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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
10月15日

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照査中です

一人。



 








 真っ暗な室内。

 外は雨が降りしきっている。ここ三日。前田家には戻っていない。

 体の痣をユキさんに見せたくなかったから。制御しかねた力、それをタカさん含め三人が何とか封じ込めてくれた、その時についた痕。

「あの頃はまだ暑かったのに」

 少し前を振り返る。

 夏祭りの後、姉と悶着し……倒れて、見付けてもらって、それから前田家に居座って。海外に出て戻ってきた俺が本当は戻らないといけないのは、きっとこの一人暮らしのワンルームだった。だが、ユキさんを守る為という、理由をつけて『家』に帰った。『ただいま』と。



 少し埃っぽかったが掃除をしたので、もう空気も床も綺麗だ。

 ベッドくらいで真面な物のない殺風景な部屋で、膝を抱えて時間をやり過ごす。パソコンも持ってきたけど繋いでいない。携帯で覗いたら工務店のゲーム仲間から『インしろ~っ』とメッセが来ていたが、『スミマセン、寝ます』と書いて放置している。

「静かだ」

 正確には壁が薄いから、隣近所の音が、俺の聞こえすぎる耳にはうるさいほど聞こえている。前田家の方が、さすが工務店と思わせる作りで、意外と静かなのだ。

 だが、ココはやはり、『静か』だった。

 前田家では関わりがある。誰かが動く物音、起きればおはようと言いあい、葉子さんと冴姉さんが食事を出してくる。タカさんが皆に気を配り声をかけ、ユキさんがのんびりと起きて来てほほ笑み、工務店の兄さん達が仲間の様に構ってくれる。寝ていてもその息吹が俺を囲んでいる。

 以前はこの部屋で一人、誰にも触れられず返って心地良いと思っていた静けさが、前田家の『心ある静けさ』に慣れた俺には堪えた。



 眠れずに、時間も経たない。

 痣はだいぶ消えた。残っているのも服に隠れているから、明日の朝練からタカさん家に戻るつもりだ。だけど良いのだろうか、俺はあそこに居ていいのだろうか?

 膝を抱えて座っていると、嫌な記憶が思い出される。それなら動けばいいと思うかもしれないが、動きたくもなくて。

 雨音に誘われるように久しぶりに幻想を広げる。



 雨の音が、三拍子でワルツを描く。雲の隙間から月が見え、雲からは白い雪が舞い落ちる。招かれる様に古城の広間へ俺は足を踏み入れた。月明かりに照らされて、ワルツを踏む様に軽やかに。

 秩序正しい窓の桟が廊下に幾何学の美しい模様を写すのを見ながら、進んでいくと、今までより広い部屋へと俺は足を踏み入れる。

 辺りは水晶のようにキラキラした氷の床に壁。何故か天井がなく、雪が舞い落ちる。

 こつん、こつん。

 今まで聞こえなかった音が加わる。それは側にかけられた大時計の振り子の音。

 振り子の音を聞きながら、その部屋の中心にワンピースを広げて座る白髪の少女を見つける。

 こつん、こつん。

「ユキさん」

 手を伸ばす。彼女は振り返らない。

 こつん、こつん。

「あたる気はなかったんだよ、機嫌直して?」

 手を取ると、彼女はさらさらと幻のように、たくさんの蝶に姿を変え飛んで行く。

 ばん。ばん。

「待って、待ってよ」

 時計がちょうどを指したのか、鐘の音が聞こえる。早まるワルツに合わせ、舞い散る蝶が天井から出て行ってしまう。ユキさんの欠片を捕まえきれない俺は苦しくて、手を伸ばす。

 待って待ってと、必死でやっと掴んだ蝶。掌を開いてみると、強くつかみ過ぎた蝶は砕けて、白い蝶は赤と混じって。俺の手は血まみれになった。

 流れ落ちる血がぽつぽつとワルツを刻む。

「ゆ、きさん? ごめん、ごめんよ。そんなつもりじゃ……」

 ばんばん!

 時計の音? それにしては不格好な音だ。



 ハッとする。

 それは時計の音ではなく、家のドアを叩く音だった。こつんと、繰り返し聞こえたのは階段を登ってくる音で、早足のワルツとなったのは雨脚が強まったからだ。呼び鈴は切っていたから、扉を叩いて俺を呼んでいた。

『Who is it?』

 頭を現実に戻し、疑問詞を口にしたが、英語になっていた事に気付いて。頭を切り替えようとしたが、

『It's me--Sae! Let me in. Akira.』

 さらっと返ってきた返事に、俺は部屋の扉を開けた。

『Have you already gone to sleep?』

「いや、起きてたよ」

「そう、よかったですわ」

 そこに居たのは冴姉さんだった。昔は普通に英語と日本語取り混ぜで会話していたから、自分達としては全然違和感はない。そんな事を思いながら小さい、幼い姿の彼女を電気を付けた部屋に招く。

