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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
10月15日

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続・照査中です


写真がひらり。



 









 物がないワンルーム、雨の落ちる中、小さくなった姉と静かに語る。こんな状況は少し前まで考えられなかった。内容はともかく、どこか安らかな雰囲気は、檻の中で飼われていた俺が姉の面影に夢見ていた状況だった。

 その事が何処か俺を落ち着かせる。そこまで考えて。俺はやっと自分が落ち着いてなかったのだと認識する。

 姉は手にした写真をひらりとさせながら、確認するように言葉を繋ぐ。

「ねえ、あきらちゃん。私もちょっと聞きたいコトがあるの。篠生はいつから『ああ』なのですのよ?」

「いつからって? 出会った時からだよ?」

「そんな事なかったですわ。ファーゲン先生に習っていた頃の彼は、あんな感じじゃ……」

「ファーゲン? って、俺のピアノの先生? 篠生と出会ったのは『エンジェルズ シールド』に助けられた後で…………」

「やはり、覚えていないの?」

 持っていた写真を一枚、俺に冴姉さんは出して来た。意味がわからないまま、それを覗き込む。

「これは、昔の写真?」

「そう、ピアノのコンクールの写真よ」

 そう言って見せられるが、自分自身で自分が何処に居るかわからないと言ったら笑うだろうか? それに気づいたのだろう、姉さんは、

「ピアノのその前のコレがあきら」

 説明された場所に、幼い俺と思われる人物が笑っていた。

 不思議な気持ちでそれを見る。

 何も知らなかった、この時の俺はとても幸せだったと思う。俺はその写真の中で隣の男の子と手を繋いでいた。仲が良かった子だろうが、よく思い出せないまま、

「これがどうかした?」

「その、手をつないでいるのが、 篠生 誠よ」

「はぁ?」

「『Childhood friend』だったじゃないって……覚えていないのですわね。とにかくあのひとは、ヘンな感じがするから。気をつけて」

 俺は姉さんの言葉にぼーっとする。

 ヤツは俺の事を何故か『玲様』と呼ぶ、不思議な仲介屋。アイツが『Childhood friend』……幼馴染? そんな話はした事がない。

「はやく言いたかったけれど、あの家で話すのはどうかと思ったから。ちゅういしてね。じゃ」

 冴姉さんはそう言って、ブーツを穿き、部屋から出て行く。

 だがクルッと振り返ると、今までの子供らしい柔らかい口調ではなく、取引の時のような大人の硬い口調で、

「言って置くけれど。前田 刀流は、貴方がネジの為にどうかなったなんて知らない。もし知れば、彼が自分の頭脳を差し出しかねないからと、当時の会社首脳陣は情報を封鎖したわ。博士はそんな男子だった。タカさんの息子なのですわよ? もし知っていれば、きっと……」

 そこで、扉が閉まった。

 取り残される俺。

 だが扉はまた開き、

「ユキちゃんが待ってるわよ。あきらちゃんが家を出てから、ずっと離れに閉じこもりっきりで出てこないのですわ。……………………雨、濡れますわね」

 彼女はそれだけ言うと扉を閉め、安アパートの階段を下りて出て行く。

 こつん、こつん。

 階段を下りる音に紛れ、また雨のワルツが聞こえてくるから、俺は姉さんが傘を持っていなかった事に気付き、扉を開けて後を追う。



 でも。



 よく考えれば、来た時は濡れていなかったのだから、どこかに傘をおいているかと思い立つ。それなのに何故濡れる事など口にしたのだろうと思った時、

「待たせましたわ。タカさん」

 下階にはタカさんが待ってくれていたようだった。俺は足を止めた。二階からは二人は見えないし、逆もしかり。だが俺の耳は二人の声をはっきり捉えた。

「良いって事よ。話したい事は終わったか? で、賀川の、どうだった?」

 その言葉に答えはない。姉さんがどんな顔をしていたかはわからない。

「さえちゃん?」

「あきらに言ったのですね。ネジと博士の事……色々かんがえてしまっているようですわ。タカさんがどうして自分をあの家においてくれているのかと」

「あン?」

 タカさんの間の抜けた声が響く。そして彼は続ける。

「何言ってんだ? さえちゃん。どうしてってアイツは家族だからな、しかたねぇ」

「し、しかたねぇ?」

「縁あって俺の家で同じ釜の飯を食ったんだ。俺の中では皆そんな家族モンだ。家族の事は気になるし、気にする。相手はどう考えてるかまでは知らねぇが。それ以外に何があるってぇんだ? 」

