訪問中です(喧嘩もいつか)
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がちゃっとな。
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「おい、勝也、約束通り顔拝みに来たぞ」
ノックもしないで、扉を開けるぎょぎょのおじ様。中からは、
「ほら、これで冷やして下さい」
「そんな物、要らんぞ」
「……冷やして下さいね?」
そんな会話が聞こえてきます。
突然の訪問にも全く気にした様子もなく、着物姿が美しい女性がほほ笑んでくれます。梅原先生と同じ梅の香りがする人、名前を聞かなくても司先生のお母様とわかりました。細いけれど弓のようなしなやかさと、折れない意志の固さが司先生に通じます。
「あら、魚沼さん。来て下さったの? そのお嬢さんは?」
「うぬ」
私はぎょぎょのオジサマに促され、ぺこりと頭を下げると、
「私は宵乃宮 雪姫と申します。清水先生、司先生には大変お世話になって。命まで救っていただき、いろいろ気にかけてもらっています」
私の白髪紅眼はこんな所では役に立ちます。
「ああ、司が言っていた森の白い子ね。ユキさん、私は司の母で梓です。名前の通りの美しい髪ね。綺麗な絵を描いていたでしょ? こないだ司がメールで『おちゅうげんにもらった』って梅の絵を写真で送ってくれたわ」
私は恥ずかしくなってもう一度ぺこりと頭を下げます。
その間に、ぎょぎょのオジサマは中に入り込み、言われた通りに頭を冷やしている、先程まで清水先生と交戦していたオジサマに、
「あの足運びは何だ、全国優勝の名が泣くだろう!」
「それよりカッパ、さっき手にぶら下げていた幼女は何だ?!」
「そんなもん見て、余裕かましてるからダメなんだ。それに刀、投げてるんじゃない」
「か、隠し子か、それとも、か、カドワカシか!」
「無視かっ」
「ねぇ、まさか魚沼さんがあんな小さいお子様趣味だなんて。うちの主人の事もう言えませんね」
「よ、嫁まで変な事言い出したぞ。失礼な……」
ぎょぎょのオジサマを絶句させて、ふわりと笑うと、梓お母様は、
「ユキさん、うちの主人に用事があるのでしょう?」
そう言って話を向けてくれます。
「あの婿が『良いように吹き込んで来い』とでも言ったか?」
私はフワフワと首を振ります。
「清水先生がそんな人じゃない、今日の試合で司先生のお父様が一番よく知っている事でしょう?」
そう言うと、やっと真面目にこちらを見てくれたのは、とってもしっかりした大地と岩の肌を感じる強い意志の人でした。武骨でなかなかわからない優しさですが、どんなに雨風が強くとも、自分の庇護下にある者を守り抜く思いに溢れています。
「あの、これを……」
私は手帳に挟んで持ってきた栞を二枚、おずおずと差し出します。本当に良かった、これが今朝の件でぐちゃぐちゃになったり、無くなったりしなくて……
「栞? 押し花か?」
「これは私が母とこの町に来た時に咲いていた花を押したモノです。司先生はこの美しい花が咲くこのうろな町で新しい命を宿し、産み落とします。厳しい冬を越えて生まれて来る子達が迷わない様に、暖かい春を思って、待っていて欲しいので司先生にも渡していますが」
私は息を継いで、
「おせっかいとは思いますが、司先生のお父様から、これを清水先生に渡して欲しいのです」
「何で、儂が……」
司先生のお父様が不満一色の表情を浮かべるその顔に、私はゆっくり言葉を紡ぎます。
「こうして言葉を口に紡ぐのは難しくても、文字にすると伝えやすくなります。そして言葉よりもそこに残り、支えに、歴史になります。先生お二人とも奇しくも国語の先生です。言葉の重さ、大切さを知って教え伝えるほどです。だから書き、送る事でもっとも歪まず想いを受け取ってくれると思います」
「二枚、か。そうか双子だからか…………梅…………桃と桜か……春になれば雪解けは当然か」
司先生のお父様は、花を見ながらそう呟き、何となく、でしょう、私に、
「これを摘んだと言っていたが、両親は健在か?」
そう聞かれて、私は視線を落とし、もう一度上げてから笑います。
「私には生まれた時から父はいません。母も私を置いて消えました」
「い、いない? 消えた? そんな事……済まない辛い事を……」
「いいえ。でも今は回りにいっぱい『家族』がいるから両親が居なくても平気です。先生達も生まれて来る子も、猫の梅雨ちゃんも、私に取っては『家族』です」
そう言い切ったけれど、ちょっとだけ息を付いて、
「…………でもちょっと、ちょっとだけ司先生が羨ましいです。自分が好きになった人を紹介できる、祝福してくれる肉親が居ると言う事が。私、いない、から。だからってわけではないですけれど……二人の式には照れずに来て、祝福してあげてくださいね」
