納品中です(謎の配達人)
サインをいただきます。
俺の耳に学校のベルが響く。
今納品に来ているのはうろな中学校だった。校内は帰りの生徒やら部活に向かう生徒やらでごった返している。
「これで8個口、全部です」
何とかスポーツと書いてあるから、部活動用のボールやらスポーツ用品やら入っていると思われた。
「清水先生、ココにサインを。あ、先生の名前と学校名も一応下さい」
対応してくれたのは、清水先生だった。
「やっぱり力が強いな。この前は引越しの手伝い、助かったよ」
「モノを運ぶのは要領ですよ。対人とはまた違うんです。先生も体、出来上がって来たじゃないですか」
俺は一言詫びてから、先生の背中や腕を触る。
「うん、要らない痛みはないみたいですね。股関節も十分柔らかくなっていますから、怪我の心配も前より低くなっているはずです」
「ああ、コンディションは藤堂先生や星野さんに施術してもらって、その日に疲労が出ない様にスケジュールも整えてあるから。しかし魚沼先生がまさか竹刀一本でああ変わるとは思わなかったけど」
「ああ、魚沼先生の父親が道場主だったそうで。継がなかったから勘当されているってききました」
「弁護士より道場って……それにしても賀川さんも、気合入ると人が変わる様には見えないよ。やっぱりあのラッシュは効くね」
「人が変わるっていうか……悲しいかな、もともとの本性ですよ。ただ、どんなに血に塗れても大切な者を守る……その大切な『覚悟』に目覚めたのはベルさんのおかげですけれどね」
……初めてあのラッシュを使った、遠い、かつての祖国を思い出す。あの時『アリス』が俺を起こす事なく、心臓を刺し貫いていたら、今ここに俺は居ない。
「あれを必殺にまで仕上げないと……」
俺の言葉に不穏な俺の生き方を感じ取っているのか、清水先生の目がきつくなった。だから俺はひらひらと笑って、
「とにかく牙は出しておくものではなく秘めておかないと、大切な人も巻き添えてしまうから」
表情を緩めたが、失ったかつての仲間や『彼女』をちらっと思い出して、苦い気分になった。
「賀川さんは充分優しいからユキさんが良い顔して笑うじゃないか」
「俺は全部をまだ彼女に伝えきれない。ただの臆病者です。先生も……戦う事も大切ですが、本当に大切な事はそこじゃない。見失わない様にしないと迷子になりますよ」
「わかってるさ、勝敗は重要じゃない」
清水先生はそう言った。
結婚相手の梅原先生の父、勝也さんから果たし状をもらい、その試合はすぐに迫っていた。最後の三日は山籠もりと聞くから恐れ入る。彼の頑張りは知っているから、どうにも一本取って欲しい、そう思いつつ、リア充爆発しろとも思いもする。まあ俺もこの頃、……満たされているからまあそこまで妬んではいないが。こないだ土鍋から守った折、コップの水濡れで透けた下着は……確かに食べたくなるようなケーキを思わせた。
中学校と言う教育の場であるまじきユキさんの姿を思い出していた時、何処からかラッパやピアノの音が響いてきた。
「あ、ずれてる」
「何がずれてる?」
苦笑してしまったのを清水先生に見咎められる。
「ああ、すみません。ピアノのhiC#が嫌にズレてるみたいです。調律……いや一度調整した方が良いですね」
「こんな所から聞き取れる?」
「まあ、……全体的にそろそろ調整の時期ですね、ピアノ……サイン、ありがとうございます」
どこかの部活動の音楽、バットでボールを打つ音などが溢れる中、そう言って踵を返した時、俺は狂ったピアノなどとは比にもならない『嫌な音』を聞いた。
「う、ああああああぁぁぁぁ」
「ど、どうしたんだ!」
つい生理的悪寒に耐えきれずにあげてしまった声に、清水先生が慌てる。あんなに特訓していても、音の攻撃はやはり辛い。息を切らした俺の背をやんわり擦り、
「顔色が悪いよ、賀川さん……」
「だ、大丈夫です。原因は分かっているんです。ただ……」
何でここでこんな『音』を聞くんだ?
