれねぇ賀川に、要のユキ。アイツらが安心して暮らせる状況になるまでは死ねねぇ。
オレは爪先に巻いた絆創膏を剥がす。こないださえちゃんの言葉に驚いて深爪しちまった。思いの外深かったのか、なかなか止まらなかった血がやっと止まっていた。
「人間には果たさなきゃなんねぇ『業』ってモンがある。オレにコイツが迎えがこねぇって事は、まだやるべき事があんだよ」
憶えているのはその事実と、最愛の者を不意に失った赤い記憶だけ。喉を掻き破る自分の慟哭が彼女の声をかき消す。それでもこの頃、微かに彼女が『タカさん』とオレを呼ぶのが聞こえる気がする。ん? もしかしたら迎えも近ぇのか?
馬鹿げた様に考えているオレの膝の上で、幼い女の子が首を捻る。
「にんげんには、はたさなきゃなんない、ごう?」
「ああ、しうちゃんにもな?」
「わ、たし、にも?」
「すまねぇ。ちょっと、しうちゃんには難しいか」
コクンと頷くと、つぶらな瞳で俺を見上げ、
「でも、やっぱりあいたいんだよね?」
「ああ、まぁ。いつか、な」
「じゃあ、じゃあ、やくそく。しうがつれてくぅ」
「ははは。そりゃ、……まあ、楽しみだな」
説明が難しくて。大きくなりゃ意味も分かるだろう。死について悩むのなんてまだ必要ない、そう思って適当に返事した時、事務所におさげの少女が入ってくる。彼女の姉、バイトの奈保ちゃんだ。
「社長、在庫チェックが……きゃあ、しうっ。社長の膝に座っちゃ駄目だってあれほど……」
「イイって事よ。それより急な土曜出勤助かった。急な入荷だったからな。しかし社内では、社長でなくてタカで構わんぞ」
「いいえ、社長は社長ですから。ファックスも済ませました」
「ああ。休日出勤と特別手当付けといたからな」
「あ、ありがとうございます。では社長、これで」
「おう、また頼む」
「タカちゃんもかえろ?」
「いや、もう少し。な。姉ちゃんの言う事を聞いてイイ子にな」
しうちゃんは首を傾げてから頷くと、オレの膝から降り、姉に近付く。奈保ちゃんは愛しそうにしうちゃんの頬にキスを落してから、
「失礼しまーす」
「ばいばーい、たかちゃん。また、ねぇ」
手を繋いで帰る二人が、オレとその家族に刃を向ける算段をしているなどと思う事なく、仲睦まじい姿を見送る。オレは手にした写真を片付けてしまう。
「ま、見守っていてくれや。さ、一仕事片付けっか」
明後日、さえちゃんはぎょぎょに一戦仕掛けるらしい。役場の前に彼女を連れて行き、成り行きを待つつもりだが。小さいあの姿が本当に元に戻って、入籍にこぎつける事が出来るのか。この時点ではオレはやはり予想など付けられず、『結果は神のみぞ知るだな』と呟きながら、仕事を片付けて行った。
仕事場を出た姉の奈保ちゃんが不満そうに呟くのをオレはしらねぇ。
「今日、社長、処分する予定だったんじゃないの? しう?」
「きがかわったのぉ。たかちゃん、ちょっとはやいんだって」
とんとんと、スキップを踏んで少し先を歩いていたおかっぱの少女は振り返ると、
「はやいってどのくらいかな? あすならいいかな? それともあさって?」
そう言って、にこりと笑ったことも。
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水面下でちゃんと始動してます。
悪役企画。
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『以下2名:悪役キャラ提供企画より』
『しう』とにあ様より
『なほ』パッセロ様より




