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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
10月27日

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201/531

睡眠中です

llllllllllllllll

眠れぬ賀川。

llllllllllllllll

 







 痛みが夜半になって増したが、泣き言は言えない。プラスチックボトルを睨みつけ、出来るだけ飲まないでその場をやり過ごしていた。思い出したように冴姉さんがくれた過去の俺の写真を眺め、親友だったという『篠生 誠』の姿や笑っている『俺』を眺めていた。

 そんな俺の所にタカさんがやって来る。

「やっぱり寝てねぇか」

 頭をガリガリやりながら、さらりと近づいて来ると、体を起こした俺の横っ面に突然蹴りが飛んだ。避ける間もなくベットに吹っ飛んだ俺の口に何かをねじ込み、呼吸を奪われ飲み下してしまう。

「ごほっ、な、何を、タカさん」

 ニヤッと笑うタカさんの顔。

「どうせ朝の鍛錬は出られないんだ、よく眠れ。明日は会社休めや。夕方くらいまで効くと言っていたからなぁ」

「そ、それは、こま……り……」

「出る気だったのかよ、ったく。どうしても出たければ自力で起きるんだなぁ」

 睡眠薬……だ、駄目だ。頭が、意識が歪む。いやだ、麻酔とかこう言う物は嫌い……だ。だがもう吐き出す事も出来ず、その効力に俺は引き込まれる。

「ここは俺んちだ。何をそんなに警戒しているんだ? この家の中じゃ、何も起こさせやしねぇよ。休めや賀川の……いや、玲」

 タカさんの大きすぎる手が俺の頭を撫でた気がする。彼は見た目とは違い、繊細で情に深い。そして家族を失った過去の記憶に囚われている。その背は大きく、それでも守れなかった何かを、いつまでもいつまでも背負って……






 冴姉さんが置いて行った俺の昔の写真を見て眠ったからか。

 夢を見た。

 もう20年も前。

 自分がこの世の中から『抹消』される寸前、幸せだった普通の生活。



 その日、俺は日本に居た。そう、ファーゲンというピアノの先生、俺と篠生 誠と言う名の少年は彼の生徒だった。その日、彼も家に呼んで俺はピアノのレッスンをしていた。

 ピアノを撫でる自分の手が幼く、だが今よりも軽やかなのは子供である無邪気さと純粋さのせいだろう。もうこんな音は奏でる事は出来ない。

 透明な音。

「あきら、素晴らしいね。君の才能は飛びぬけてる」

「でも先生、センサイで、ユウガなのはまこと君です。二ページ目のここで、あんな音で弾かれたら……」

 俺は彼の音をなぞってみるが、出す事が出来ずに苦笑し、隣に座っている小柄な少年を褒め称えた。褒められた少年は俺の音をなぞり、二人で連弾をはじめてしまう。その光景に先生は目を細める。

「二人とも素晴らしいよ。まことは体調さえ整えば良いんだけどね」

「今度のコンクールでは、まこと君、優勝してね?」

「あきら君と戦う事になりそうだね」

 俺は首を振った。

「ううん、まこと君とは戦わない。まこと君とは世界に出てから一緒にセッションしたり、コンサートする仲間になる」

「え? どういう事?」

辞退やめにしちゃった。それに本国ステイツに姉さんが戻るから。一緒に帰りたいって」

「ええっ? 次、もどるのは?」

「夏休みかな?」


 この後、ファーゲン先生は俺の指導に外国まで追いかけて来てくれたのに、冴姉さんが断ったと聞いた時は驚いたけれど。その話を聞いたバスの中で俺は事故に、人攫いに遭う。


 そんな未来は知らない。

 五歳の俺と誠は。

 庭を散歩したんだ、手を握って。そう、そうだ、思い出す。



 誠は体が弱かったけれど、そのピアノの才能は俺とはまた別で、対極を行くような弾き方だった。

 俺は楽譜に見える情景を音にしていくが、誠は何か別の何かを弾き出す。それが何かはわからないから俺には真似が出来ない、だが人の心を打つ音色だった。真似しようとして出来ないと言うと、彼は俺の望んだ場所を弾いてくれる。そして連弾をしたり、終われば俺を見ていつも何か言いたげに手を握って、不思議なくらい微笑んでいる少年だった。俺もそれにつられて笑ってみたりしていた。

