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うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話  作者: 桜月りま
10月11日

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164/531

訃報中です

心地良い雨は何故、降るのかな?

あれ、何か変?

















 ユキは楽しそうにレースの白い雨傘を揺らす。傘中の青空色がチラリと見えて。

 初めて見た時は驚いた白髪が、我が娘ながら美しい。義理だけどな、本当に刀流の娘だったら孫なのに……と思う。『残念ながら俺の子じゃないけど』……死の間際にそう言った刀流。真実は追求できない。デェーエヌ(・・・・・)鑑定は、もしも違った時に何かしらに証拠にされるといけないから止めておけとぎょぎょに言われている。

 だから、憶測ばかりが積み重なるが、ユキはやはり息子の子ではないかと思うし、そうであってほしいと願う。

 アキヒメさんはどうして息子以外の男と関係を持った? ユキの年を逆算すれば、十五歳だった清純な彼女には刀流しかいなかったはずだ。きっと無理矢理に他の男と関係を持たされた……俺にも屈託なく話しかけてくれた少女が、そんな目にあったと考えるだけで息が詰まる。

 どういう経緯かはわからないが、間違いなくあの森の家に二人は居た。それは刀流のネジが証明してくれた。たぶん半年ほど行方不明になっていた頃だろう。あそこにガスと電気をどうにかして引っ張った、その工事跡には赤いネジが仕込んであったから。だがそのまま二人とユキは、三人で暮らす事は叶わず、刀流は二人を待ち続けたまま、交通事故で命を落とした。

 二人の間に関係はあったはずだ、幼いながら拙いながら、必ず繋がっていて。誰ともわからない男ではなく、二人の子であって欲しい……で、なければ神も仏もない。本来なら中学高校で子供を身籠る事を親が求めるなんてあってはならないが、心も許さない男の子供を孕むなんざ尚酷過ぎるだろう。

 神と言えば、さえちゃんを幼くしたというユキのどこかに宿る『水羽』、アレに聞けばいろいろわかりそうだが……



「タカさん?」

「ん? 何でもねーぇよ」

 考え込んでいたオレを賀川のが見る。その視線を避けて、くるくる、ふわふわと機嫌がとてもいいユキを眺めた。

 そうしながら、真っ黒な傘を男二人で並べながら歩く。刀流ともそんな事があっただろうか……そうだ、学校で悪さをして呼び出された時、そうやって帰った気がする。

 そんなろくでもない記憶に笑いながら、南うろな駅に着く。

「うーん、次は17時45分発上り、海浜森林線直通のうろな山下行きが、うろな駅に着くの一番早いみたいですね」

「私はカードで行きますよ」

「はいはい」

「あ、また子ども扱いしてますね? 賀川さん」

「大丈夫だよ、切符を買うとしても、子供料金にはしないから」

「酷いですっ」

 夕方で人が多いが、たまにはこんな移動も良いだろう。雨ではあるが、夏ではないので、駅ホームは蒸し暑くはない。

「あれですよ、タカさん、ユキさん急いで」

 階段を登り、見るとちょうど電車が滑り込んで来る。すし詰めではなく、緩やかではあったが、満席で。立ってる客もそれなりに居た。ユキは何かオタオタしたが、俺達が乗るとついてくる。

 そして程なく電車はホームを離れる。

「ね? なんか変な音がしませんか?」

「何だって?」

「音が……別にレディフィルドの笛ほど、酷い事はないんだけど。面白い音だな」

 賀川のがおかしな事を言った直後だった。




ききききききィーーーーーっ




 ブレーキ音とざわめきと一緒に、

『急停車します! ご注意ください。Attention, please……』

 日本語と英語の短い注意が響く中、列車が止まる。まだ駅から出てさほどしておらずに加速していなかったからか、転倒した者は居なかったが、ぶつかったり驚いたりで声を上げる者が多かった。

 ユキはふら付き、その為、賀川の腕の中に納まっている。恥ずかしいのか、じっとしているようだった。

 ざわざわする中、放送が入る。



『ただいま指令室より列車を緊急停止させるようにとの指示がございました。お客さまには大変ご迷惑をおかけいたしますが、運転再開まで今しばらくお待ちください。なお危険ですので電車から出ないようお願いいたします。また、窓を開けて換気をしていただきますよう重ねてお願いいたします』



