模写中です
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うううううううう……あれ?
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携帯が鳴ってる?
私はハッとします。見てみると着信の山、そして玄関の呼び鈴も鳴っていて。
「あれ?」
かれこれ十分は鳴っていたみたい。玄関口で声もします。
「ユキさん? 居るよね? 開けて!」
「ご、ごめんなさい。気付かなくて……」
ああ、昔も、今日集配にって約束していたのに、こうやって待たせた事があったなんて思いながら扉を開けます。その向こうには、あの時よりも焦ったような賀川さんの顔。
きっと。
この短い間に彼は私に何かあったのかもとヤキモキしていたのでしょう。
携帯置いて出て行ったのではないかと、心配してくれたのでしょう。
「描くのに集中していて。ご、め……」
昔……と言っても、一年前くらいの事ですが、その頃と違うのは。彼が。心配した彼がただ見ているだけではなく、私の体にするりと手を回してくれて抱きしめてくれる事。
「ああ、よかった。物音はしていたからいるのはわかったけど、返事できない状態かと思って」
「えっと、そ、そんなに騒いでないはずですけど」
「筆を置く音が聞こえた」
「え?」
扉が閉まっている上、土間と部屋を挟んでいる場所から、筆の置く音なんて聞こえるハズないでしょうから、冗談でしょうが。
私を抱きしめる、痛いくらいに強い力。森を歩いてきた体は熱いですが、こないだのような不自然な熱さはない気がします。好きな人だからか、汗の匂いも健康的で嫌じゃないから。
でも、小さい女の子の声がした気がして。『あかちゃんいるの?』、車の中で押し倒されたり、工場で何をされそうになったか思い出して。時間が経つにつれて鮮明になる記憶。それで反射的に賀川さんの体をぐいと押しやってしまいます。ただ力が強い彼の体はびくともしないけれど。
「ごめ、嫌だった?」
私が拒否した事に気付いて、彼は力を緩めます。嫌じゃない、賀川さんに触られるのは落ち着くの。ただ他の人のそれを思い出してしまっただけで…………違うの……返事をしないうちに、私の耳朶に言葉を言った時の吐息を残して、彼は私から離れます。
そして彼は何事もなかったかのように中へ入って、
「水もらうね」
と言って、コップに水を注ぎ、土間から上がり込むとその部屋に座って飲んでます。
「買ったコタツ布団の色、いいね」
「はい。部屋が明るくなりました。昨日は……忙しかったんですってね?」
「ああ昨日、ごめんね。急に抜田先生に任せて。でもよかったよ。今日だったら雨だから。ただ雨って言っても、ゆっくりなら傘で戻れるルートを見つけたから」
右手にしていた二本の雨傘は、一本は私の日傘兼、雨傘。
もう一本の黒い傘は閉じて畳まれていますが、水が滴っている所を見るとさっきまでは降っていたのでしょうか。今は降っていません。さっきまで雨音も感じないくらい集中していたみたいです。
私は賀川さんを見ながらハロウィンの時に言われた司先生の言葉を思い出します。
『まあ、男として色々まだまだだが、賀川はお前が産んだ子に対して母親としての覚悟を決めたのなら、どんな事情があろうと関係なく一緒に親になるという十字架を背負ってくれると思うぞ。タネがお前の望む賀川なら言う事はないんだが……』
……賀川さんがイイ、賀川さんじゃなきゃ、嫌なのに。
っていうか、私、何を考えて……
「どうしたの? ユキさん。顔、赤いよ?」
「はう、いえ、何でもありません……」
「すぐ帰れる?」
「ふ、ふ、筆を。筆洗油で処理してからにします」
「今は何を描いていたの? 今日は雨が降るから移動はさせられないけれど」
「あ、まって……」
「何コレ? 抽象画? それとも下塗り?」
隣の部屋のアトリエの方に入って、今描きかけてる赤と緑、それに白や黒で埋め尽くされたキャンパスを見て賀川さんが呟きます。集中して描いてこれなんですけれど、何か?
