色彩中です
蝶が、たくさん。
森に行くといつもよりたくさんの蝶が集まっていました。
「どうしたの?」
私が少し沈んでいるのを慰めてくれているのもあるようですが、それにしても多い気がします。蝶に囲まれる姿をリズちゃんが見て、
「ユキちゃん、綺麗っス」
そう言ってくれたので、恥ずかしくて笑って返します。蝶達は私を誘いますが、アトリエとは反対方向で遠回りだったから、ちょっと迷います。
「どうしたっスか? ユキちゃんのアトリエの匂いはこっちっス!」
「そうなのですが、蝶達が……」
「ん? 行きたいならお付き合いしまっスよ?」
私は時間的に大丈夫なのかなと思ってしまいますが、どうしても時間が間に合わないならワンちゃんになってくれて、『背中に乗せてあげるっス』とリズちゃんは言ってくれるので、とりあえず行ってみることにします。
そして森の中に入って暫くした頃です。
「な、なんっすかね?」
「森は気候が変わりやすいのです、けど」
リズちゃんの声に返事しますが、明らかに森がおかしい気がしました。立ち込める霧、その中の舞う蝶の数が多いので見失う事はないのですが。さらに私達を誘う様に足元の草花達が道を開けるのです。
「あれ? あの洞は……」
「リズちゃん?」
「あそこから入っていったっス! 夏にユキちゃんを攫われた場所に……タカさんと何度か来ようとして来れなかったんっス!」
そこに黒い服を着た男の人が居ました。森に似つかわしくないような、黒色のスーツ姿。黒いネクタイに黒縁眼鏡、その奥にある瞳は金色のかかった黒。
「下がるっス! アレは人間じゃない……あれは……」
スッと前に出たリズちゃんは低く唸るような警戒した声を出します。
私の頭には声がして、『あれは『兄』よ。だいじょうぶ』と響きます。
私はそこに余り近付きたい気分ではなくて、歩みを止めてリズちゃんに、
「えっと、大丈夫らしいです。お兄様、だそうです。水羽さんがそう言ってます」
「水羽様の? 兄? えっ! ああ、アレは、あの時のメガネのヒトっス!」
どうもリズちゃん、知り合いのようです。構えは解きませんでしたが、声が普通に戻ります。『あの時』がどの時かは私にはわかりませんが。そのヒトは軽い口調で、
「その節はありがとうございました」
「いえいえ、こっちこそお世話になりましたっス」
リズちゃんも合わせて、ぺこりと頭を下げます。二人とも穏やかな感じなので安心します。
そこで私もよぉーく見て首を傾げます。私も何度かあった人物とよく似ている気がして。押さえ付けたような微かな赤い気配。
「篠生さん?」
いつも使っている文具屋さんのお兄さんだという事に気付きます。雰囲気がだいぶ違ってすぐにはわかりませんでしたが、確かに篠生 誠さんでした。
「そうです、よいの先生。こんな所で失礼いたします。そして堕天使でしたかね」
「な、何で堕天使って知ってるっスか! あの時は名乗ってないハズっス」
「ふふ。仲介する相手が何者かわかっていないで、仲介する事など出来ないでしょう? 私は必要な所に必要なモノを繋ぐ仲介屋ですから。もう一人の赤い堕天使にも礼を。そういえば玲様、いえ、賀川は元気ですか?」
「え、あ、はい。元気だ、と、思います」
そう言うと嬉しそうに笑い、『ありがとう』そう言うと、篠生さんは姿を消してしまいます。
「まっ、待つっス!」
リズちゃんが追おうとしましたが、急に霧が晴れ、眩しいほどの陽光に目を射られ、気付いた時には洞は見えなくなり、篠生さんの姿はありません。
ただ、どこか懐かしい匂いがしました。涙が出る様な懐かしい匂い。
お母さん?