 雨が降っているので、窓際にいる者は上部の黒い縁を両手で掴んで、気持ちだけ窓を開けた。

「こりゃ、電車は失敗だったな」

 そうぼやいた時、賀川のが小声でユキを呼んでいる。

「ユキさん? ユキさん?」

「……電車に乗った辺りから、……何だか、気持ちが悪いです」

 今まであれ程、調子良さそうにしていたユキの真っ白な肌。その時は薄くピンクを帯びていたはずの部分がなく、赤い目がちらちらしていてまるでどこを見ているかわからない。

「大丈夫か、ユキ!」

「だいじょ、ぶです、けど。このまま、で、いいですか? 熱くて、痛くて……」

 賀川は無言で頷くと、彼女をしっかりと抱きしめる。寝かせてやりたいが、満員状態の電車でそれは望めなかった。それに余り騒ぎを大きくするのはユキを目立たせてしまう。



 電車が止まったのは5分ほどだったが、イライラと長く感じた。

『うろな駅周辺にて指令室との通信が一時的に途絶えたため運転を見合わせましたが、復旧いたしましたので運転を再開いたします』

 その言葉に胸を撫で下ろしたが、

『なお地下鉄東西線ですが、先ほど線路内のコンクリート壁から水が噴き出したため運転を見合わせているとの情報が入っております』



「と、言う事は、駅は込み合っているかもしれないな」

 放送の後に電車は静かに動き始めた。ユキは何かに耐えるように、賀川の胸に顔を埋めていた。

 うろな駅に到着すると地下鉄からの振替客でホームは混雑している。うろな本線は溢れそうなほどの混雑しているようだ。

 俺達が住む裾野までの線もそれなりに混雑した状態ではある。普通なら良いが、電車を降りてもユキの具合は優れない。椅子に座らせてやりたいが、それほどホームはゆったりした雰囲気ではなかった。

「仕事を終えた兄さん達に、車を付けてもらいたいけど、たぶん駅前も混んでますよね?」

「違いないな。どうするか……」

「つ、通信が途絶えたってどういうことなの?」

 その時、小太りで縁の細いメガネを掛けた駅員の一人が、そう言いながら側を走って行く。三歩位、俺達を素通りしたが、ととと、っと戻ってきて、

「あれ? 賀川君? お、お客様! 大丈夫ですか?」

 制服が見えた事で、駅員は賀川が分かったらしい。そしてその手に抱くユキに驚いたようだ。

 髪色で具合に悪くなったお婆ちゃんだろうと判断して覗きこんだら、目の赤い少女が苦しんでいるのだから。それでも職務の為か驚きは飲み込んで、そう声をかけてくれたのは立派な姿勢だとオレは感心する。その後に、

「これはぁ世にいう二次元から出てきた少女とかいう設定ではないかねぇ? 賀川君」

 っと、呟いているのが気になったが。

「違いますよ。できれば、彼女をどこかで休ませたいのですが、椅子もあいてなくって」

 賀川がそう言うと、芹沢と名札が付いた駅員は、オレらにここで待つように言い、少し離れている場所に居た別の駅員を呼んだ。

「……の見解だとソレだと思うんだ。賀川君を問い詰めたい! だけど今は無線の件で忙しいから……本当はボクが案内したいんだけどね、少し遅れてもいいから『なるたん』は18時からの本線下りに行っちゃって。連絡しておくから」

「はい、わかりました。さ、駅事務室のベッドがありますから、そちらで……」

 なるたんと呼ばれた若い駅員もユキの容姿に驚いて、もう一人の駅員と僅かに頷き合った。その意味合いはわからなかったが、ともかく彼の案内で駅事務室に向かう。賀川はユキをお姫様抱っこして、オレは傘などを持って動く。

 そこには学校の保健室にあるようなベッドが一台、それからイスがあった。

「あちゃ……」

 駅員が声を上げる。ベッドは先客が居た。どうやら酒酔い客らしい男がごうごうとイビキをかいて寝ている。駅の方もあんまりに忙しいせいか放置されていた。こんなに早くの時間、気持ちよく酒に酔っているだけなら、具合の悪いユキにベッドを譲ってほしかったが、そう言うわけにもいくまい。酒に酔ったまま駅を歩かせてホームから落ちれば一大事だ。

 賀川は小さい声で、

「そこの椅子で良いですから。この人ゴミが退くまで、ここで座らせてもらっていいですか?」

「あんまりなら救急車を……」

「いや、それにゃ及ばねぇ。ありがとな、なるたん」

 オレがそう呼ぶと、

「あ、え、あ……隣に他の駅員が居ますから、何かあったら声をかけてください」

 隣の駅員に声をかけ、棚から毛布を出してくれた後に、ぺこりと頭を下げるとなるたんは仕事に戻った。

 ユキに借りた毛布を与えたが、うわ言のように『熱い』と繰り返す。だが手を握るとそれはとても冷たく氷のようだった。

「落ち着いて、ユキさん。大丈夫だから」

 パイプ椅子を寄せてやると、引っ付くように二人は座る。賀川のにしがみ付いたような姿勢でただ時間をやり過ごす。賀川はその背や髪を触ってユキを元気づけようとする。

 その間も酒酔い客は寝続け、途中警官が連れに来て騒ぎになる。

「こっちには具合が悪い者が居るんだ、静かにしてくれや」

 静かに凄むと、酒酔い客と警察は出て行ってくれた。オレは窓を少し空けて換気する。アルコールの匂いが充満していたからだ。

「ユキさん、ベッド借りる?」

「もう、イイです。だいぶ、いいです」

 口調も途切れながらもしっかりしてきたようだ。買ってきた水を飲ませると、随分落ち着いた。

「後少しだけ……」

 そう言いながら、降りしきる雨を見て、呟く。

『…………雨は大地を叩き、血を拭い去る。生き物が生きていく為に、喰い喰われる時に流される血。生きる為に流さざるを得ない血を洗うはずのこの雨は。いつしか欲望と恐怖によって、奪われた、命を贖い慰めるだけの雨となった。『終止符を打つ者』が現れる様にと祈りを込めて……さあ、雨を……』