「違います、天狗さんなのです」
「て? 天狗ってこっちにあるの、だろう? よく描けてるよ。あ、傘次郎が開いてるのと閉じてるのがある。背景はこっちがイイな」
「かさ? じろう?」
「ん? ああ。いや、傘の地色が、その綺麗だなって。何でもないよ?」
賀川さんは側にあった描き上がりの絵、二枚を眺めます。
「で? こっちは今からこんな感じになるの?」
賀川さんの言葉に私は首を振ります。
「ココに籠って殆どこれに向かっているのですが、描けないんです、この絵」
「描けない?」
「そうなんです」
「天狗の絵なんだよね? ならココにもう二枚あるからもういいんじゃない?」
「よ、よくないです」
私はフルフル首を振ります。
「こっちの天狗さんとあっちの天狗さんは別なのです。この描けない天狗さんの方が少し鼻が低くて……その、ちょっと賀川さんに似ているのです」
賀川さんは手にして飲んでいた水を吹きそうになり、何とか飲み込んで、
「お、おれ? 天狗みたいな顔してる?」
「違うんです、骨格とかそんなの? が、ですね」
そう言いながら私は思いついてペタペタと賀川さんの体を触ります。
「ちっ、ち、ちょっと、ユキさん? 痛っ」
賀川さんが声を上げて驚きます。左腕? どうかしたのでしょうか?
「あの、ごめんなさい」
「な、何でもないよ。急だったから驚いただけ。で、ユキさんこそ、何?」
「えっと、その。少し、足を上げて! 違うのです、もっとこう……上がるんですね、体柔らかいです」
「どうしようって……」
「お願いです、モデルになって下さい」
「はぁ????? ……まあ、良いけど。この態勢はきついよ?」
「棚とか使って寄りかかって、休憩入れながらもいいのです!」
「OK……わかったよ。でも日が沈む前まで。タカさんがユキが帰ってこないってこの所、凄くオタオタしてるんだよ?」
「わかりました。急いでデッサンして、エスキースまで作ってしまえばどうにかなるので」
そう言ったのに。
その日は賀川さんを一か所に釘付けにして、あの時、助けてくれた鼻の低い方の天狗さんの絵を結局描き上げてしまったのでした。
帰り際、雨は上がっていましたが、足元が悪いのでゆっくり帰ります。
「何で描けなかったはずの絵が描けたのかなぁ。構図が悪かったからか、それに……やっぱり似てるというか……賀川さんなのかな?」
「何か言った?」
「い、いいえ。何でもないです。それよりこの傘、拾ってくれた人が居たそうなので、今度会えると良いなと思ってるんです」
「ああ、そうだねぇ」
「後、お願いしたい事が」
「何?」
「司先生の結婚式、三十日にほぼ決まったんですけれど。賀川さんがピアノ上手に弾けるって話をしたら、式で弾いてくれないかって」
「ぴ、ぴあの?!」
「え? そ、そんなに驚かなくても。どうかしたんですか?」
「え、あ、うん。ピアノね」
何だか歯切れの悪い言葉に私は首を傾げます。
「きゃっ」
「あ、あぶない」
油断しかけた私が足元を崩したので、賀川さんがとっさに手を握ってくれて。そのまま手を繋いで帰ります。その差し出された左手は暖かいのですが、ぎこちなくて。何か違和感を感じたのは私の気のせいだったでしょうか?
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断れなかった賀川……
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"うろな町の教育を考える会" 業務日誌 (YL様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
結婚式があるという設定を。
うろな天狗の仮面の秘密 (三衣 千月様)
http://book1.adouzi.eu.org/n9558bq/
天狗仮面様と傘次郎君、鼻の低い天狗面をイラストにて。
お借りいたしました。
問題があればお知らせください。