「な、何だったんスかね?」
「わかりません……賀川さんの事が聞きたかったみたいですから、お友達かもです」
「アイツのっスか。どうりで変な神だったっス」
「変な髪?」
別に変わった髪型はしていませんでしたが。
ちょっと考えてみてもわからないので、今度賀川さんに聞いてみようかなっと思います。
「ユキちゃん、時間を食ったっス。さ」
そう言って差し出された手を握ると、リズちゃんはとてもひんやりして気持ちいいです。
「ユキちゃん! 熱いっすよ? 何でっスか? さっきまで何ともなかったのに……」
「え? ああ、大丈夫です。それより早くアトリエに行って帰りましょう」
私はその場からとにかく早く立ち去りたくて、リズちゃんの手を引いて、アトリエでの用事を済ませました。
「ただいま戻りました」
「戻ったッスよ!」
お家に戻ると清水先生と賀川さんが二人で仲良く並んで食事していました。
「葉子さん、私おなかペコペコッス!」
「はいはい。大盛りにしておいたわよ。」
「ありがとうッス。いただきます!」
リズちゃんは親子丼をバクバク食べていますが、私は『今は要りません』と葉子さんに言って、お茶をリズちゃん達に出します。
「あ、清水先生。いつもお世話になっています」
「こんにちわ、ユキちゃん。元気そうでなによりだよ。また遊びに来いって司さんが言っていたから、気軽に来てね。……もちろん賀川さんも一緒に」
「そ、それはどういう……」
「清水先生……」
「ははは、二人とも顔真っ赤だよ。司さんにブーケはユキちゃんがいる方に投げるように言っておこうか?」
「「え、えーーー!」」
賀川さんと二人で声を上げると、
「私はまだ賀川さんのこと、認めたわけじゃないッスからね!」
リズちゃんの言葉で皆笑います。
その後、私は頬の熱さが引かなくて、そのまま離れに戻ります。
そのままベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めました。日に日に賀川さんが気になるのに、その分、ココに居る事が彼の負担になるのじゃないかと心配で。
「描いちゃおうかな?」
持って帰ってきた筆を思いきり振るいます。
のびやかに、光あふれ、風が魂を巻きあげる様に。
そうして集中していると何か物音がした気がして。注意して聞くと扉がノックされる音が響きます。それでハッとすると、かなり強い音で、扉が叩かれていました。
「ねぇユキさん? 本当にいる? まさか、出て行ったんじゃ……」
「あれ? 賀川さん……?」
どうも扉は何度も叩かれていたようで、あけると焦った顔の賀川さんが居て。
「ああ、居たよ。余りに叩いても反応がなかったから。リズさんが、ユキさん少し熱があるかもって心配していたよ。本当は自分が持って行きたかったらしいけれど、『今から清水先生の付き合いがあるから、お願いするっす』って、言って……」
「だ、大丈夫ですけれど。絵を描いて集中していたのです」
「いいや、大丈夫じゃないよ。ちょっと顔が赤いね……寝た方が良いよ?」
賀川さんの手にはアイス枕とタオルがありました。受け取ろうとした時、その手の甲が何か変になっているのに気付きます。
「賀川さん、ねぇ、何をしてたんですか?」
「え?」
「今日午前中です。清水先生の決闘の手伝いってどういう事ですか? 賀川さんが何をしたんですか?」
「ああ、だから俺はカメラを」
「帰って来ませんでした、結構待っていたのです」
「それは……俺、見学だよ?」
「じゃあ、何でココ、おかしくないですか?」
言われた所に目をやって。彼は少し首を傾げて、
「そうかな? 俺にはわからないな。仕事中に荷物に当たったのかも知れないけど。心配してくれるの? ありがとうユキさん」
そう言うと私の額に手を当ててくれて。
氷を握っていた手はとてもひんやりと気持ちよいのです。心地いい男の人の大きな手。私の白髪を撫でて、僅かに頬に触れながら、
「やっぱり少し熱があるよ。それに俺が居て出かけるなら声をかけて。遠慮しないで。栗拾ってきた日に言ったよね?」
「気をつけ、ます。あの、ですね。見て行きませんか?」
「なに?」
「今から絵にこれをかけるのです」
私は賀川さんを上がらせると、スプレーを取りだし、カシャカシャ振ります。サッと画面にそれをかけます。
「これ、は」
「うみ、です」
私ははっきりしていく絵の変化を見ながら、更にスプレーをかけて行きます。
「今日、千秋さんのお友達の女の子が葬送されるそうです」
「葬式?」
「はい、タカおじ様が言ってました。けれど親しい訳でもないから参列するには……うろなの海です。きっと彼女も好きだったのではないかと。千秋さんは海の方に住んでいますし」
「……ユキさん、良い子だね」
そう言って額にキスなんかするから、ビックリしてヨロヨロしてしまいます。夏に研修から戻って、何だか賀川さんが積極的で嬉しいし、もう機嫌も良いみたいでよかったですけど。
「綺麗だね、浮き上がってくるんだね」
「はい」
完成してから暫く二人で眺めます。賀川さんがぐっと抱き寄せてくれて。どこか安心できてその胸に体をつい任せそうになります。
「さ、もう絵も良いだろう? きっと彼女も喜んでいるよ。終わったなら横になって」
私の様子を見て、そっと笑う顔にドキドキして。それを悟られたくなくて。私はぷいっとベッドに入ります。
「ほら氷枕。何かあったら呼んで」
そう言って私の頭の下にそれを置いて、賀川さんは部屋の扉を閉めて行ってしまいました。でもまだ私の体は氷枕くらいでは冷めなくて、熱を帯びたままで困ってしまうのでした。
YL 様『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』清水先生。話題で司先生。
10月20日
裏のユキの動きです。
朝陽 真夜 様『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より、ベルちゃん。リズちゃん。
とにあ様『URONA・あ・らかると』より、千秋さん。
寺町 朱穂 様、『人間どもに不幸を!』より、お葬儀の話を。
当日なので、海と彼女の絵を描いておりました。
問題あればお知らせください。
賀川目線でもう一話20日がありました。
ストック管理が出来ていません。申し訳ないです。




