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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
10月16日

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追思中です


少し時間をさかのぼろうか。



 






 オレは賀川のの放ったラッシーの『二撃目』と称する攻撃を思い出していた。



 打ってみろとけしかけたオレに、軽く頷き、集中するような素振りがあったかなかったか。



 今まで手にしていなかった木刀を持った賀川が、目の前にいて口角をつり上げて笑いながらオレを殴りつけた。余りのスピードに常人以上の動体視力を持つぎょぎょがついて行けなかったと後から洩らした。

「投げ槍!」

 殴られたと言うのに痛みを感じなかった、余りに早すぎて。だがバッタの声に反応して防御態勢に入ると、容赦のない木刀の連打が降ってくる。急所は避けたが反撃の余地がなかった。防御を解けば、瞬時に持って行かれると言う感覚に肝が冷える。こんな感覚はやんちゃで修行も足りない、向こう見ずだった頃にしか味わった事のないものだった。

 木刀が折れる。

 長さがなくなったが、折れた木刀で腹を突かれる寸前に、ぎょぎょが渾身の力で竹刀を振るって、賀川の手の甲を打ち据える。折れた木刀が転がり、その隙に俺は離れて、態勢を整える。

「うぬ、狂ったか!」

 ぎょぎょが更に打ち据えるが、賀川は怯む事も無く反対に背後を捕えて拳を放つ。体の芯を捉えた正確な打撃。その重さに体の小さいぎょぎょは持って行かれて壁まで吹き飛ぶ。

「そこまでだっ、賀川っ」

 襟を取ってバッタが投げをきめようとしたが、突然足が攫われる。いつの間にか賀川の手から麻紐が伸びており、バッタの脚を奪うと態勢を崩したのだ。賀川は逆に見事な投げをバッタに決める。そのまま馬乗りになって、賀川が拳を振り上げたのをオレは必死で喰らいつく。手には細い棒が伸ばされた状態で握られていた。それはバッタに当たれば確実に眼球を通して脳へのダメージを負わせる攻撃だった。

「本気で息の根を止める気で居やがるっ」

 腕一振りで払われたオレは、必死で蹴りを放った。バッタの目に到達する寸での所で棒を払う。

 棒のリーチがなくなった事で拳が届くまでに、僅かに伸びた時間でバッタ自身が見切り、首を捻る事で額や眼球への致命傷を逃れる。

 だが素早いもう一方の拳がバッタの頭を捉えた。そのままオレは踵落としを放ったが、気付いて賀川は逃げると竹刀を無くしたぎょぎょに飛び掛かる。

「こいつは『ラッシー』じゃねぇ……」

 そう、便宜上、賀川に『ラッシー二撃目禁止』と言い渡したが。

 これはラッシーでも何でもない。初めのラッシーで色々と使い果たした賀川のの『本性』が剥き出しになっているだけ、だ。理性を失くし意味もなく目の前の者を倒す。それは初めてのラッシーの時と似ているが、決定的に違うのは。理性もないのに冷静に戦況を判断し、相手を沈める。ソレしか頭に無くなり、それを冷徹に行っている事。まるで機械の所業。感情の片鱗が見受けられないのだ。

 まだ一撃目を上手く放てなかった頃も、猛り狂う肉食獣を思わせたが、理性の欠片が低いなりに何とか制御しようとする真摯さがどこかにあった。

 それが皆無。賀川であって、賀川ではないと思わせるほどに。

「意識が落ちているのか」

 こいつの身の上を考えると、こうやって感情のない拳を持たねば生きて行けなかったのだろうと思う。殴りたく無かろうが命令に従わなければ命のない、そんな場所。抵抗なんざ即死に直結する所で生きるとはそういう事だ。

 そんな拳を握らなくてよくなって、心に押し込んだそれが一撃目の『ラッシー』ではまだ枷の鍵が緩んでいるくらいで。

 二撃目でりせいは完全に無くなり、枷も付けずに自由に暴れている。そんな塩梅だろう。こいつがユキに自分の訓練を知られたくないのは、こんな自分を見せたくないからだ。それも賀川本人が思うよりずっと衝撃的な残忍さを拳に乗せる。見ていると痛みを感じていない感じがした。全く防御をしようとしない、自分の体を盾にして突っ込んでくる。

 それなりに武道に精通している者からすれば、吐き気を催し、尻込みする力を針の振り切れる程の勢いで目の前の俺達テキに見境なく展開する。気の弱い者なら逃げ出すか腰が砕けるだろう。こんなのユキに見せたら卒倒するかもしれねぇ。

「一撃目がその力を操る境界線か」

「おい、受け取れ、ぎょぎょ」

「うぬ、助かる」

 ぎょぎょが小回りを利かせて避けて回るのを見ながら、オレは隙を探す。バッタは殴られて脳震盪を起こしているようだった。それでも戦況を見て、投げて渡した竹刀でぎょぎょが戦闘力を取り戻し、賀川をいなす。ただ賀川のの予想を超える無茶な動きに決定打が放てない様子だった。