俺は振り返った瞬間、真っ白いモノがばっさり顔面に降ってきた。それをはぎ取ろうとするが、それは軽くふわりと舞うと俺の肩にひらりととまる。
「は? 鳩っ?」
状況に驚いて叫んだ清水先生の顔は、それは本当に豆鉄砲を喰らった鳩のようだった。
そこで俺と先生は、どう見ても生徒に見えない少年を発見する。
「よぉ~カガワ。久しぶりだなぁ」
そこに居たのはレディフィルド……夏に一度だけ会った事のある白い鳥を肩に乗せた、白髪碧眼の少年だった。海の家の汐ちゃんの話だと青年らしいが、どう見ても少年に見える彼は、制服さえ着ていれば中学生でも十分通用しそうだった。実際は頭にターバンを巻いて、白髪碧眼だから学生には見えず。
「き、君。ここは関係者以外立ち入り禁止なんだけど。カガワって呼んでいるって事は知り合い?」
俺は清水先生の言葉なんか聞いていなかった。肩には鳩を乗せたまま、俺は奴に突っかかっていく。
「殺す気かって言ってるだろーがっ! レディフィルド、むやみやたらに笛吹いてるんじゃないぞ」
俺にはレディフィルドが吹く鳥笛の音が、暴力並みに聞こえるのだ。タカさんと魚沼先生と、更に抜田先生まで加わって三人一度に、手を縛られて逃げ回っているほうがまだマシに感じるくらいに。
海外でツールに作ってもらった音に耳を慣らしてきたが、本家本元の威力は半端ない。
「前から言ってんだろ? そんな気はねーって。大体、フツーは聞こえねんだっての。海くらいなんだぜ? んな反応したのはよ」
ガクガクと揺するが、相変わらず飄々とした態度でレディフィルドは返事する。だがどう見ても、悪意があって吹いたとしか思えなかった。
彼の肩の鳥は俺の肩に居る子より大きい。鳩じゃなくて精悍な感じの猛禽類の顔。そして今日も揺らそうがどうしようが、抜群の安定感でそこに止まっている。
「マメ鳥は手紙を持ってないヤツんトコにゃ、好んで降りねぇハズなんだかなぁ……。ミョーにカガワに懐いちまったなぁ」
マメ鳥、そう、どこか美味しそうな響きのする鳥を肩に乗せたまま、俺は聞く。
「そんな事はどうでもいい。何でここに居るんだ、レディちゃん!」
反省の色がない彼に、汐ちゃんから聞いていた『彼が嫌がる呼び名』で呼んでやる。
途端にうげ、とした嫌そうな表情をした彼が、俺に吠える。
「なっ!? おいカガワっ! てめぇどこでその名をっ……!」
「こないだ『セキの夜輝石』と言ってた時には、誰の事か迷ったけど、これをくれたのは汐ちゃんだからね。聞いたらビンゴだったよ、レディちゃん」
俺は胸を掴んでいた手を緩ませ、ふふんと笑う。肩の鳩は右に左にと忙しなく動いている。
「関係が見えないんだが。ここは校内だから……」
清水先生が少々厳しい口調でそう言った。
「すいません。先生」
「怒られてやんの~ぉ」
「レディ、お前って奴は……」
「まだ言うかっ」
掴み合いになりかけるのを清水先生が止める。少々生徒達の人垣も出来つつある。
「すいません。こいつはレディフィルド。鳥を使って手紙を集め回ってる郵便屋です。汐ちゃん……海の家の人達と知り合いらしいです」
「運送屋に郵便屋……まあ、同業者って所なのかな? 」
俺とレディフィルドは顔を見合わせる。
「一緒にしないで下さい」
「一緒にすんな!」
またつかみ合いかけたが、清水先生からの冷たい視線で思い留まる。
「で、何だ。レディフィルド。ただ遊びに来たわけじゃないだろう?」
「おうよ! 俺様が直々に返事をもって来てやったぜっ」
「返事?」
俺は言葉に詰まってしまう。
「どうしたんだよ? 嬉しくないのかな?」
返事が来たと言うのだから喜んで受け取るだろうと清水先生は思ったのだろう。
「俺がレディフィルドに託したのは、母とある娘への手紙で……どちらも死んでいるんですよ???」
数か月前、渡せと言われて抵抗なく何だか差し出してしまった二通の手紙。
「オカルトなのか? そう言えば髪も白で、どことなくユキちゃんと同じで不思議な感じがしなくもしなくはないけど……」
「こいつとユキさんを一緒にしないで下さい。誰かが手紙を読んで、それらしいことを書いて、返してくれるんでしょう……」
読まれたとしたら恥ずかしいな、などと、俺達がひそひそと話しているのも気にせず、レディフィルドは持っていた袋を漁る。
「俺様は、そーゆー手紙専門の、郵便屋だから……返事が二通共に来るなんざ、愛されてるんだな、カガワ」
そう言ったレディフィルドが渡してきたのは四角い箱二つだった。
「て、手紙じゃない?」
「誰も〈手紙〉だ、なんて言ってねーだろ。返事が来たとは言ったがな。ま、俺達が決めてんじゃねーよ。亡き者達の、〈届けたい想い〉なんだっての」
その箱を薄ら笑いしながら俺は受け取る。
「ほらよ、カガワ」
ユキさんの事があって、いろんな不思議な事象に出会っているが、流石に死者の声とか怖すぎだ。
だが箱の中身を見た俺は驚いた。
中身はどちらも花だった。
「でもよ、出来れば次は手紙にして欲しいもんだぜ。なんでこの俺様が、ヤローに花なんか届けなきゃなんね……っておい、泣くなって!」
「か、賀川く、ん……」
二人が、そして周りを取り囲みつつあった生徒達が驚く。
