追跡中です(うろなの平和を守る者)
よかった、のか?
カラン、カランと言う金属片が転がる音を耳に収めながら、俺は勢いを止められない天狗仮面をガッツリと受け止めた。
その際、仮面越しとは言え、口と口もガッツリ触れた気がする。
だが、俺への一撃を当てぬ為に火鋏を取り落す覚悟をしてくれた事に、最大限の感謝と配慮をし、地面に後頭部を打ち付けながらも、バランスを崩した彼のジャージ姿の体が地面に激突するのを防いだ。後頭部は痛いが、本気で天狗仮面のラストを浴びていれば、俺は小一時間昏倒していただろう。
それに比べると、これくらいはどうってことはない。
「大丈夫かよぉ~」
パタパタ走ってくる小天狗達。
「二人共、ごめんなさい、なかなか確信が持てなくて」
「今、き、きす?」
「そこはだまってろ。大人のじょ~じって奴だ」
「事情、だろ?」
「小天狗達よ、間に合ってよかったが、どう言う事であるか?」
疑問詞を唱えながら、すくりと何事もなかったかのように立ち上がる、般若、ではなく天狗面の男。
「盗って行こうとしたのは、まぁ……間違いじゃないわけで……」
俺は小天狗に渡された帽子をかぶって、
「俺は賀川急便、配送員で……時貞だ。一番賀川と呼ばれている」
「おお、その帽子には見覚えがあるぞ! 言葉を交わした事はなかったが。私は天狗仮面である。賀川殿。誠にすまなかった」
俺が頭をさすっていると、ペーズリーのような模様をした布をはためかせる、ジャージに赤く鼻の長い面の男が颯爽と俺に手を伸ばしていた。
その姿は……アヤシサ大爆発であるが、その実力は確かで、魚沼先生とはまた違った剣筋の持ち主だった。
本物の得物を握らせていたら俺など一撃も持たなかったかもしれない。その手を握って立ち上がらせてもらう。その握りで相手の力は推し量れる。間違いなく普通の男ではない、それなりの時間を鍛錬に費やした者だろう事くらいは俺にでも分かった。
「して、それが何故、自転車を所望する?」
俺はハッとした。こうしてはいられない。
「俺の、大切な人が、車に連れ込まれて……」
右足を捻ったのか違和感を感じる。だがそんな事はどうでも良い。急がねばならなかった。
「それって、森の白いおねーさん? ユキさんって……」
「ユキさんと会った事あるのか?」
少年達は頷き、口早に短くではあったが、ユキさんと夏の森で会い、虫を見せてくれただの、苺を食べただの、語ってくれた。
「なんと! 攫われたのは、お主の知り合いで、攫ったのではないのか……」
「……だから。俺は彼女を助ける為になら何だってする。それを天狗仮面、君が悪と呼ぶなら、俺は悪になる事を厭わないと言っただけ」
「わかりにくいよ……賀川のにーちゃん」
呆れたと言う感じで小天狗の一人がオーバーな仕草をする。その隣で天狗仮面が、
「それは、相すまぬ事を……」
そう言いながらスライディング土下座をかまそうとしかけてるのを見咎め、
「それ止めてくれないか、俺も悪かったんだ」
そう言っている間に、一人の小天狗が、自転車を曳いてくる。
「困ってる人を助けろっていつも天狗の兄ちゃんに言われてるからな! 俺の『ぶれいぶ号』を貸してやるぜ」
「ありがとう! 助かるよ、君」
「うろな小天狗であるからなっ!」
どうやらキメ台詞なのだろう、かっこよく言い放つが、赤い鼻の面は俺には少々受け入れにくい文化だ。帽子を被れば俺を知っていた所を見ると、トラックに乗っている所を見たり、配達したりした事のある家の子供なのは間違いない。
軽く笑って自転車に跨り、急いで出発した。
とりあえず無線に返事を出しつつ、情報を聞く。
集まった情報を総合すると、うろなの外で車を見た者はおらず、三番が配達中、海岸線を南に向けて走っているのを見た情報が最後だった。普通ならその先の町外の太い国道などで見かけるハズが、それ以上の町外の海岸線を走った情報がない。
「港の工場やらが、日曜で動いていないから入り込んで、替えの車が来るのを待っている可能性が高い、か」
一つずつ虱潰しに当たるのは、それだと時間がかかるかもしれない。
とにかく俺はアタリを付けた方向に向かってひた走る。
「小道を抜けるか……」