「…………タカさんが想いを込めてわたしたち姉弟を置いて下さっているのはわかっていましたけど。そんな大ざっぱでしたのね。でも良い答えで、わたしは家族と思われて、うれしく感じますわ。きっとあきらも、ね」

「な、何だあ? 俺は当たり前のことを言ったまでで……」

「ふふ、本当に捉え方が大きい方ですコト」

 この後の返事に間が空いたのは、照れたのか、それとも自分には当たり前すぎる事を褒められて理解できなかったかのどちらかだろう。

「…………しかし博士かよ? うちの刀流がそんな呼ばれ方をしてるったぁ~驚きだな。家族なんて気にしているようで、子供なんてぇのはスグに大人になっちまう。アイツは止まっちまったがな」

「タカさんが気にかけてくれていると知っているから。かえるばしょがあるから安心してじゆうにできたのですわ。きっと」

「くすぐってぇじゃねぇか、さえちゃんよ。ほれ、車まで抱っこしてやる。その方が濡れねぇからな」

「きゃぁ、うわぁ。こないだ魚沼様にカタグルマしていただいたより高いですわぁ」

 楽しげな、家族のような二人の声が遠ざかって行く。



 タカさんの大雑把すぎる考え方を聞いた俺は、何だか気が抜けていた。

 冴姉さんは、自分の話もあったし、俺の話も聞きに来てくれたのだろうが。たぶんタカさんの気持ちを直で聞かせたくてココに来たのだろう……そんな計らいを感じた。



 力を付けなければ、守らなければ。

 同情で受け入れられているのではとか、無理矢理に居させてもらっているのではとか……

 あの時、皆、俺を見捨てたんだとか、どうしてだとか。

 ネジとタカさんの息子が繋がっていると知った途端、不安や疑問が襲っていた。その中で思っていた事がうまく行かずイライラしていた。

 考えたからとて、過去がやり直せるわけでもないのに。



 そんな事ばかりに終始して、俺は何か大切な事を忘れかけていたのに気付く。



「ユキさん」



 この雨音を彼女も聞いているだろうか?

 俺はもう一度手を見る。この手がどうあろうと、自分の力があろうと無かろうと彼女を守る為に力を注ぐことは変わらないのだ。守るべきあの家の『家族』なのだから。

 件の『ラッシー』にしても、タカさんが話を付けてくれて、魚沼先生が道を作り、清水先生と拳を重ね、回りに助けられ、何とか倒れず今のようにやれるようになったのではないか。俺一人の力じゃ何もできてはいないのだ。

「一撃目に集中して確実に『終わらせて』しまう方向で技を磨く、か」

 一人で出来なくとも。それでも俺はまだ出来る事がある。やるべき事がある。

 痣の消えた甲を確認し呟くと、明日の鍛錬を思い、未だ正体の見えぬ敵に拳を握った。



 雨は降り続く。

 俺は。

 ずっと真っ直ぐ、一人でいられるほど強くはない。

 すぐにヘコこむし、考えだってブレる。

 そんな小さな人間が出来る事なんて、もともとタカが知れている。

 だが、彼女が生きる事を阻む者に、俺は最大限の抵抗を捧げてやる。

 どんなに濡れても、疲れても、歩いて行くしかないのだから。

 時としてぶつかり、時として励ましながら。

 大切なモノを手に収め、手を取り合いながら明日を歩む為に。

 それは生きている者の宿命なのだから。



 雨のワルツはまだ止まない。

 だけど再び歩んで行くことを決めた俺は、心地良くそれを耳にした。



これで、禊の雨となりましょう。



YL 様『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』清水先生。話題で。


(昨日更新分もちらっと清水先生、朝陽様宅ベルさんリズさん話題に。表記忘れたのでこちらで。)


問題あればお知らせください。



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