だが俺は泣きやむ事が出来なかった。
長細い形の箱に入っていたのは、ピンクに白い線が入ったレースの様なカーネーション。
少し小さめの箱に入っていたのは、花弁が一つ折れたマーガレットに、葉が一つ薄いピンクのリボンで結んで止められていた。
「賀川さん……ちょ、どうしたんですか?」
「このカーネーションは……もう死にかけていた母に……渡せなかったのと同じ花なんです」
「ほ、本当なのか? で、こっちのマーガレットは……花弁が欠けているけど」
「それは……『完璧ではないけど愛してる』って言う意味で、俺のせいで死んだ元彼女と……喧嘩した時に『許してあげる』と言ってくれた花……それと同じなんです」
花だけじゃない、茎と葉を結んでいる薄いピンクのリボンは、当時住んでいた家の近くにあったケーキ屋のモノ。薄く店名が入ったそのリボンは彼女が結んだものと同じだった。その意味は『完璧ではないけど愛してる』……
俺が送る時は『完璧な彼女』だから、選んで綺麗な欠けのない花を贈る。でもリボンがうまく結べないから、彼女は笑いながら『仕方ない人』そう言って綺麗に結び直してくれるのだ。
……それは彼女と俺以外誰も知らない隠語。
墓に置いてきた花はそう言う意味、アリスでさえ知らない二人だけの『花言葉』だった。
「泣きやめよーーーーカガワぁ」
「ううっ、こんなモノ、公衆の面前で持ってきやがって……」
話を聞いて暫く呆然としていたが、我に返ったのか、ぽんっと肩を叩いてくれる清水先生。
俺がどうして母を見送れなかったか、アリサを失ったかなどは詳しく知る由もないのに、そんな事を越えて慮ってくれる静かな手。
優しさが染みて、それで余計に涙が止まらなくなる。
レディフィルドはそんな俺を見やって、ガリガリ頭を掻いてから、
「……ったく。しゃーねぇなぁ」
と言うと、乱暴に俺の頭を引き寄せて、肩を貸してくれた。
汐ちゃんが彼は青年だと言ったのが何となくわかる。見た目の体格より、そうされて伝わってくる感覚や安心感が大きかった。
借りを作ってしまったな。
そう思いながらもこいつがまた悪意を持って笛を吹いたら、次は絞めてやると心の中で呟く。
これはこれ、それはそれだ。だがこう泣いていては格好がつかない。
近くに居て会話を拾っていた生徒は、『奇跡』が起き、『死者から送り物』が届いた、と囁き出した。
ただ少し遠巻きに見ていた女子生徒が、
「あの賀川運送の人って、夏祭りの時、宵乃宮先輩が探していたヒトじゃない? 稲荷山君!」
「ん? あ、ああ……」
「もしかしたら……白髪の人が好きなのかしら?」
「何を言って……」
「だって、男同士なのに、花をもらって喜んで泣いてるんだよ? きっと宵乃宮先輩とうまくいかないからって、あの花を渡していた人に乗り換えて、ちょうど返事をもらった所じゃないのっ!」
「ソレは違……」
「でも、清水先生、白髪の彼が現れる前に、賀川運送の人の背を撫でていたの見たでしょ?」
「あれは具合が悪かっただけだろうに」
「だってその前は……そうよ、お互いに触ってたじゃない! 梅原先生と言うお嫁さんがありながら、もしかして清水先生も賀川運送の彼と……ああそうだ、白髪って言えば稲荷山君も! き、気をつけないと……でも千秋先輩とも……べーこん……れたす……じゃなく、ビーナスエルボー……いえ、ボーイズ、ラ……と、とにかくあれは、び、び、びーえる……だわっ」
そう言ってその場を走り去る女子生徒。残された白髪の男子生徒は周りから冷たい視線を浴びながら、
「不幸だっ!」
と、足早にその場を後にした。
来るはずのない返事。
その便りが届く。
まことしやかに囁かれている『死者からの返事が届く』と言う不思議体験をした俺は。
妄想力豊かな少年少女達のオカルト的な、そして更にBL的なおかずまでを提供してしまった事など、全く気付きもせずに、ただただ涙をこぼした。
死者からの手紙は彼の記憶を引き戻す。
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"うろな町の教育を考える会" 業務日誌 (YL様)
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
清水先生を。
キラキラを探して〜うろな町散歩〜 (小藍様)
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
レディフィルド君、マメ鳥、縮小ルド君、話題で汐ちゃん、夜輝石を。
人間どもに不幸を! (寺町 朱穂 様)
http://book1.adouzi.eu.org/n7950bq/
芦屋 梨桜ちゃん 稲荷山君を。
URONA・あ・らかると (とにあ様)
http://book1.adouzi.eu.org/n8162bq/
千秋さんを
ばかばっかり! (弥塚泉 様)
http://book1.adouzi.eu.org/n1801br/
ビーナスエルボーネタを。(10/22『環境管理課庶務報告書』より)
お借りいたしました。BLとはなんぞ。
日付ずらしなど対応いただいた作家様には感謝です。
清水先生はそろそろ山籠もりですね。