「『その賀川』がオチるまで、モツかよ? 十分くらい耐えれば……」

「馬鹿言うな! 投げ槍! 何なら真剣持って来い。腕と足を切り落としてやるっ」

「やっぱり痛みを与えるのが一番だと思うが、使い物にならなくするわけにはいかねぇ。さえちゃんの弟だぞ」

「ぬう、だから人間の構造上、『出してはいけない力』だと言ったろうがっ!」

「精神的にもっていう意味だったか? ふん、この頃は二撃くらいやれるんじゃねーかって、お前も言ったじゃねぇか、ぎょぎょ」

「投げ槍もぎょぎょも喧嘩すんなっ! とにかく賀川を止めるんだ。破滅……こいつは俺達だけじゃねぇ、『自分』も壊す気だ」



 バッタの言葉に俺は眉を寄せ、ぎょぎょも渋く唸った。

 確かにこのままでは体の骨が砕けるぐらいではすむまい。体におんまの布を巻いているが、それだって限界はある。



「どうにかして止めろ、投げ槍! 竹刀では喉や目でも突かん限り、決定打にはならん。手加減したいがこれでは俺も余裕がない。……間違えば人間としての機能停止させるぞ」

「わかった……持ちこたえろ! こりゃ……普通の打撃じゃ、ダメだな」

 オレは右手に『気』を溜めこむ。

 痛みも感情も何もない賀川が拳を振るうのは、自らの破滅の為なんざ、悲し過ぎるじゃないか。止めてやらねばなるまい。

 かつては自分の思いよりユキの為と、感情を押さえようとしたり、意地悪に接したりしていた。それがやっと覚悟を手に入れて、彼女に向き合えるようになり、具合の悪いユキを抱いては背中を撫で、不器用に寄り添い、歩いて行く。その姿はどうしても志半ばで、アキヒメさんと居られなかった若き息子刀流に重なる。

「ちぃっと痛めつけるぞ、どけっ」

「賀川を壊すなよっ!」

「加減なんてわかんねぇーよ。天運だ!」

 オレとのタイミングを図ってぎょぎょが引いた瞬間、死角から打ち込む。

「賀川のぉっ……おめぇ! 殺すぞ、ォラアっ!!!!!!!!!!!!!」

『おい、投げ槍、殺すなよっ!』と、バッタとぎょぎょが心の中で叫んだのを聞いた気がした。言葉のアヤと気合だ、本気じゃねぇ。たぶん。

 すっ飛んで行く賀川の体。

 奴が少し前に故障していた場所だ。可哀想だが止める為には仕方がない。

 倒れ込んだ所をバッタが寝技をかけて押さえこむ。それでも立ち上がって動き出そうとする賀川を、ぎょぎょが脛などを竹刀で叩き、止む無しと思ったのか、首を狙おうとして逡巡する。

「うぬぅ、意識を持てっ、しっかりしろ。飲まれるなっ」

 態勢が悪いらしく、押さえこみの不十分なバッタが叫ぶ。

「くっ! これ以上は……投げ槍、ぎょぎょ、押さえきれんぞっ。絞め落とさせろ」

 オレは気を込めて拳を放ったせいか、動けず、願いを『声』に乗せて叫ぶ。

「の、クッがっ! 賀川っ! っ! あきらぁ~!!!!!! 目ぇ、覚ましやがれってんだ!」

 その瞬間にやっと賀川の動きが止まった。

「……ああ、な、ん、ですか?」



 間抜けな賀川の台詞、続いた言葉でオレは自分の怪我に気付いたのだった。








「おはようございます、タカおじ様」

「おう、起きて来ていたか。大丈夫か?」

「しゅ、集中して絵を描いていただけですよ、ひまわりや海を……描いていたのですが、何だか荒れてしまって。でも今少し手を入れたらいい感じになってきたのです、もう少しかかるかもですけれど」

「いや、さっき賀川のが顔を赤くして帰ってきやがったからな、何かあったのかと思ってよぉ」

「え? ああ、その」

 古い潰れた水族館に住む少年の双子の両方が帰ってから、ユキは賀川の居なかった間、部屋に籠ってあまり出てこなかった。時折チラリとみせる顔は思いつめたようで。確かに絵を描いているようで、離れを覗くと険しい顔で筆を振るっていた。

「その、土鍋の蓋が落ちかけて。でも、賀川さんがお粥もお鍋も守ってくれました」

 聞く限りでは奴が顔を赤くして戻ってくる要素はないのだが、庇った時に何かしらあったのか。面倒なので詮索は止める。

「ま、何もなかったならいいやな、ユキ。葉子さん、行ってくる」

「行ってらっしゃい、タカさん」

「あの、その、気をつけてなのです」

 二人に見送られながら、ともかく賀川のの二撃目を禁手とし、一撃必中まで鍛え上げようと心に決めた。





一撃目を外す様じゃダメってことだなぁ、賀川のよ。



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