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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
10月13日

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166/531

露呈中です


何で、彼女はああなのか……

可愛い所ではあるのだけど。

笑えないよ。


 








 夜中、日付が変わった頃。

 俺は半ばキレそうに、イライラしながら食堂に居た。



 一昨日の夕方、急停止した電車の中で、抱き留めたユキさんは柔らかく温かだった。

 だがそれが一瞬で蒼白になり、死体になったアリサを思わせる重い冷たさを帯びて、俺に縋った。細かく震えながら、力なくそれでもその手を俺を回して。信頼を得ている、そう思う余裕などなく、『熱い』と言う彼女の体を必死に撫でた。

 どこかに行ってしまう。細い吐息は死に向かう母のそれを思わせて背筋が凍る。

 そんなザワザワした気持ちが足元から這い上り、怖くて、彼女を抱きしめた。ただそれしか出来なくて。

 数時間で普通に戻った彼女が、帰途の電車の中で柔らかく笑った時はどれだけ安心したか。ユキさんにはわかるまい。



 昨日、会社にいた間も気が気ではなく、早めに帰宅してユキさんの笑顔を見た時は心底ほっとしたのだ。だが夕食が出来る少し前、ユキさんがウトウトしてたから、『夕食が出来るまで、離れで寝なさい』と葉子さんに促されていた。それをご飯が出来たからと呼びに行く。

 そうしたら俺の心配をよそに、ふらふらと彼女は誰にも告げず家から忽然と姿を消していたのだ。

 慌てて俺達は彼女の姿を探したが、例によって携帯は置きっぱなし。葉子さんが、

「玄関に靴と傘がないから、自分から出て行ったのだとは思うけれど。眠そうだったし、こんなに気配をさせないなんて変ね」

 外まで捜索に出ようかと思った時、雨の中、一人の少年を連れて帰ってきた。



 連れてきた千秋と言う少年は親しい少女を失い、傷心中だった。確か旧水族館の少年だ。

 だがユキさんの具合が悪くなったのは前日の事、こないだ栗拾いだって反省している風だったのに、彼女の行動は俺の予想の斜め上を行っていて、正直笑えない。無事でいた事に安堵して抱きしめたかったが、精一杯怒っている態を見せた。反省しているのか、物言いたげに上目遣いでお風呂に冷えた体を温めに行っていた。

 その後、連れてきた少年の双子の兄が押しかけてきて、食事もまともに食えない千秋少年はタガが外れた様に攻撃を彼に仕掛けたり、それを落ち着かせたり、まあ悶着があって。

 だいぶ家はざわついていたが、日を超した頃には皆寝入って、表面上静かな前田家を取り戻していた。

 そして眠れない俺は、食堂に電気も付けずに座っている。電気を付けなくても、電化製品の仄かな明かりで何がどうなっているか、わかる。闇夜にもそれなりの光源があれば、行動に困りはしない。



「おう、賀川の。眠れねぇのかよ」

 だが、気配もさせず俺の背後に巨体が立って声をかけてきた。いつの間に居たのか、呼び方と声で主が分かったものの、ここまで無意識に気配を消すのは怖ろしいスキルだと思う。アリスよりも重くて大きいはずなのに、彼女以上に音をさせない。心臓の音までをコントロールしているのではないだろうか。ここまで近寄られて腕を振るわれるか、首を持って行かれたら、命はない。それでもおくびにも出さずに俺はそれに返す。

「タカさん」

「電気くらい付けろや」

 ぱちん、と、辺りが明るくなる。



「どうした?」

「何でもありません」

「ふん、どう見ても何でもねぇって顔はしてねぇぞ?」

 ガタン、と無造作に俺の前の席に座った。椅子がぎしっと音を立てる。

「今日の稽古はぎょぎょとバッタが来る。そろそろ清水の先生以外にも『ラッシー』の微細な調整もできるようになって来たんだ。明日は清水先生抜きで一撃目から、二撃目の訓練に入る」

 今までラッシーは一日一度、それも主に清水先生に受けてもらっていたが、そろそろ訓練の難易度を上げる所まで来ている。それを収穫と思いながらも、素直に喜んでばかりもいられなかった。

