承(11月8日:冴と魚沼)
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こんにちわ。突然すみません。
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『梅原剣武道場』と書かれた看板を抜け、扉を開けます。
「あの、こんにちわ」
「お邪魔いたしますわ」
声をかけると色白のがっしりした男性がそっと出て来て、正座で迎えてくれました。確か清水先生との決闘で審判をしていた方ではないでしょうか。
白髪の私、子供の冴ちゃん。その組み合わせにちょっと目を白黒させていましたが、練習中は良いわ、私が出ますと言いながら、着物がとても似合っている女性が現れます。
「あら、ユキさんじゃないですか。遠い所を来て下さったのですか?」
「あ、司先生のお母様」
私はぺこりと頭を下げ、冴ちゃんも控えめに頭を下げます。
「急だったので連絡せずに訪問して申し訳ないのです」
「いいのよ。河中さん、この子は司の大切な『生徒』さんよ。そちらは魚沼さんが連れていた子供さんね?」
「ときさだ さえ と申します。初めまして。素敵な小紋……八掛も美しいですコト」
「あら……昔、母が仕立ててくれたのよ。若い頃のだから色が派手かと思ったのだけど」
「いいえ、奥様の肌色にお似合いですし、西陣の袋帯が落ち着きを醸し出しておりますの。そのセンスが素敵ですわ」
「まあまあ、こんな小さなお子さんに、そんなに着物が似合うと褒めてもらうなんて思いませんでした」
う、何だか会話に付いて行けませんけれど。
細かい事はわかりませんが、確かに司先生のお母様の御着物姿はとても似合っていて綺麗なのです。そう言えば冴お姉様も良く着物を身に付けていたから、それなりに詳しいのでしょう。
「今日の御用件は何でしょうね。ユキさん」
「ええと、司先生のお父様にお会いしたいのですが」
「あら、うちの人? 今、生徒さんがいらっしゃっているの。後、三十分ほどで終わるわ。とにかく上がって。今日はこの町で有名な美味しい茶菓子をちょうど買っていたのよ、それを御馳走するわねぇ。河中さん、練習が終わったら座敷へあの人をお願いね」
そう言って連れて来られた座敷に座ります。座蒲団は遠慮してましたが、いいのよ座ってと言われ、従います。
「さ、どうぞ。ここで練っても良いけれど若い方に作法は無用ですから」
「これを。おみやげなのです」
「まあ、これは丁寧に」
風呂敷に包んでいた『うろなコロコロ饅頭』の箱を出して渡します。プレーン、梅、卵、抹茶、チョコ。五色の生地にそれぞれに合せたあんが包まれた美味しいお菓子。
「たくさんありがとう。これは後からみんなでいただくわ。さ、これをどうぞ」
そう言って司先生のお母様の手で用意された小さ目なお盆が二つ。それに各々、塗りの美しい小皿とお抹茶の椀が乗っていました。小皿には花を模したお菓子。淡い色彩ですが、それぞれに美しくて。黒文字で食べるのが惜しいほどです。
喫茶店などで出される抹茶セットのよう。ちょっとした事ですが、並べ方もお洒落な感じがします。
「ではお茶をいただきますわ」
「お薄の方がふさわしいのでしょうけれど、そのお菓子には濃茶が合うの。小さいのに大丈夫かしら?」
「はい、香りが高くて美味しいですわ」
作法は要らないと言われましたが、冴ちゃんは何だかとっても慣れてます。添えられていた懐紙に生菓子を載せたり、椀の取り方もどこか優雅です。
私はお菓子を楽しみながらも、司先生のお父様が来る前に、『色々』をお母様にお話を通しておいた方がいいのではないかと思い話を切り出しかけましたが、
「来たのか、次は何用だ?」
思ったより早く司先生のお父様が来てしまい、それはかないませんでした。
「こんにちわ。この前は、急なお願いを聞いていただき有難うございました」
私は栞を作って、一筆書いていただけるよう、それも清水先生にとお願いしたのです。程なく送って下さって。司先生の家には十一月四日に届いたそうで。そこにはお腹の双子ちゃんに送る名前が書いてあったそうです。
今回はそれを送って下さったお礼も兼ねての訪問ではあるのですが。
「申し訳ないのですが、また、お願いがあって参り……」
私が頭を下げかけると、冴ちゃんは視線で私を止め、座蒲団から両手でさっと降りてから、
「失礼いたしました。今回のお願いは私のものです。初めまして。私、時貞 冴 と、申します」
「梅原だ。お前は確か、カッパに懐いていた幼女だな?」
その言葉に冴ちゃんはすっと姿勢を正し、
「私、こんな身なりをしておりますが。もう既に三十近い年です。理由あって幼くなっておりますが。これはそうしないうちに元に戻ります」
冴ちゃんは自分の免許や葉子さんから借りてきた本などを、見せます。そして名刺を。
「しゃ、ちょうさん?」
「この姿ですから、現在療養中となっており、父が元の席に戻っております。これを機に私の進退はまた決めるつもりではありますが……」
梅原夫婦は顔を見合わせます。
目の前の小学生はどう見てもそんな年には見ないでしょう。謀ったと怒鳴り出されないだけマシな対応と言えます。
「剣の道を極める間にいろんなモノと対峙したが、若返りとは初めて見るな」
「先程からしっかりした感じはいたしましたけれど、ねぇ……」
司先生のお父様はそう言って真っ直ぐ冴ちゃんを見たまま、それ以上は何も咎めません。冴ちゃんは物怖じする事なく、
