起(11月7日:冴と魚沼)
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時間を……まだ冴ちゃんが『小さい』時に戻して。
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どうやって冴ちゃんとぎょぎょのオジサマの婚姻届が書かれ、提出の準備が進んだのか。そしてその空白のうちに、何があったのか。
少し時間を巻き戻してみましょう。
『魚沼様を口説くので手伝ってくださいませ』
十一月七日、ぎょぎょのオジサマの所から帰ってきた冴ちゃんの一言で、タカおじ様は手にしていた爪きりで深爪し、ちょうど来ていたバッタのおじ様は茶を吹き出し、台所で聞いていた葉子さんは卵を取り落とし、近くに居た兄様達の一人が転倒し、側でビールを飲もうとしたお兄様のソレを巻き添えて、兄様達全員ビール塗れになるいう惨事を引き起こしました。
とにかく五月蠅いからとタカおじ様はお兄様達を風呂に追い払うと、
「おめぇ、今、何歳に見えるかわかっているか?」
「はい、十歳には見えるか見えないかだと」
「もしだ、さえちゃんよ。本当の年に戻っても幾つだよ? 考えた事があるか?」
「私が二十八で、魚沼様は五十五ですわ。殿方は若ければ文句ないでしょう? 本当はこの姿のままと思いますが、婚姻届を出すのは元に戻るしかないと……抜田様? 茶が零れてますコトよ?」
「こ、こんいん、だと?」
血を出した指先をティッシュで押さえながら、タカおじ様が呆然と呟きます。私もそれはかなり驚いてしまいました。とりあえず絆創膏を側の引き出しを探して手渡すと、
「付き合うとかそう言う段階じゃないって事か?」
「あら。誤解のないように言っておきますが」
冴ちゃんはタカおじ様の手に器用に貼り付けながら、続けてこう言います。
「キスもまだですわよ? でも魚沼様、そう言う事、得意ではないようですから。一足飛びに夫婦になるのが戦略的に正しいかと思われますわ」
葉子さんはパタパタと台所を済ませてから、冴ちゃんの前に座ると、
「変わらず、本気なの?」
「はい、葉子お母さん。婚姻届を手に入れる程には」
そう言って茶色の字で構成された薄い紙を取り出します。自分の所はしっかり書き込んで、もう印鑑まで押してあります。役場に行って良くもらえたなと変な関心をするバッタのおじ様に、『今は書店で買える雑誌に挟んでありますのよ』と笑う冴ちゃん。
葉子さんは冴ちゃんとよく家事をしていたので、色々彼女から事前に聞いていたのでしょう。オジサマ二人の方に向くと、
「冴ちゃん、ぎょぎょさんを絶賛していたから……タカさん、言っておくけど、冴ちゃんの気持ちは半端じゃないわよ。それに……」
「それに何だぁ、葉子さんよ?」
「この機会を逃したら、ぎょぎょさん、もう一生結婚する相手なんか見つからないわよ」
「そりゃ、ぎょぎょに失礼すぎるだろうよ、葉子さん……」
「何言ってるの、タカさん!」
葉子さんが口調を強めます。
「いくら弁護士でも、あの容姿を『可愛い』と、本気でハート付きで言って『抱きしめたい』なんて女性がそこら辺りにゴロゴロ居ると思うの? イイですか? 五十五年居なかった嫁が、それもこーんな美人で若いのよ! 逃す方がおかしいわ」
「「うっ」」
どこで手に入れて来たのか、企業家や社長、投資家などある一定のレベルで成功している人を特集した雑誌をタカさんに見せます。ちょっと険がある感じは否めませんが、和服を着こなしたかつての冴ちゃんが映っていました。『だ、抱きしめたいなんてそんな……』と言いながら冴ちゃんは赤くなっているし、私も何と言っていいかわかりません。
「この子はもう『大丈夫』よ。いろいろ過去を……タカさんもバッタさんも心配してるんでしょう? でも冴ちゃんはもう『大丈夫』なのよ? ぎょぎょさんの次に一番側に居た私が保証する。この子は今からをしっかり歩いていくはずよ」