 ああ、その頃から俺は笑うのに苦労する人間だった気がするけれど、彼の前では笑えていた気がする。

 ともかく彼とのピアノは戦う以前に、とても比べられない世界にいると俺は思っていた。

 だから大人になったら『世界』で会いたい、お互いの音楽が音楽として認められて……それは……子供の夢。



 俺達は指切りをする。



「きっと会おうね、まこと君」

「うん、あきら君」



「君達なにしてるの?」



 指切りをする俺達に、制服姿の少年が声をかけて来た。学ランの少年は家の隣の敷地に合った会社の研究室を借りてるのだと言った。

「俺が作ったんだ、これ」

 彼は暇つぶしだったのか、社長の息子とその親友だと知ってか。理由はわからないが俺達を研究室に入れてくれた。そしてガラスのケースに入った剣を指差す。

 ガラスの向こう側には当時の俺の身の丈もありそうな、真っ赤な剣があった。

「この剣は特殊な金属で出来てるんだ」

「お兄さんが全部作って考えたの?」

 彼は頭を振って、

「実はね、『種』があるんだ」

 彼は剣の柄に嵌った小さな赤い球を指差す。

「あれは、ある人に借りたんだけど、アレを研究して作ったのがあの剣の金属で。TOKISADAの製品に使われているんだよ」

 彼はサンプルらしい赤いネジを見せてくれた。他の形に加工された物もあったが、彼のお気に入りはネジだったようだ。嬉しそうに触れる姿を不思議な気持ちで俺は見ていた。

「凄い、綺麗な色だね」

「塗装すればわからなくなるけど」

 俺はぼんやりとそのネジに触れる。

「このネジを使った製品が日本中、いや、世界中にばらまかれてる。おかげで、俺にそれを貸してくれた人が助かるんだ」

「へえ……その貸してくれた人は好きな人?」

「う、うん。この頃の子供はマセているなー」

「この剣、重そうだねぇ。さわってみたいなぁ」

「それは神の剣、『御神体』なんだ。『本物と違わない』はずだよ。その剣には神が宿っているから、君達の願いも叶えてくれるかもね」

 そう言われたから、俺達はもう一度指切りをする。

 叶わなかった約束を。

 神はやはりいない、と、俺は思う。この時の願いをやはりかなえてはくれなかったのだから。

 どうして俺は『まこと』を忘れていたのだろう……



『それは、やくそくが。かなえられなくなったからでしょう?』



 俺はどこからか漂ってくる『朝』の気配に何とか夢から覚めた。

 自分の頬に涙が伝っているのに気付く。

『赤い宝刀』と呼ばれるネジの権利を巡って、俺は現実には居ない人間になった。

 あの学ランの人物の大らかな雰囲気は…………タカさんの、息子である刀流……彼はもういない。死んでなお彼の残した謎は、俺の前でねじれて横たわっていた。

 だが思い出した彼の無邪気な顔は遺影で見たそれよりも、とてもタカさんに似ていて俺は泣きながら笑っていた。



「おめぇ、起きて来れたのか……」

「俺、少しでも意識が浮上すると、起きちゃうみたいで。効きにくいんでしょうね」

 流石に鍛錬の時間は過ぎていたが、朝食頃、起きてきた俺を見てタカさんが目を丸くした。その顔が夢の中の彼と重なって俺はニヤリと笑うしか出来なかった。



lllllllllllllll

これにて27日終了。賀川眠れました。笑

28日朝に少し食い込みです。

長い27日、お付き合いいただき、ありがとうございました。

まだまだ続きます。

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