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携帯を切った後、室内をじっと見やる。
オレ達が嬢ちゃんが寝ていた部屋を訪れた時には現状、酷い有様だった。
ベッドのパイプは折れ曲がり、マットは鋭いモノで割いたかのようにずたずただった。床に細く、僅かに血が飛び散っている。
窓ガラスは割れているが、それでいて内側に割れたのか、外の誰も気付いていない。そう、ここまでの惨状を作りながら、オレ達が踏み込むまでナースステーションの誰もこれに気付いていない。あり得るのだろうか?
って、あってるから仕方ない。
「嬢ちゃん、賀川のといるそうだ。騒がなかったのは正解かもしれない」
「例の運送屋か。言ったろ。ここまでしたなら何かアクセスがあるまで動かないのが定石だ。ただ攫うだけならこんなに荒らす必要はない。と言うか普通じゃないな、この様は」
バッタがもっともそうに言い、電話中に部屋に滑り込んできたぎょぎょが成果を話す。
「話は通してきたぞ、投げ槍。医療機器は保険がかかっていた。警察沙汰にはしないでくれるそうだ。壁や床の修理はうろな工務店に任せてもらえる。持ち出しになるが」
「かまわねぇ。ベッドとかは請求書……」
「払ってやるよ、投げ槍。ぎょぎょ、オレに回せ」
「お、バッタ、気前いい。ならオレの事務所料タダで」
「やなこった。あくどく巻き上げた金があるだろう?」
「お前もな」
いや、お前ら、意外に金ねえだろう? 寄付とか基金に回してるからな。
それでもそれなりに潤っているんだろうから、払ってもらおうか。しかしクマでも暴れたかって状態、誰がやったって言うんだ?
…………賀川か? 嬢ちゃんが? それとも第三者か?
まあ、ココに居たのは嬢ちゃんだから支払いはこちら持ちで仕方ない。
「で、投げ槍は講習どうだった? わざわざ紹介して捻じ込んでやったんだから」
「ああ、まあな」
「何だ? 強面だから小さい子、泣かせたんだろう? オレみたいに使い分けろ」
「う、うっせーな。無事にツトメタから良いだろうよ。票取りの為に笑える奴と一緒になれるかよ」
言えねぇ、泣かせたのじゃなく、泣かされたなんて絶対言えねぇ。
二人は顔を見合わせてから、
「「出所おめでとうございます。親分」」
「なんだぁ! ドコにツトメタ話になってんだよ、おら」
オレは思い出し泣きしないようにそう言い放った時、扉が開いた。
「こ、れは?」
「ちょ、ッと待て。ユキは何処だぁっ!」
入って来た途端、清水の先生は絶句し、小梅ちゃんが嬢ちゃんが居ないのを見咎め、叫ぶ。
それはそうだろう、病人が安全に眠るはずの病室が、爆弾を投げ込まれたような惨状になっていて、そこに横たわっているはずの女の子が姿を消し、あまつさえ三人の中年が居座っているのだから。
「一週間ぶりか、小梅ちゃん。嬢ちゃん、いや、うちの『娘』が世話になったな」
「う? うちの? タカさんこれは……」
「ユキは賀川のと居る。大丈夫だ。娘って言うのは……」
「投げ槍、秘密を知るのは少ない方が良いが?」
「あんた、どこかで……あ、コロッケ甚平!」
小梅ちゃんは首をかしげ、割って入ったぎょぎょを見ると誰かわかったらしく目を丸くした。
「弁護士の魚沼だ。あそこのコロッケは揚げたてが美味い」
ぎょぎょは商店街で弁護士をやっているが、まあ、普通に考えてあまり必要ない存在だ。中学の体験学習に弁護士は使っていないのだろう。大手じゃなく、今は若いのも殆どいないから受け入れるのは難しい。こいつは裁判関係で町を出払っている事も多い。だから小梅ちゃんが知らないのも無理はない。
ただ、ぎょぎょは独り身が長い。ヤツは良く肉屋の前で揚げたてコロッケを喰っている。そんな時にも土瓶眼鏡は健在だが、襟章付きのスーツであるはずがない。猫舌河童もどきが甚平姿でアツアツを頬張る。商店街の奴らも突っ込みどころ満載過ぎて、スーツの時と私服の下駄に甚平姿の時は扱いが違ってしまうほどだ。
「弁護士だったのか、コロッケ甚平。どこのオッサンかと」
「今日日、お使い偉いなと思っていたが、学校の先生だったか」
小梅ちゃんが絶句しちまった、気にしている事をずばりと言ったが、お互いさまと言った感じか。
ぎょぎょのスーツを飾る、弁護士記章はもう金が剥げ、銀に近く、ひまわりと言うより菊に見える。だがその真ん中の天秤は平等を指す。ただ、ぎょぎょに平等があるかは不明だ。
「先生達にはユキがお世話になる事も多いだろう。知っておいてもらって無駄はない」
