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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
10月13日

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再試技中です


何が、どうなってるんだ。




 








 全て、キ、エ、ロ。

 砕けてしまえ。

 全てだ…………目の前の者、スベテ……

 そして『お前』モ。だ。




「賀川のぉっ……おめぇ! 殺すぞ、ォラアっ!!!!!!!!!!!!!」

 怒声、ああ、痛い、痛い……ような気がする。

「うぬぅ、意識を持てっ、しっかりしろ。飲まれるなっ」

「くっ! これ以上は……投げ槍、ぎょぎょ、押さえきれんぞっ。絞め落とさせろ」

「の、クッがっ! 賀川っ! っ! あきらぁ~!!!!!! 目ぇ、覚ましやがれってんだ!」

「……ああ、な、ん、ですか?」

 俺はその気が籠った声に聴覚を打たれる様にして、自分の状況に気付く。



 いつも仏のような顔をしている抜田先生が深く皺を寄せて俺を寝技で固め、魚沼先生が恐ろしい形相をし、竹刀で喉仏を潰さんばかりに狙っていた。タカさんは少し離れている場所に立っていたが、その表情はやはり堅く厳しく、その額からつっ……っと、血が流れて。畳に染みを作っているのに気付き、我に返る。

「た、タカさん、血、タカさんが……」

 俺の言葉で気付いたのか、固く結んでいた唇を緩める事のないまま、タカさんがグイッと血を拭う。

「大丈夫か、投げ槍……すまん、止められなかった」

「大事ねーよ。ぎょぎょ。かすり傷だ」

「もう、よさそうだな」

 俺の体を押さえていた抜田先生がその拘束を解き、タカさんの傷の具合を見ていた。近くにある木刀が砕けて折れている。それを握ってタカさんを殴ったのか? 俺。状況的にそれしか考えられない。



「立てるか?」

 聞かれて気付くが、全く動けない。魚沼先生はその様子を見て、ぅぬっと唸る。

「二度目のラッシュは絶対の禁手だ。二発目は一発目とは比べ物にならない程、『凶暴』だ」

 そう言われて俺は自分が連続のラッシュの特訓に入っていた事を思いだした。



 ここ一か月清水先生に付き合ったせいか、ノビを認めてもらって、一度目はどの程度のダメージを与えていい相手か判断でき、ラッシュの合間に竹刀やらの小道具を挟み、会話さえ可能な域に達し始めている。

 倒れる事もないので、発動も止む無しとするような有事の際には、実用も許可された。

 だが、『まぁ、怖がらずにやってみろや』と言われ、二発目のラッシュを発動させようと集中し始めて三秒後には記憶がない。

 気付いたらタカさんが酷い事になっていた。

「投げ槍の掌底で壊れてないか心配だったが、何とか……よかった」

 魚沼先生は俺の手足の状態や、嫌に痛い腹部のあたりの損傷を気にしつつ、話を続ける。

「三人が居ない限り、絶対ダメだ。いや、練習もする必要はない」

「え? そんな。し、清水先生相手なら……」

「うぬ、本気か? じゃあ意識があったか?」

「あ、いえ……それは……」

「今のは尊敬とかで覆える、そんな段じゃない。二撃目を習得するより、一撃目に集中して確実に『終わらせて』しまう方向で技を磨けばいい。わかったな。絶対に二撃目を放つのは許されない、いいな?」

 実際それほどの物なのか、意識のない俺にはわからないが、まずい物の片鱗は確かに感じていたので、素直に頷く。立たせてもらいながら、

「タカさん、スミマセン」

「大丈夫だ。そんなにヤワにゃ出来てねぇ。受け止め損ねただけだ。額の傷は見た目ばかり派手でいけねぇ」

 そう言ってにっかり笑って返してくれた。






 善悪の判断が無くなるラッシュの二撃目。記憶はなく、制御も出来ず、以前の目の前にあるモノをなぎ倒すアノ状態になって、タカさん一人ではなく、三人がかりで押さえられた様子に俺は戸惑う。

 一撃目を見て、三人がニヤニヤと楽しそうにしていたのが、今の二撃目で渋い何かを噛み潰しているような顔つきになっていた。

 自分の手甲を見ると、竹刀で殴られた跡が鬱血している。魚沼先生が本気殴ったのだろう、脱げば体にも凄い痕で、口の中も相当切れていた。掌底を当てられてという腹部と、頬の腫れはないが顎のあたりの骨が痛い。