 ニ撃目の構えまでは入った事があるが、途端に耳鳴りがして意識が飛ぶ、理性が掻き消える片鱗を味わっていた。あのまま発動させたらどうなるか、最初のラッシーより何か嫌な予感がした。

「怖いのか? 大丈夫だ、その為に他の奴らも休みにして、清水の先生が居ない日曜に、ぎょぎょとバッタも呼ぶんだからな」

「そういえば梅原先生、熱出したらしいですね」

「妊婦って言うのは大変なもんだな」

 昨日、十二日土曜、朝練に清水先生は出てこなかった。何でも朝食中に身重の妻が発熱し倒れたと聞く。俺も具合の悪いユキさんを抱きしめた手触りが残っていたから、他人事に思えなかった。

 それでも医療にも長けている彼だから、慌てもしなかったのだろうか……などと憶測する。

「もう寝るか? 賀川の」

「いいえ、もう少し……」

「なら、こっちへ来いや。話がある」

 そう言って自室に案内される。この前、サシで飲んだ時のように布団を座蒲団代わりに向かい合って座る。



「これ、何かわかるか?」

 そう言って首からさげた袋から、タカさんが取り出したのは、

「赤い宝刀ネジ?」

 ネジだった、赤い、ネジ。そんなモノを何故持っているのか、いやユキさんの宵乃宮の宝刀の輝きだったから手に入れたのか。添えられたのは一つの黄ばんだ封筒。戸惑った俺にタカさんは意を決したように告げる。

「こいつを作ったのは、俺の息子、刀流だ」

 人間は本当に驚くと声が出ない物らしい。乾いた奇妙な音が俺の喉から溢れただけだった。

「いや、もともとの雛型はアキヒメさんが持っていたらしい。それを量産化したのが息子だ」

 何を言っているのかわからなかった、いや、ネジがただ会社を支えるという意味で『赤い宝刀』と呼ばれていたのではなく、本当に『宵乃宮の宝刀』と同じ色をしていて、レプリカまであった。その事から何かしら二つが関連しているのは明らかだった。

 だが、それを作ったのがタカさんの息子って……

「俺の息子がこれを作ってコンペに出し、TOKISADAの目に留まったらしい。奴が中学の頃。オレは良く覚えていないんだ。刀流は『いろんなモノに自分のネジが入っている』事が面白いと、特許など全てを無償で譲った。多少の見返りとして研究室への出入りはしていたようだが」

「何ですか、それ、新手の冗談ですか?」

 自分の人生を歪めた赤いネジの存在、これがなければオレは攫われなかった。これがなければTOKISADA自体が立ち行かなくなっていて、俺がどうなっていたかは定かじゃないが、流石にあんな悲惨な場所にまで堕ちる事はなかったと……

「賀川の……この封筒は今お前の使っている部屋にある机の引き出しに貼ってあった。ユキが掃除中に見付けてくれた」

 タカさんは布団から降り、正座して俺に向かって頭を下げた。畳に額を擦り付ける様にして。

 俺が不義理を働いて、タカさんに頭を下げる図は何度か想像したことがある。主にユキさんへの対応に関してのソレをやらかした時の事になるが……

 それがまさか、タカさんの方から頭を下げられるなどと、考えた事もなかった。

「すまねぇ」

「何で、何で謝るんですか? タカさんが何で……頭上げて下さい、すみません。俺、意味が、わからない……」

 寝る前だというのにきっちり撫でつけられた髪、その前髪に混じる白い一房が畳に擦りつけられているのを呆然と眺めた。



 降りやまない雨音が聞こえすぎる耳に響く。

 それは誰かの嗚咽のようで。

 電気から吊り下がった紐がユラユラと揺れていた。



ネジが回る。ハマっているのか、外れようとしているのか。

ただキリキリと心は痛むばかりで。


llllllllllllllllllll



YL 様『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』清水先生。司先生。

具合の悪くなった話題を入れました。

『直澄に朝練に参加出来なかったことへの詫びを電話で入れておい『たり』したのだが……』

の、『たり』にうちにも連絡があった事に拡大解釈させていただきました。


とにあ様『URONA・あ・らかると』より、鎮君、千秋さん。

『10/13 暗い部屋』辺り、裏でこんな話をしていました。


問題があればお知らせください。


ネジの話や封筒の話を深めると

書き上がっていないので、少し更新が止まるかもしれません。



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