「投げ槍がそう言うなら……これを見てどこまでわかるかな? ちっこい先生さん」
「ちっこい、お前にだけは言われたくないな、コロッケ甚平」
「俺の正体を知ってそれを止めないのは気に入ったよ、生徒に訴えられるような事があったら、安く相談に乗ってやるよ」
「誰がコロッケ甚平の所に行くか! それもうちの生徒は素直でいい子達ばかりだ」
「ふん、良い先生だ。だが生徒はどうあれ、今の親は大変だからな、何かあったら来るんだな」
壊れたベッドに置いていた資料をぎょぎょが待ち出す。
受け取ったのは小梅ちゃんだったが。奪うように眺め始めたのは、彼女の隣で値踏みするかのようにぎょぎょを見ていた、清水の先生だった。馴れ馴れしく俺の先生に話すなとでも思っていたのかもしれない。
清水の先生、若いが頭も働くようだ。小梅ちゃんに傾倒し過ぎている感はあるが、それは世の中の為だ。この男、悪女に熱上げたなら、その頭の中身を使い果たして裏社会を牛耳るだろう。
女の為になら道を踏み外す事も厭わないタイプ。しかるに女が良ければ、一生安泰って事だな。小梅ちゃんもまんざらってワケでもなさそうだしな。
「前田さん、息子さん、居たんですか?」
「タカと呼べや、水くせぇから。刀流、だ。内縁の妻がアキ。その子供も認知済み、それでも二人は若いし、うんぬんだ……」
最後の方は忘れて誤魔化してみる。それでも分かったのか清水の先生は呟く。
「遡って特別養子縁組に持ち込むんですね? 魚沼弁護士。身内なら手続しやすい。それにしてもどこまで改竄してるんですか、これ」
にやりとぎょぎょが笑った。
「遡って? 改竄? いやいや、人聞きの悪い事を。全ては過去にちゃんと手続きは踏まれている。特別養子縁組は六歳、どんなに超えても八歳までだ。わかるだろう?」
「ああ、これはもう十年近く前の資料なんですね、わかります。でも確か……」
捻じ曲げた作った「資料」。
その問題点は1つだけ。清水の先生は問題点に気付いたのか、眉を寄せる。ぎょぎょは笑って、土瓶眼鏡の目を大きくすると、
「第八百十条」
「……流石に六法全て覚えてるわけではないので、条文まではわかりませんが、問題点はそこですよね? 彼女嫌がるんじゃないですか……そこまでして特別養子縁組にこだわるとしたら、親権ですか?」
「普通養子縁組だと、実親として親権を盾に取られて彼女を奪われかねないのでね」
「彼女の母親が何かやる様には……身内がヤバい?」
ぎょぎょが曖昧に頷く。
「じゃあ、ユキちゃんの説得には俺か梅原先生が入って……」
「投げ槍……いや、前田氏が養親として説得する。『親になるに、自分の言葉で語りたい』そうだ。まずは任せよう」
オレの事を先生が見たので、しっかりと頷くと了解したようだ。
それでもぎょぎょは保険にと言った感じで、
「もしもの時には声を掛ける。それでもダメなら、ただの里親に切り替える。あんまり効力はないが、彼女の意思を尊重するようなので仕方がない。それか切り札を切る」
「切り札?」
「賀川の、だ」
オレは口を挟む。
「賀川さん?」
「おおよ。清水の先生よ、いろいろありがとな、これからもうろな町に居る限り、ユキを頼む」
オレが頭を下げると、彼は「なるほど」と笑ってから見終えた資料をぎょぎょに返す。
「何なんだ? 養子? 里子?」
小梅ちゃんが置いてきぼりになってる。
「梅原先生。いろいろ法に触れる方法ではあるのですが、簡単に言うと……タカさんの息子さんとユキちゃんの母親の間にユキちゃんが生まれ、それをタカさんが養女として引き取った形にするそうです」
「何だってタカさんが……」
清水の先生がしたわかりやすい説明に、小梅ちゃんが戸惑ったように、呟いた。
"うろな町の教育を考える会" 業務日誌
YL 様の作品より梅原先生、清水先生借りてます。説明会はもう一回続きます。何か問題があれば書き直します。ぎょぎょ(コロッケ甚平)が失礼して申し訳ないです。
民法上、特別養子縁組が出来るのは対象児が6歳まで、最高8歳までです。また養親は両親が揃っていないといけません。
血縁があれば(この場合祖父母と孫)組み易いので、ぎょぎょは一度その状態にした上で、『過去』タカの妻が死ぬ前に特別養子縁組をしたと言う事にしたようです。
だってタカ一人では本来「養女」は取れないのです。
その上、本当は遡る事など出来ないので、すべて虚構の『改竄』の演出になります。バッタとぎょぎょの力と言う事で。
法律に強い方には突っ込み所満載です。
それでもまだ問題があるので、タカには頑張ってもらう予定です。