 今日は軽い柔軟に、ラッシュ二撃、それだけなのに三日ほど寝ていないかのような重みを感じながら、体が動くようになったらシャワーを浴びて部屋に戻る。

 まだ時間があったから、机に置いた封筒を横目に見る。その上にはきらりと光る赤いネジ。

 赤いネジ。

 ネジ、これだったかと俺はそれを睨む。

「ユキさん、このネジであの左手の傷を作ったのか」

 俺の運命を狂わせたネジ、それは確かに誰かが作った物ではあろう。

 が、まさかタカさんの息子がその開発の大元に携わっているとは思わなかった。俺が地べたを這いずり回っていた事、赤い剣の輝きがソレに関わり、ユキさんに繋がるなら、無駄ではないと思えるようになった。けれど、もしネジなどなければと考えない事はなく、とても複雑な心境だった。



 封筒の中は走り書きと一枚の落書きだった。



『コレ読んでいるのは、おふくろかな? 

 もしそうなら、オヤジに渡して。

 オヤジ、頼む。

 秋姫の為に作った剣を壊して欲しい。

 又は正当な持ち主に返してくれ。

 あれで彼女が死を選ぶ前に』



 走り書きにはそう書かれ、もう一枚には黒と赤で複数の線が引かれていた。それは随分前にタカさんが見せてくれた、ガスや水道管、それにいろんな理由で密かに引かれた管の線を足した、『幽霊配線図』と呼ばれる物だった。普通の地図に示していないのは、出来るだけ他の者には知られたくないからだろう。

 その図に小さく描かれた×のしるし。

 そこは森の中だった。ユキさんの小屋から少し離れた場所。だがそこにそれしき物は見当たらないという。

 また、森には滝があるらしい。ベルさんやリズさんが見たという証言がある。だが見付からない。




 俺はさっさと出勤してしまおうと用意をし、封筒は引き出しに、ネジはポケットに入れた。痣が酷くて隠せそうにない。数日戻らないと葉子さんには告げてある。朝稽古もその間は出ない予定だ。

 出来るだけ左手の甲を隠し、室内では寒くもないのにもうコートを着込んで。俺は下階に降りてそのまま玄関を出ようとした。

 だが、一番会わない様に願っていた白髪の彼女がとてとて現れ、ばっちり目が会う。

「おはようございます。賀川さん。あれ? もう出勤ですか」

「ユキさんこそ早いね?」

「何だか変な感じがして。早く起きてしまいました。それで一緒に朝食が食べれるかな? っと思って」

 いつもなら喜んでその席について、彼女を眺めながらいろんな事を考えるのだけれど。

 腕の痣は食事をしている間、隠しておけるほど見た目が良くはない。それだけ、俺を止めるのに必死だったのだろう。

「急ぐんだ。それから二日か三日は仕事の都合で戻らないけれど。もう勝手に居なくなっちゃ、ダメだよ」

 軽く右手で抱きしめて、首筋にかすかに唇で触れる。いつもなら幸せに溢れるのに、何故かそんな気分にならない。

「くすぐったいです、あれ、賀川さん? 何だか、大丈夫ですか? 泣いてますか?」

「いいや」

「賀川さん?!」

「君が気にする事じゃない!」

 いらいらする。心配されるような事は何もない、心配なのは君で、俺は早く強くならなければならないのに。君は蝶のようにするりと飛んで行くし、何もが思うように進まない。

 驚いたように見開かれた赤い瞳に罪悪感から目を背ける。

 そこには昨日この家に泊まっていた双子の片割れが立っていた。手にコートを持っているから帰る所だったのだろう。俺達と目が合うとぺこりと頭を下げる。

「お邪魔しました。呼ばれたので帰らないといけなくて。弟はもう少し……よろしくお願いします」

「……送るよ」

「いえ、その歩いて……」

「また側溝に滑りかけて転びたい? まだ暗いよ」

 後から来た兄の方らしい、肩を掴む様にして痛む左手の痣を隠す。

「いくよ、鎮くん、だったか」

 強制的にその場を立ち去る。

「いってらっしゃい。二人共、その、気をつけて」

 せっかくくれた君の見送りの言葉に返す余裕もなく、二人で外に出て、傘を開いて車へ移動する。

「その手は?」

 鎮くんの言葉を聞こえないフリをして俺が車を出すと、彼は口を噤んだ。




 雨が。

 雨音がやまない。




とにあ様『URONA・あ・らかると』より、鎮君、千秋さん。


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