「どうしたの、明日には戻るって言ったのに」

「あら? 本当にちゃんと戻ってくるつもりですの?」

 俺の戸惑いを知ってか、正確にソコをついてくる。

 買い物で買ってもらったというブーツを脱ぎ捨てると、さっさと入って見回す。そして今俺が座っていたベットを陣取った。

「話があるのじゃないかと思って」

 姿は子供、だが、どこか大きいモノを動かしている貫禄を感じた。ただかつてのような俺を呪縛するような威圧はなく、昔の俺の理解者だった冴姉さんが居た。

 体が小さくなっただけではなく記憶が抜けていると聞いている。だけど、こうして来てくれたのだ。記憶が戻って前みたいな姉に戻らないと良いのだけれど。

「わかる限りで良いけれど、教えてくれる?」

「ええ」

 混乱させるかと憚っていたが、俺はありがたく話を聞く事にした。

「誰がコレの制作者だったか、姉さん、わかる?」

「ええ、それは調べればわかると思うけれど……あきらちゃん」

 俺は赤いネジを突き出して尋ねたが、はぐらかそうとした。俺はユルリとした答えは待っていなかった。ただ照らし合わせたいだけ。思いの外、眼光が鋭くなっていたのか、怯えを含んだ顔を姉さんが見せる。

 だが俺は構わず質問を続ける。

『姉さん、貴女が会社関係で出会った人物の名前は忘れるはずない。それも最上部から末端まで、氏や素性を全て把握している事くらい、俺が覚えていないとでも? 調べなくても、今、わかるよね?』

 英語の方が感情が伝えやすくて、そう捲し立てると姉さんは頷いた。

「ええ、……前田 刀流、よ」

『うちの『赤い宝刀』の制作者が、タカさんの息子だったってやはり知っていた?』

 言ってしまったのだから、そう思ったらしく姉さんは勝気な瞳になって俺を睨んだ。

「とーぜんでしょう? じぶんが住み、それも弟がせわになってる先のカテイジジョウくらいしっているわ。それに『前田 刀流』博士はうちの研究者の間では『神』あつかいですわ」

 知らなかったのは俺だけだったのか。おかしくて笑ってしまう。



 TOKISADAの事など後にも先にも、何ら興味もなかったから。ネジのおかげで攫われたと知っても、そのネジがどれほどの物とも知らず、何でこんなちっぽけなモノと自分が引き換えだったのか、ネジ一本の価値もない事に嘆いた事もあった。ネジである事より、特殊な金属である事に価値の比重はあるのだが。

 どっちにしたって俺とネジは天秤にかけられ、ネジが勝った。

 有機の自分と無機のネジ、普通は比べるなんてどうかしているだろう?

 そう思いながら、俺は空気をしっかり吸い込んで、気持ちを逆立てないようにしながら、言葉を日本語に戻す。

「うちに赤い剣があったのは知ってる? アレは今どこにある?」

「ああ、あれはもともと彼がしゅみで作ったの」

「趣味?」

「ええ。インパクトがあるし、我が社のセンデンとして、研究所のキャクシツにかざっていたの。持ち出したのは彼。そしてゆくえが知れない。『ムショウ』のぎじゅつていきょうに、剣一本分の金属。やすいものよ」



 彼は走り書きに、

『秋姫の為に作った剣を壊して欲しい』

 そう書き残している。どうして宵乃宮の刀を模して作ったレプリカが必要だったのか、それも秋姫さんの為だという。そして、それで彼女が死なないようにと付随している。



「タカさんは『刀流は『いろんなモノに自分のネジが入っている』事が面白いと、特許など全てを無償で譲った』と言ったけど。本当にそんな理由でそんな事をするような人?」

「ああ、彼ならしそうではあったわ」

 冴姉さんはコロコロと笑った。だが顔を引き締めて、

「彼は天才だった、そのフセキのイミは誰にもわからないものよ。私のケイエイセンリャクがなかなかりかいされないようなものかしら」

 冴姉さんの目は確かだ。

 そして会社経営や株の取引に関しては自分の腕に自信がある。それは幼い時から。その彼女に『天才』と言わしめて、自分と同列に扱ったようなそれは、彼女の最大評価を得ていると言えた。

「でも、あきらちゃんの方がかわいいし。でもけんしきやどうさつの広さは、やはり魚沼様が上ですわ」

「それって、暗に俺は頭が悪いって言ってない?」

「ちがうわ」

 そう言うと、姉さんは暫く考えたようにしながら一枚の写真を取り出したのだった。


姉弟の会話がもう一話続きます。



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