 ユキは何か詩か歌を呟いているようだったが、オレには意味がよくわからなかった。賀川のが心配そうに撫でつけていると、少し眠りに落ちたようだ。手にはしっかりと賀川の服を握り締め、何処にもいかないでと乞うかの様だった。

 賀川のとオレの息子は似ていないし、ユキは真っ白でアキヒメさんは漆黒だった。だがどうにもあの二人と重なって、このまま若い二人が静かに寄り添える事を祈るしかなかった。



 駅事務室からは先程の電車が停止した件で慌ただしいようだった。その部屋の片隅で点けっぱなしになっているテレビが、一本の訃報を伝えているのが漏れ聞こえた。



『ニュースをお伝えします。

 本日18時、うろな町中央公園近くの路上で、女性の焼死体が発見されました。

 焼死体を発見した青年は、すぐに119番通報をしましたが、その時点で、すでに息はしていなかったとのことです。

 僅かに残った衣服のボタンから、町内の高校に通う生徒だということが判明。今朝から行方が分からなくなっている高校2年の女子生徒の可能性が高く、身元の調査を行っています。

 普段は人がいる公園ですが、事件当時、人通りは少かったとのことです。

 警察は事件と自殺の可能性の両方で調査を進めていく…………』



「若い身空死んじまうなんてな。可哀想に」

 オレがつぶやくと、賀川のが笑って、

「ユキさんはそんな事にはなりませんよ?」

「当たりめぇだろうがよ、何の為にオレやおめぇが居ると思ってるんだ……」

 そう言っていると、芹沢と言う駅員がちょこちょこ心配して見に来てくれた。

 ユキの姿を見る目つきがどことなく怪しかったが、批判的なモノではなく好意的であったので、とやかくは言わなかった。日本人の白髪赤眼の天然モノなど、そうそう見る物じゃないから仕方ないだろう。

 結局、一時間くらいして目覚めたユキはきょとんとして、今までの事が嘘であるかのようだった。

「まだ無理しないで」

「だ、大丈夫です」

「お願いだから! ユキさん……」

 強く言うと、ユキは賀川のに寄り添う。顔を少し染めながら。それだけの余裕が出てきたのは良かったと思いながら、

「助かった。ありがとうな」

 休ませてもらった礼を言うと、部屋を後にする。駅員の芹沢が『もう帰っちゃうの~また来てねー』と言ったが、こういう所に来る事態は余りない方がいいだろう。ただ迷惑をかけたから、今度菓子折りくらいは持って来たいが受け取ってくれるだろうか? この頃は受け取らないなんて言う会社も多いしな。




 オレ達の乗るホームはだいぶ空いていたが、他はまだ込み合っている様子だ。そこに立っていた駅員は、駅事務室まで案内してくれた、なるたんだった。

「ご心配をおかけしました」

 深々と頭を下げるユキに、ちょっと驚きながらもなるたんは嬉しそうに返事をしていた。

 オレ達は彼が見送る電車で裾野に向かう。

 駅の下で車を寄せてもらっているから後は問題ない。ユキ分だけは空きを見つけて、遠慮する彼女を無理矢理にでも座らせる。

 賀川のは手首などを僅かに動かしながら様子を見ていた。流石に好きな女でも二時間以上抱き続ければ座っていたと言っても堪えただろう。

 その時、誰かのヘッドホンからニュースが漏れ聞こえた。



『21時のニュースをお伝えします。

うろな町中央公園付近の路上で17時50分頃、焼死体で発見された女性の名前が、町内の高校に通う“鍋島 サツキ(17)”さんだと判明しました。

うろな町警察署によりますと、傍に落ちていたライターが火元だと考え……』



「でもユキさん、一体何だったんでしょう?」

賀川のが呟く。

「さあな、何か変なモノでも感じたのかも知れねーな」

 オレは暗くなった雨模様の空を見た。

 その時、座っているユキが見上げて微笑むのに気付き、それに返した。




寺町 朱穂 様、『人間どもに不幸を!』より、(鍋島サツキさんの訃報)


おじぃ様『うろな駅係員の先の見えない日常』 より、芹沢さんと、「なるたん」さん。


※『同時トラブル発生』 『その時、指令室では』『不可解な訃報』とリンク、停止車両の乗客となりました。


をお借りいたしました。



鍋島サツキさんの冥福をお祈りいたします。

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