そう言った途端、司先生のお父様は、
「わ、儂はシャワー室に行ってくる。汗がとまらん」
そう言うとタオルを掴んで、別室にあるらしいシャワー室に行ってしまいます。
「倒れた時に頭を打っているので気をつけてくださいねぇ」
のほほんとした梓お母様の言葉が響きます。
「ちゃんと祝福してくれるでしょうか?」
私の疑問詞にぎょぎょのオジサマは、
「あいつはひねくれ者だが、話の分からん奴じゃない。ちょっと行ってくる。済まんが、この娘は訳アリで一人に出来ない。迎えが来るまで居させてやってくれぬか」
そう言った言葉を受けて、梓お母様が優しく笑って答えたのを確認して、ぎょぎょのオジサマは部屋を出て行きます。
「じゃ、失礼して電話をかけさせて下さいね。」
賀川さんに連絡はすぐつきましたが、何だか後ろでタカおじ様が咆えているので、時間がかかりそうです。ちょっと困った笑いを向けると、梓お母様はお茶を入れて席を勧めてくれました。
「魚沼さんが弁護士になった理由を、ユキさん知ってる?」
「いいえ……タカおじ様なら知っているかもしれませんけど。タカおじ様は私の預かり親、今の保護者で。結構小さい頃から仲がいいハズです」
「そうね、でもうちの主人との方が魚沼さんとは長いと思うわ。このうろなに越す前からの知り合いだから。私は体が弱かったし五つ年が違っていたから余り遊んでもらう事がなかったけれど。彼の妹さんとは同じ年で、何度か遊んだわ」
そう言って梓お母様は昔語りをしてくれます。
言っては悪いのですが、ぎょぎょのオジサマからは想像できないほど、その妹の巴さんは美少女だったそうです。彼女はぎょぎょのオジサマにとって宝物のようだったそうです。
「でもある日、妹さんが消えたの」
「消えた?」
「私は当時小さかったから意味が解らなかったけれど。捕まったのはまだ未成年の男の子だったわ」
巴さんは事件に巻き込まれて命を失ったのだと、知り、驚きます。
今よりも高い年齢まで保護された当時の法では裁かれないまま……それを知ったぎょぎょのオジサマは仇を打つ為に飛び出したそうです。けれどもそれは果たされなかったそうですが。
「もともとうちの主人と同じく、別の道場の跡継ぎだったのよ。二人で切磋琢磨していたわ。でも復讐を親に止められた魚沼さんは、剣の道を辞して、小学五年で町を去ったわ。何も言わず。たまに冷やかしにうちの道場に来て、主人と話して帰るの。でも幾つの年だったかに『金バッチ』を付けて現れた時はビックリしたわ」
「それまで……」
「何も。主人も聞いてなかったみたい。どうせ剣道やっているなら、何故戻らないと詰っていたから。その時やっと、『妹さんを殺した犯人がいつか再犯するその時があれば』と……主人に言ったそうですわ」
それはぎょぎょのオジサマの執念で、でも優しいオジサマの事だから……ホントは何もないといいと思っていたに違いありません。
「何もなければよかったけど、事は起こってしまい、再犯を繰り返して、逃げて……掴まって裁かれるまで、立証、起訴できたのは複数の傷害と、三つの殺人罪……魚沼さんは倫理上、自分の身内が関わった事件だから結局見ているだけの様な感じだったの。それでも『終わった』のだからと、こないだ問うたのよ?」
「オジサマは何て言ったのでしょう?」
「彼は……復讐というなら剣を取るべきだった。奴を落したいだけなら刑事か検察になるべきで、寄り添いたいのは被害者家族……彼はずっと苦しみに寄りそうのだと……そんな事を言ってたわ」
私は顔をあげます。
「でもどうして私に急にそんな話を?」
「今日、魚沼さん、女の子と居たでしょう? あんな安らいだ顔した彼を見たのは、子供の時以来かも知れない。流石に、年差はあるから結ばれるって事はないでしょうけど。誰か知っていた方がいいかと思って」
そう言って梓お母様はニッコリ笑ったのでした。
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"うろな町の教育を考える会" 業務日誌 (YL様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
決闘の日会場内、試合終了後。
清水先生 司先生 梅原勝也氏 梓お母様
ユキが渡した二枚の栞がどうなったかについては
YL様の上記作品の・11月4日 春を待つ喜び
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/100/
を、ご覧くだされば、と思います。
(100話目の記念すべき回。素晴らしい報告に絡めたなと思いました)
ありがとうございます。
何か問題があればお知らせください。