「梅原様は、魚沼様と古くから懇意にあったとお聞きしています。事件の後、この町を魚沼様が去られる前から」
司先生のお父様はすうっと瞳を細め、何かを考えているようでした。
「私、元に戻りましたら、魚沼様と一生を添い遂げたいと思っております」
流石にその台詞には目が踊りましたが、すぐに落ち着くと、冴ちゃんの言葉を待っているようです。
冴ちゃんに緊張した感じはなく、話しぶりからしても交渉や契約などには慣れているのでしょう。淀む事のない手つきで、先程の本などを鞄にしまうと、用紙を取り出します。
「回りくどい言い方は避けて、単刀直入に。お願いがあります。これの証人になっていただけないでしょうか?」
これ……婚姻届……それをチラリと司先生のお父様は見やります。冴ちゃんはその視線が動くのを見計らいつつ、
「お分かりでしょうが、魚沼様のサインは偽造になります。時間をかけて説得する事も可能ですが、それではたぶん魚沼様がお墓に入るくらいかかってしまいますから。……とても奥手で、純情な方です」
そこまで聞くと、硬い表情のまま、司先生のお父様は冴ちゃんをじろりと一瞥します。その眼力は本当に何もかもを見通すようで、構えてないと何もしてないのに逃げ出したくなるような力を帯びていました。まあ、何にも悪い事はしてないので逃げたりはしませんけれども。
「もし、魚沼様を良く知る、梅原様にお名前をいただけないならば。この計画は破棄するつもりです」
「それは、あのカッパにお前が『足りるか』、儂に判断しろと言う事か」
「解釈はお任せします」
冴ちゃんも司先生のお父様も何を考えているかわかりません。じっと見つめあったまま。
「……線香のにおいがする」
突然、司先生のお父様がした発言に驚きました。
私達は……確かに線香を先ほど扱ったのです。でも匂いが染み付くほどそうしていたとは思えませんが。きっと武道家なのでいろんな感覚が鋭いのでしょうね。
でも冴ちゃんは何も気にしていないようで、さらりと言葉を紡ぎます。
「先程ここに来る前に巴様のお墓に参りました」
「……他にも、行ったのではないか?」
そう言われて、流石に冴ちゃんも怪訝な顔をします。
「竹林の……彼女が亡くなった場所、そして居た場所にも参らせていただきました。魚沼様に新しい家族となりたい旨をお伝えして来ました。でも何故そこまで?」
「先程、玄関口にあった靴に竹の葉がついていた。この辺で竹林と言えば、あの辺くらい。うろなから運んで来たとも思えなくてな。そうか。上面だけでなくそこまであの件も承知した上で、か」
「はい。少なくともそのつもりです」
吐き出した呼気に乗せるようにお父様が一言。
「ヤツにこの手の悪戯を仕掛けるのなら、その姿でも容赦せぬつもりであった。が。……あのカッパのいろんな事を知った上で、本気、なようだな」
「よろしくお願いいたします。ご協力くださいませ」
それ以上、冴ちゃんはもう何も言いませんでした。指を綺麗に揃えてついて、静かに頭を下げるだけ。
「この年で……バカげたことだな……まあ、色恋などそういうものか。全く、儂もこんな茶番に付き合わされるとは。あのタワケに文句を言えなくなるな」
そう言いながら天井を見上げて、
「おい、印鑑を持ってこい」
「え? あ、はい。わかりました」
その台詞に珍しくびっくりした様子で、司先生のお母様がそれを取りに行き、その間に冴ちゃんの鞄にあったペンを出すよう司先生のお父様に目で指示され、私はソレに従います。冴ちゃんは印鑑が押されるまで、微動だにせず頭を下げていました。
その後、差しさわりない話をして、私達は梅原家を後にしました。
私は帰り際、ふと、司先生のお母様の声を聞き取りました。
「貴方が婚姻届の偽造なんて。この話に乗るとは思いませんでしたわ。どういう風の吹き回しですか?」
「カッパがあの幼女に手を握られた時の顔を見ていれば、儂が言う事はない。あのカッパに『足りる』か? いや、釣りがくるだろう」
「……そうですね、穏やかな顔をされておられました。年差はあるから結ばれるって事はないと思いましたが……」
「だからと言って、あの幼女、いや彼女の言う様にカッパの気持ちに任せていたら、確かに婚姻届と火葬証明が同時に出るくらいになるだろうからな。まあ……どこぞのバカならこうするだろうと、真似をしてみただけだ……幻滅したか?」
そう言ったのが聞こえた時にふと振り返ると、お母様がお父様の腕に抱きつき、
「いいえ、惚れ直しましたわ」
と言う声が聞こえ、もうちょっと見ていたい気もしましたが、
「ユキちゃん。行きましょう。ここからは大人の世界よ」
そう言って冴ちゃんは私の手を引きます。
こうして手に入れたサインを持って、十一月十一日に二人は強制入籍する事になるのです。
それまでには後、三日。
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公文書偽造はしないようにしましょう。
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"うろな町の教育を考える会" 業務日誌 (YL様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
司先生 梅原勝也氏 梓お母様 清水先生 河中さん
お腹の双子ちゃん
お借りしております。
問題があればお知らせください。




