戦闘中です(うろなの平和を守る者)
重すぎる……
何やっているんだ、俺。
「ごめんね、時間がないんだ」
俺にそう言ってナイフを振りかざしたのは人工的だと思われる青さの髪をした男。年は十台だろう。健康的でない色白の肌。きっと顔はカッコイイのだろうが、下がり気味の眉に『ごめん』を繰り返す口調は相当腹が立つ。そうコイツ……ユキさんの前に初めに立ちはだかったのは彼だ。
手慣れた動きでナイフを扱っており、使うのは重みのないバタフライ。実戦経験は少なそうだ、逆手に握る事も無く、差し出す角度が人間を傷つけるには浅い感じがした。それかゆっくり浅く傷つけてそれが苦しむのを楽しむタイプだ。
始まってみると、俺の足は動きが悪く、更に慣れないマントが引っ張る様に動きを絡める。
「弱いなぁ~ゴメンネぇ」
「危ないです!」
「ほら、彼女が心配してる。でもごめん。あの子、初めてかな? 僕が貰うから」
「ちっ」
調子付く青い髪の男に苛立ちながら、俺はツンツンした茶髪と交戦中の天狗仮面を見やる。
天狗仮面は余裕充分だと俺には感じた。
何であんなに流暢に、舞う様に飛び上がり、躱し、蹴りや殴りに持って行けるのか。手にした傘は見た目以上に重量を感じるのに、振るう瞬間は針を握っている程度にも重みを感じさせない。それでいて相手に当たった瞬間、その質量は存在して相手を確実に吹き飛ばす。
相手の男はかけていた筈の眼鏡がなくなり、明らかに崩れているが、まだしっかりと足は地面を捉えている。
ただ初めに握っていたナイフは既に弾き飛ばされたのか、その手にはない。それでも近くにあった廃材の鉄パイプを握って振り回す。
「慣れぬ長物は難しかろう。身の丈にあった物を選ぶがいいと思うが」
「うるさい! これでリーチの差は歴然だ」
確かに茶髪の男が言う通り。自分の身長近くもありそうな鉄パイプ。脇に挟み、薙刀のように使いこなしてはいる。だが、天狗仮面の動きが尋常ではなかった。ふわっと舞ったかと思うと、振り回して止まった一瞬の鉄パイプの上に立っていた。
「時計の針の長針と短針のようなものである、一点を支点に振り回す時、長い物であれば遠くに届くが、描く円弧は大きくなり、その真ん中は無防備。故に鍛錬が必要であるがお主にはそれが足りぬ」
「に、人間じゃないのかっ!」
「だから天狗仮面と言っておろう。更に無駄な動きが多すぎるのである!」
「ぐわっ!」
相手が振り回す前に、天狗仮面が蹴りを放ち、吹き飛ぶ。
そのマントがひらりと靡き、邪魔に見えるのに、さらりと広がり反撃を避ける様はどこかで見た事のある動きだった。
「どこで、だ?」
「余所見するなんて余裕はごめんだ、よ!」
切っ先が鼻先を掠める。その尖った先に光が当たる。奴の青い髪が揺れ、そのナイフに零れた光は俺に過去の残像を見せる。
あれは春先だ。
不思議なペーズリーの模様なんかない、アレは継ぎ接ぎの入ったシンプルなワンピースの裾。それに包まれた真っ白な足は、ふわふわと石を渡り、濡れもせず沢を横切った。
黒く黒く、闇色の彼女。
瞳は俺と同じ黒の彼女。
真っ白な髪とウサギのような赤い瞳を隠した黒。
見た目に重く見える彼女が、信じられない軽さで森を歩む。
「最初の頃は慣れなくて、スカート破っちゃったけど。賀川さんも逆らわないといいわよ」
ゆったりとした彼女の声。黒くても白くてもユキさんの変わらない、音。それでもちょっと取り澄ました感じがするのは、俺に対してまだ慣れなかったせいだったろうか? それとも緊張か、警戒だったろうか?
俺が思い出したのは暗い森、深い森。俺が初めて森のアトリエへ向かった日の彼女のワンピース。
怖ろしささえ感じた深いその森に、今なら木漏れ日の暖かい色があるのを俺は見付けられる。
「逆らわない、無駄な動きが多い、か」
今の今まで自転車に乗って眺めていた天狗仮面の背で揺れる緑と白のペーズリー。その風に靡く事の何と自然だった事か。冬を前にした空気と柔らかな光、それを浴びる事の幸せも余裕も、ユキさんを攫われた焦りにただ埋め尽くされ、感じていなかった。だが心の持ち様なのか、そこに彼女のスカートの裾を思うと自然と心に納まっていく。
マントに引っ張られている感覚にバランスがとられるなら。俺はあえて逆らわず、そっとそちらに体重を流す。すると自然と足が上がり、そのまま体重を乗せると奴の肩にクリーンヒットする。
「ぐっ!」
「っ……」
軸足としたのは痛みのある足だから、先程、白服の男を蹴った時ほど威力は出ない。だが確実に相手の動きを制する事が出来た。それどころか、流れに噛みあった動きはいつも以上に切れと余裕を生む。その様子を見て天狗仮面が頷く。
「賀三郎、良い動きである」
「なんだ、このマント……」
「マント自体に何か仕掛けがあるわけではない。だが戦いに置いて流れに身を任せる事を意識するには、恰好の道具である」
「正装、ってそういう事?」
「見た目もこの面にふさわしいであろう? 賀三郎!」
「う、ああ。そうだな」
俺に彼の美的センスはわからない。だが、
「一気に制圧するぞ、天狗仮面」
「ああ、賀三郎」
勢いに乗った俺達が、二人を片付けにかかる。明らかに動きの変わった俺に青い髪の男は顔色を変えた。
その時、視界に動く影。
「金剛さん?」
捉えたのは彼女の声。
「ねぇ、アナタは命令されてるからやっているんですよね? お願いだから、こんなのやめて?」
鉄の様な重さを感じたその男に、ユキさんは優しく言葉を投げる。
「どうして、戦わないといけないの? どうしてこんなことになるの?」
あぶない、そいつは。
「ね…………………………………………」
言葉が通じる手合いじゃない! 俺の意識が逸れた瞬間、青い髪の男が懐に居た。
「チェック、だよ。ごめんね」
「…………………………………………命令に対するノイズを処理しマス」
視界の端でユキさんの起きていた上肢が、地面に倒れるのを見、俺は一瞬で命を摘まれる際に立った。
llllllllllllllllllllll
世の中、甘くない。
どんなに練習を積もうと一瞬が命取り。
llllllllllllll
うろな天狗の仮面の秘密 (三衣 千月様)
http://book1.adouzi.eu.org/n9558bq/
天狗仮面様、傘次郎君。そして鼻の低い天狗……
お借りしています。何かあればお知らせください。
lllllllllllllllllllll
『以下3名:悪役キャラ提供企画より』
『雫』『治』パッセロ様より
『金剛』弥塚泉様より