タカおじ様とバッタのおじ様が顔を見合わせます
「……それにタカさん、ほらこれ、冴ちゃんの本当の姿よ。美人と思わない? この頃になると賀川君には似ていないけれど」
「私は父似で、玲は母に似ているのですわ」
「それもぎょぎょさん、まんざらでもない様子だわ。冴ちゃんをこないだ送りに行ったら、来るのを心待ちにしてるのか、事務所の入り口でソワソワしているし」
バッタのおじ様は、頷きながら、
「確かに美人だし、仕事はできるし。ぎょぎょと言えば、確かに挙動不審だ……それは俺も気付いたぞ、投げ槍。二人でコロッケ並んで喰っていたり、駄菓子屋に行ったり……」
「さえちゃんはな、子供だからな。見た目がな。遊んでやっているつもりだろうよ」
「いやいや他にもこないだは電車で海岸の方まで連れて行って。更には……温泉にも行ったんだろう?」
「そそそれは……でぇと、なのか。いやいや、そもそもバッタ、知り過ぎだろう? それに温泉はい、一緒に……」
「本当に抜田先生はよく御存じですコト」
冴ちゃんは顔を更に赤くしながら、朗らかに、
「大浴場が混浴で……他の方に見られると幼女でも恥ずかしかろうと、その日は家族風呂を取って下さって。家族風呂と言っても大層大きな、風景の良いお風呂を独り占めにさせていただきましたわ」
「流石に一緒には……」
「折角来たのに入って行かないと言う魚沼様に、私が上がった後で入る様に勧めましたわよ?」
オジサマ二人もそうそう見れないような表情になっています。ですが、その一言で安心したような顔をした所で、
「ですので、私……待っているのも退屈でしたので、また……入りました」
もう、その途端にオジサマ達は色めき立ち、葉子さんはそんな事までは聞いていなかったわと言い、私は温泉いいなーって思いました。
他にも『山の小川にも行きましたし、週末に駅で揚げていたテンプラを食べたり、モールでお買い物したりも少々……』などと冴ちゃんは付け加え、オジサマ達は衝撃をしばし落ち着けるような間があってから、
「波長は合っていると、私は思うのですわ」
「だが、……結婚なんてな」
「こらあ、まあ、色々と充分すぎるが。それこそ、ぎょぎょの奴がハンコを押すまいよ」
「タカさん、『もしもの時はいろいろお願いいたしますね』って約束しましたわよね?」
「う、ああ、まぁな。そら、おめぇ、夢って……」
「魚沼様と生きていく事ですわ」
「投げ槍……言葉には気をつけろ。まあ、ステータスは……社長に弁護士、釣り合わなくはないが」
「捨テタ?」
「社会的って意味だ、投げ槍よ」
そう言った二人に、冴ちゃんは真剣な顔で、
「ただ一つだけ確認したいのですが、魚沼様って幼女趣味はありませんよ、ね」
「「ねぇよ」」
ただ、今の聞いたら自信が無くなったがなと付け加えるタカおじ様。冴ちゃんはにっこり笑い、
「安心していい感じですわね。では……『実力行使』、ですわ」
そう言って手にしたボールペンと、何故か『魚沼』と書かれたちょっと上等そうな印鑑見せ、
「証人、そして魚沼様の所、お願いしますね? 文句など言わせないように必ず『二人』で提出しますから。ただ後、この『証人』がもう一人要りますが、これについてはタカさん、抜田先生が指定した方に頂いて参ります。それがいただけないようでしたら、この紙は破棄いたしますわ」
体は小学生くらいですが、どうみてもその顔は子供のものとは思えない、キリリとした表情で言い切るのでした。
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うろな駅係員の先の見えない日常(おじぃ様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6937bq/
10月26日(土)からの土休日、うろな駅およびうろな支社の社員にて行われた
『うろな高原 ~紅葉華やぐ秋の行楽キャンペーン』
に、冴と魚沼が出かけた設定にしました。
問題あればお知らせください。