そう思った時、後ろから声がかかる。
「待つのである!」
それは、他の小天狗から自転車を借りた天狗仮面だった。鼻の長い真っ赤な顔が、凄い勢いで走っているはずの俺の自転車を、ものともせずに追いついてくる。
「貴殿、一人で参るのか?」
「ああ」
とにかく今はタカさん達に応援を要請するより、ユキさんに近付く事を優先していた。
「で、何? 自転車はちゃんと返すから」
道を急ぐ俺は、質問に答える労力より、とにかく無線を拾い、頭を働かせ、足を動かしていたかった。
「仔細、わかっているが、聞きたい事があったのだ」
「何、手短に頼むよ?」
「何故、先程、笑ったのだ。あの瞬間に……」
俺は首を傾げる。そして、思い当たる。
振り上げられた火鋏は、天狗仮面の気合にあってか、本物の剣に見える勢いと輝きが宿り、俺を倒そうとしていた。だが俺はそれを見て笑ったのだ。
「あーあ、あれ。信頼されてるんだな、このヘンなはんにゃ……いや天狗仮面ってと、思ったのさ」
「しんら、い?」
「俺、耳が良いんだ。あの少年の『音』に一片の濁りもなかった。偽善では大人は騙せても、子供は騙せない。俺が子供だった時、学んだ『音』だ」
『音』。
それは不思議なモノで、俺にとっては『音』が人の『心』を載せて伝わる瞬間がある。たぶん、ピアノをやっていたせいだ。音符の一音にどんな意味があるのか、作曲者や弾いた者の、時も、歳も、全てを超えて察する事。それが普通の声を聴いている時にも起こる事がある。
あの一瞬、『この人は俺達を裏切らない』そんな少年の気持ちが伝わって来て、俺をどこか嬉しくさせた。だから笑った、俺もこんな事、止めてくれるんじゃないかなって、何故か、思ったから。
「もういいだろ? じゃ、な」
天狗仮面の返事を聞かず、俺は小道を疾駆する。もう着いてなど来ないと思ったのだ。だがその予想は外れた。
「待つのである。この不詳、天狗仮面。こうやって窮地を知ったのも何かの縁。助太刀いたしたく同行と協力を申し出よう」
「ど、同行!? 協力?」
「うむ。困っている者を助けるのが天狗仮面であるのでな。誘拐ということであれば、警察の友人にも協力を乞う事ができるのである……」
「か、勝手に決めないでくれ! 彼女の事を大っぴらにはしたくないんだ。それでなくても見た目だけで……」
篠生は『救急車』を呼んでしまった事をユキさんにとって良いようにはいわなかった。たぶん警察やそう言うのは同じように『巫女』の存在を不要に広めてしまうのだろう。それも事が収まっても事情聴取などで何度も同じ事を聞かれるのは、繊細な彼女を壊す気がした。それでなくても、何かが不安定な子だ、電車の中で倒れた細い息を思い出すだけで俺はゾクリと背を撫でられる気分になった。
ただ、仮面の下で表情は読めないが、彼なりに協力してくれようとしたのだろうから、無下に拒んでしまい悪い事をしたとは思った。
それに今からユキさんの奪還に手が要るなら、先程の太刀筋を見ているだけにその力が欲しくもあった。
「奪還?」
そして俺はふと気づいた。
このまま、ストレートにユキさんの居場所がわかり、乗り込んだとして。
俺はどんな顔をして彼女の前で拳を振るったら良いのか。俺の拳を振るっている姿は、自分が思うより浅ましく、争いを嫌がりながらもたまに襲ってくる昂揚感に口角が上がる瞬間を、ユキさんに焼き付けたくなかった。
『Let me borrow that……』
考え込んでいた俺は、自分が英語『貸して欲しい』と呟いていたのに気付かない。
「何を貸して欲しいのであるか」
その返事にごく自然に天狗仮面が応えている事も、気にしないまま。
「その、TENNGUの面だよ」
俺の言葉に面越しであると言うのに、彼が酷く驚いたのを感じた。
その拳を振るう事に躊躇い無くも、出来る事なら貴女の目に晒したくはなくて。
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うろな天狗の仮面の秘密 (三衣 千月様)
http://book1.adouzi.eu.org/n9558bq/
天狗仮面様、謎? の子天狗四人組、お借りいたしました。




